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ある日、川辺にて

 「おはよー」


 ある日、朝起きた俺は気だるげな声を出しながら厨房に居たナタリアに声を掛ける。


 「おはようございます、旦那様。どうかされましたか?」


 「別になんでも、寝起きに水が飲みたくなっただけだよ。コップ借りてもいいか?」


 「もちろんです、こちらをどうぞ」


 そう言ってナタリアは俺に水を注いだコップを差し出す。俺はそれを受け取り、半分ほど飲み下す。そして俺は厨房の一辺に目を向けると


 「これから朝ごはん作るのか?」


 「はい。ご要望があればお応え致します」


 「うーん、そういや最近、魚を食べてない気がするな」


 「申し訳ありません、買い物に行っても魚が卸されていないもので…」


 「へえ、それなら仕方ない…」


 そう言いかけて俺は良い事を思いつく。


 「魚、釣ってきてあげようか」


 「え?旦那様がですか?」


 「そうそう、今日は暇だからさ川でも行って釣ってくるよ」


 「ありがとうございます。道具をご用意致します。あ、でももし釣れなくても大丈夫ですので楽しんで来て下さい」


 ナタリアは気を使って言ってくれたが、俺は釣る気満々だ。

 俺は厨房を後にして、早速、釣りへ行く準備を始めることにした。




 「なぁレア、釣り行こうぜ」


 「はぁ…」


 部屋に戻った俺の唐突な提案に、レアが「面倒くさいですね」というオーラ全開で返事をしてくる。


 「急にどうしたんですか?この暑いのに外に行くなんて」


 「魚を釣って食べたいんだよ、一緒に行かないか?」


 「私は修行のない日くらいゆっくりしたいのでパスです。他の方を誘って下さい」


 出鼻を挫かれた俺はしょんぼりと肩を落とし、一人で出かける準備を始める。


 「…地図」


 「え?」


 いそいそと準備をしていた俺にレアが声を掛ける。振り向くと、手には攻略本だ。


 「魚が釣れる場所を調べてあげたので地図を貸してくださいと言ってるんです!」


 「お、おう。ありがとな」


 「もしこれで釣れなかったらあなたに釣りの才能がないということですからね」


 「面白え、絶対釣ってきてやるからな」


 レアの見え透いた挑発だったが俺はあえて乗った、目標があったほうが頑張れるからな。





 「じゃあ行ってくるよ」


 「はいはい、お気をつけて」


 俺は準備を終え、レアに声を掛けてから部屋を出る。そして玄関へ向かう途中、アイヴィスとクライスに会った。


 「あら、どこかにお出かけですの?」


 「あぁ、ちょっと釣りにでも行こうと思ってな。ほらここ。良かったら二人も行くか?」


 「下らん、そんな児戯にアイヴィス様を…」


 「良いですわね!ぜひ行きたいですわ」


 「うむ、釣りというのも悪くはないかもしれないな」


 クライスが毒を含んだ何かを言いそうになった気がするが聞かなかったことにしよう。


 「けど、外に出てもいいのか?」


 「今日は問題ありませんわ、それに外に出ることも必要ですわ」


 「それほど人の多い場所でもなさそうだ。ここなら問題ないだろう」


 「よっしゃ、じゃあ二人は準備して玄関で待っててくれるか?他にも声かけたい人がいるからさ」


 俺がそう言うとアイヴィスは若干不満そうだったが、頷き、自分の部屋へ着替えと荷物を取りに行った。俺は屋敷を出て、サリアとメイルの宿を目指す。一緒に来てくれると嬉しいんだが…





 「もちろん一緒に行きますよ、ちょうど暇していたのですよ」


 メイルの宿に着いた俺は早速、メイルを釣りに誘ってみた。二つ返事で了承してくれる。相当暇してたんだな。


 「じゃあ準備できたら屋敷に向かってくれるか?」


 「あ、はい。分かりましたよ」


 そう言って俺はメイルの宿を出て、サリアの宿を目指す。





 「私も構わない、ぜひ参加させてくれ」


 サリアも二つ返事でOKだ。良かった、みんなに断られたらどうしようかと思ったぜ。


 「だが、先に買い物を済ませてからでも良いだろうか。終わり次第すぐに向かうから先に行っていてくれ」


 「そうなのか?じゃあそうするよ、場所は分かるか?」


 「あぁ、何度か修行で行ったことがあるから問題ない」


 「それなら大丈夫そうだな、じゃあまた後でな」


 俺はそう言ってサリアの宿を出る。さて、それじゃ一度、屋敷に戻るか。




 「さて、準備はいいか?」


 俺は屋敷に戻り、玄関前に集まっていた三人に声をかける。


 「ええ、問題ありませんわ」


 「私もだ」


 アイヴィスとクライスは答えたが、メイルの様子がおかしい。


 「アイヴィス様も一緒なんて聞いてませんよ!」


 メイルが俺に近づき、小声で耳打ちしてきた。


 「あれ?言ってなかったっけ。まぁ別に問題ないだろ?」


 「それはまぁそうですが、なんだか緊張してしまいますよ」


 「大丈夫だって、アイヴィスはああ見えて優しいからさ」


 俺はそう言ったが、正直、俺以外の人を相手にしているところをほとんど見たことがない。優しい…よな?


