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闇に棲む者 【挿絵】

 「どうやらあそこですね」


 地図を見ていたレアが正面を指差す。あそこ、という曖昧な表現でも十分伝わるほど常闇の森は広大だった。草原には燦々と日が注いでいるにも関わらず、その森の中は光をかき消すように暗い影を落としている。


 「ここに入るのかよ…」


 分かってはいたがこれだけ周りが明るいのに、森の中は暗く不気味だ。幽霊でも出てきそうだ……幽霊?


 「おい、メイル。大丈夫か?」


 「な、何がですか?わ、わた、私は別に怖がってなんていませんよ」


 「そうか…?ならいいんだけどさ」


 明らかに挙動不審なメイルだったが大丈夫と言っているのでそれ以上聞かないでおいた。俺は先頭に立ち、


 「よし、行こう。ただし慎重にな」


 「ああ」


 「は、はいですよ」


 「行きましょう」


 こうして俺達は常闇の森へと踏み込んだ。どんどん光が遠ざかり、深い闇は俺達を飲み込んでいった。




 森の中は背の高い木が鬱蒼と生い茂り、その葉によって光が遮られているが全く日が差さないというわけではない。今の時間なら松明を使わなくてもどうにか歩くことができる。


 「レア、今、どのへんだ?」


 「まだ森の入口からそれほど入っていません。とりあえずこのまま真っ直ぐ進んで森の中央を目指しましょう」


 「了解」


 辺りは目印のない木だけの世界。普通に歩いたら間違いなく元の場所に戻れなくなるだろう。だが今回はレアが居る。光の本を開きながら案内してもらえばおおよその場所は分かる。


 それから俺達は周りに警戒をしながらさらに森の中を進んでいく。五分ほど経っただろうか、実際は分からない。だが特に何か起こる様子もない。


 「なんだ、別に何も居ないじゃないか」


 「そ、そうですね。でも逆に怖いですよ」


 「あぁ、気は抜かない方がいい」


 「まぁ確かにそうだな……ん?」


 俺が仲間の方を向けていた顔を再び正面に向けると、何かが地面に落ちているのが目に入った。いや、物じゃない…人?


 暗いところに居るのでよく見えなかったが少し近づくと徐々にはっきり見えてきた。確かに人が倒れている。


 「人が倒れてるぞ。お、おい、大丈夫か!?」


 「あっ、ワタル!」


 俺は思わず駆け寄り、倒れている人に声を掛ける。三人は遅れて俺に続く。小さな女の子のようだが息が荒く、苦しそうだ。俺は少女の体を起こす。


 「しっかりしろ、どうしたんだ!?」


 「り…と…」


 「え?なんて…」


 俺は少女の声がよく聞き取れず、体を屈め、少女に耳を近づけた。次の瞬間


挿絵(By みてみん)


 「っ!」


 少女は体を起こすと同時に俺の首元に歯を食い込ませた。鋭い痛みが走り、少女を引き離そうとするが力が入らない。まるで噛みつかれている部分から力を抜かれているようだ。


 「ワタルから離れろ!」


 サリアが大剣を振り上げた。それを見て少女が俺から離れ、距離を取る。俺の首元には赤い傷口が二箇所あり、真っ赤な血が流れている。


 「ありがとね、お馬鹿な人間さん」


 少女は口から滴る血を拭いながら言い放った。こいつ、人間じゃない。アンセットの言ってた亜人種か。


 俺は立ち上がろうとしたが力が入らない。まるで自分の体じゃないみたいだ。思考もまとまらず、頭の中がぼやける。


 「おい、お前。吸血鬼だな?」


 サリアが少女に話しかけた。


 「そうよ。ここは私達の住処なの。どうして人間がこんなところにいるの?まあ、餌にはちょうどよかったけど」


 「すいぶんと余裕ですね、四対一ですよ」


 メイルがそう言うと少女がクスクスと笑う。


 「何がおかしいんです?今の状況が分かって…」


 メイルが訝しげな顔で少女に話しかけていたが、突然立ち上がりフラフラと歩き出した俺を見て口を噤んだ。


 「ワタル?大丈夫で…」


 メイルがまた何か言おうとしたが誰かに体を地面に押し倒され、小さな悲鳴を上げた。俺の下でメイルが体をよじる。…?なんでメイルが俺の下に…


 「ワタル!どうしたんですか!やめて下さいよ!」


 俺に腕を抑えられたメイルが声を上げる。…なんで俺がメイルを抑えてるんだ…?