 「よし、じゃあ行こう!」


 俺はメイルの肩を軽く叩き、三人に声を掛ける。さて、どうなることやら




 レアに印をつけてもらった地図を見ながら俺達は森の中を歩いていた。それほど遠くはないのでゆっくりと散歩がてら歩いて行く。


 「森の中は涼しいな」


 「ええ、そうですわね。屋敷の中では味わえない自然の空気、好きですわ」


 「アイヴィス様の仰るとおりです」


 「は、はい。気持ちいいですよ」


 俺の言葉に三人が答えるが、やはりメイルはどこかよそよそしい。俺がメイルに声を掛けようとした時


 「貴方、お名前は何と言ったかしら?」


 「へ?わ、私ですか!?メ、メイルと申します…よ」


 意外にもアイヴィスからメイルに声を掛けた。


 「メイル…」


 「ア、アイヴィス様…?」


 アイヴィスはメイルの名前を繰り返し、目を細め、メイルを見つめる。そして、微笑むと


 「どこかで見覚えがあると思ったら私の城を警備してくれた魔法使いの方ですわね」


 「は、はい」


 アイヴィスとメイルは何度か顔を合わせていると思うんだが、あまり親しくない人の顔とかは覚えないんだろうか。


 「その節はお世話になりましたわ、そう緊張なさらず、肩の力を抜いてくださいまし」


 「へ…?あっ、はい」


 メイルはキョトンとした顔をしている。意外だったというのがありありと現れている。


 「魔法使いなのでしょう?得意な魔法とかあるんですの?」


 「はい、私は火の魔法が…」


 二人で話をしながら歩いているところを見ると、少しは仲良くなったようで良かった。メイルも最初ほど緊張していない。アイヴィスが気を使える王女様で本当に良かった。




 森の中を歩いていた俺達は、開けた場所に出た。先程まで土だった地面は砂利に変わり、無造作に点在する岩、そして目の前を静かに流れる川。どうやら目的地に到着したようだ。


 「ここか、綺麗なとこだな」


 「こんなところがあったなんて知りませんでしたよ」


 「よっしゃ、じゃあ早速釣るか!」


 俺はそう言って持って来た釣竿を取り出し、準備を始める。川の中には見ただけで魚がいるのが分かる。レアに教えてもらったこの場所は当たりのようだ。


 「一応何本か持ってきたけど、みんなもやるか?」


 「ワタルが釣ってるのを見て考えますよ」


 「私も見ていてできそうならやってみたいですわ」


 「私は釣りに来たのではない。アイヴィス様の警護だ」


 「みんな結構慎重なんだな」


 俺だけやると注目が集まってちょっと緊張するな。誰かと一緒のほうが気が楽だったんだが。


 「それじゃ記念すべき一投目を行くとするか」


 釣竿の針に餌を付け終えた俺は、川の縁に立ち、釣竿を振りかぶり川の中へ釣針を投げ入れた。正直、これで合ってるのかわからないがなんとなくでやってみた。


 「なんだかそれっぽいですよ」


 「そうか?実は初めてなんだけどな」


 「そうでしたの?それなら私も一緒にやってみたいですわ」


 「あっ、じゃあ私もやってみますよ」


 俺も初心者なことを知るとメイルとアイヴィスも一緒にやってくれると言ってくれた。良かった、一人じゃ寂しいもんな。


 アイヴィスに釣餌を触らせるなというクライスの指示に俺はアイヴィスの釣竿に餌を付けて渡す。メイルは意外と虫は平気なようだ。準備を終えた二人は、ぎこちなく釣竿を振りかぶり、川へ釣針を投げ入れた。


 「あとは待ってるだけだな」


 「そうですの?のんびりとしたものですのね」


 「それが良いのだと思いますよ」


 「そうそう、こうやってまったりしてればそのうち釣れるって」


 俺はそう言って欠伸をする。川を流れる水の静かなせせらぎを聞いていると心が落ち着く。こんなのんびりした休日も悪くないな。あとはどれだけ釣れるかだな。




 「……釣れねえ」


 それから小一時間、俺達は釣りをしていたが、魚がかかる様子はなく、釣針から餌だけが取られていく。これだけ魚が居て餌だけを綺麗に食べていくのは、人間を舐めているとしか思えない。俺は少し鬱憤が溜まり、ため息をつくと隣で座って釣りをしていたメイルが立ち上がった。