 「私が血を吸ったそいつはもう私の眷属なの。さあ、早くその女を始末して」


 何言ってんだあの吸血鬼は?俺がメイルに手を出すわけがない……ないのに…目の前にあるメイルの首元を見ていると無性に口渇感を覚える。


 「ワタル…?ダメですよ…」


 駄目だ、抗えない。俺はメイルの白い首元に口を近づけ…


 突然、俺の体が光に包まれた。なんだよ、俺は今、喉が乾いて…乾いて…なんでメイルを押し倒してんだ?俺が疑問に思っていると誰かに頭を殴られた。


 「痛ってえええええ」


 「正気に戻りましたか?」


 俺が頭を押さえて転がっているとレアが俺に話しかけてきた。正気に?そうか、俺はあいつに操られて…


 「嘘…私の支配を解くなんて…」


 「吸血鬼風情が私の下僕を手駒にしようなんて身の程を弁えなさい」


 「レア…」


 ん?下僕って言ったような気がするけど気のせいだよな?あとで詳しく聞こう。


 「っ…!ふん!今回は見逃してあげる!」


 少女が後ろを向き、走り出そうとしたが何かにぶつかった。サリアが先に回り込んでいたようだ。


 「どこへ行く?」


 「あ、あはは…ごめんなさ…」


 少女が謝り終える前にサリアが大剣を横にして振り下ろした。鈍い音が響き、少女はその場に倒れ、動かなくなった。どうやら気絶したようだ。


 「ふぅ…、吸血鬼がいるなんてとんでもないな。でも何ともなくてよかった…」


 俺は三人に声を掛けたが、一人不満気な顔をしている。メイルだ。


 「何ともなくないですよ!私はもうダメかと思いましたよ!」


 「悪かったって、正気じゃなかったんだよ。なぜかメイルが目に入ってさ」


 「どうしてメイルだったのだろうな」


 「さあ?一番美味しそうだったんじゃないか?血が」


 「っ…!」


 やばい、俺は冗談のつもりで言ったが、どうやらマズかったらしい。


 「ワタルはとんだ変態ですよ!」


 顔を真っ赤にして怒るメイル。前にも言われたセリフだ。今回は俺悪くないのに…。


 「でもメイルだってさ、あんまり抵抗してなかったよな?そんなに力入ってなかっ…」


 そう言いかけたところでメイルに杖で殴られた。メイルはこれ以上ないくらい顔が真っ赤だ。


 「ごめん、ごめんって!俺が悪かったから!」


 ポカポカと杖で叩いてくるメイルに俺は謝ってどうにか落ち着いてもらう。メイルは手を止め、深呼吸をすると杖を背中に戻した。


 「はいはい、終わりましたか?まだここは森の中なんですからね」


 見かねたレアが間に入ってくれた。


 「それで、どうする?この吸血鬼の少女は?」


 サリアがそう言いながら少女を軽くつつくが起きる様子はない。


 「うーん、流石にこんな森の中に放っていくってのもなぁ…」


 結局、俺達は少女が目が覚めるまでは一緒に運ぶことにした。俺は少女をおぶると、そのまま歩き出す。結構重い…。それにしてもとんだ道草だった、早く森の中央を目指さなくては。





 「今どれくらいだ?」


 ゆっくりと森の中を進んで行きながら、俺は現在地をレアに確認する。


 「森の中央までもう少しと言ったところですね」


 「よし、もう少しか。気合入れて行かないとな」


 「んっ…」


 俺が背負っていた少女を背負い直すと、その振動で少女が目覚めたようだ。


 「っ!?何してるの!?離してよ!」


 状況を理解した少女が俺の背中で暴れだしたため、俺は身を屈めて少女を下ろす。


 「私を捕まえてどうしようって言うの?言っておくけど何をされたって仲間の居場所を吐いたりしないんだから」


 「別に捕まえてたわけじゃないしどうもしないっての。ただ、こんな森の中で気絶させたまま放っとけなかっただけだよ」


 俺がそう言うと少女は自分の体に異常がないか確認しているようだ。


 「でもなんで急に襲ってきたんだ?吸血鬼ってのはそんなに血の気が多いのかよ」


 「てた…から…」


 「え?」


 「お腹が…空いてたから…」


 少女は顔を逸らして、ばつが悪そうな顔をしている。理由もなく襲いかかってきたというわけでもないようだ。


 「なんだ、そうだったのか。吸血鬼の仲間とか居ないのか?」


 「居るけど…勝手に出てきちゃったから…」


 「勝手に出てきた?吸血鬼には勝手に外に出ちゃいけないルールでもあるのか?」


 「そうよ、小さい頃からずっと家の中に居たの。でも私は外を知りたかったの!」


 なるほど。つまり家出した手前、家に戻りにくいって訳か。見た目通り子供だな。


 「馬鹿だな、じゃあこんなところで人間襲うよりもすることがあるだろ?」


 「…」


 俺は少女に近づき、身を屈め、頭を撫でる。


 「早く家に帰って安心させてやりな。ちゃんと「ごめんなさい」って言うんだぞ?子供じゃないんだからそれくらいできるよな?」


 少女は黙って俺の言葉を聞いていたが、俺の手を払い退けると


 「子供扱いしないでよ!それくらいできるわよ!」


 そう言って少女は身を翻し、走り出す。ある程度離れたところでこちらを振り向き、何か言いたげな顔をしていたが何も言わずに闇の中へ走り去った。


 「やれやれ、とんだお転婆娘だったな」


 「いいのですか?また人間を襲わないとも限りませんよ」


 「大丈夫だよ、嘘を付いてるようにも約束を破るようにも見えなかったから」


 「ちょっと甘いと思いますよ」


 メイルは先程の戦闘のことを根に持っているんだろうか。ちょっと厳しめだ。


 「まあもう居なくなったから信じるしか無いって、ほら、早く先に進もうぜ」


 そして俺達は再び森の中を歩き出した。

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