 「ふ、ふふっ。調子に乗ってもらっては困りますよ…」


 「…メイル?」


 背中に掲げていた杖を取り出して低く小さな声で言ったメイルに俺は聞き返した。


 「ワタル、釣れなくても心配いりませんよ。私の火魔法で今すぐこの川を火の海に変えてここの魚共を干上がらせますよ」


 メイルは笑顔でそう言うと杖を前に構える。


 「ちょ、ちょっと待てい!気持ちは分かるがそれはまずいだろぉ!?」


 「止めないで下さい!人を小馬鹿にするようなここの魚達に目に物を…」


 暴走するメイルを俺がどうにかなだめているとクライスがメイルの肩をそっと叩いた。


 「流石に川を火の海に変えるというのは少々物騒過ぎる」


 「おぉ、クライス。お前もそう思う…」


 「だから、アイヴィス様を愚弄するここの魚共は私が川ごと氷漬けにしよう」


 「お前もかよ!」


 笑顔でそう言ったクライスに俺は思わずツッコんだ。俺が抱いていた鬱憤より遥かに大きい不満を二人は感じていたようだ。


 「二人とも落ち着け!魚が釣れないくらいで生態系を破壊するんじゃねーよ!」


 俺は二人を止めようとするが、二人が本気なら俺が止める術はない。俺が頭をフル回転させて魚を釣る別の方法を考えていると


 「すまない、遅くなってしまった」


 遅れてくると言っていたサリアが現れた。


 「おや?もしかしてまだ一匹も釣れていないのか?」


 「そうなんですよ、だからこれから私かクライスさんの魔法で捕まえようと思っていたのですよ」


 「いや、だからそれはまずいって…」


 「そうなのか?だが魔法で魚を捕るというのも味気ないだろう?私に任せてくれ」


 サリアはそう言うと川へ近づいていく。


 「サリア?釣りをしたことあるのか?」


 「いや、私がここで魚を捕っていた時も釣竿じゃ上手くいかなくてな。これで捕っていたんだ」


 そう言ってサリアは腰に下げた大剣を抜く。そして水中を泳ぐ魚に目を凝らし、剣を振り払う。


 小さな水飛沫が上がったと思ったら川岸に魚が跳ねていた。


 「こんな感じだ。これでは釣りではないがな」


 「お…おぉ!凄いな!」


 「そんなことはないさ、ワタルにもできるさ」


 魚を捕る=釣りだと思っていた俺には、直接自分の手で捕るというのは目から鱗だった。それから俺はサリアに剣での魚の取り方のコツを教えてもらい、数十分後にはどうにか、短剣で魚を捕ることができた。魚を捕れて喜んでいる俺を見て、サリアとアイヴィスは笑って一緒に喜んでくれたが、メイルとクライスは納得がいかないといった様子だった。意外と仲良くなるんじゃないか、あいつら。





 「ただいまー。魚捕ってきたぞー」


 釣り(?)を終えた俺達は屋敷に戻り、玄関で別れたあと、俺は厨房に居たナタリアに声を掛けた。


 「お帰りなさいませ。たくさん釣れたようですね」


 「お、おう。釣れたというかなんというか…」


 「旦那様?」


 「いや、なんでもない!じゃあこれ使ってくれ」


 そう言って俺はナタリアに魚の入った桶を渡す。


 「はい、確かに。それではこの魚を使って今日の夕食を作りますね」


 「え?もう夕食作ってあるんじゃないか?」


 俺はそう言いながら厨房を見渡す。既に料理がいくつかできているように見える。


 「はい、あとはメインの魚料理だけです」


 「おいおい、俺が手ぶらで帰ってきたらどうするつもりだったんだよ」


 「私は旦那様を信じていましたので」


 ナタリアは笑顔でそう言った。釣れなくてもいいと言っていたが、俺なら釣れると信じてくれていたようだ。釣果は0なことに俺は冷や汗をかいた。サリアが助けてくれて本当に良かった。




 「ただいま、魚たくさん捕れたぜ」


 厨房を出て、自分の部屋に戻った俺は、レアに今日の成果を報告する。


 「そうですか、何匹釣れましたか?」


 「……いや~、魚を捕るのって大変なんだなぁ」


 「いや、だから何匹釣れ…」


 「釣れなかったんだよぉ!」


 レアの容赦無い追求に俺はベッドに泣き崩れた。


 「プッ、通りで服が濡れてるわけですね。川に入って無理やり捕ったんじゃないですか?」


 「ぐっ…」


 レアの考察に俺はぐうの音も出なかった。なんでこんな時だけ鋭いんだコイツは。

 その後もニヤニヤしながら今日のいきさつを聞いてくるレアに、俺は顔をそらして小声になりながら答えた。しばらくレアと話しているとナタリアが夕食を持ってきてくれた。そこには今日捕った魚が使われていた。その日の夕食はいつもより美味しく感じた。

 釣りには失敗したが、今日一日、みんなと出かけられたことが楽しかったのは事実だ。また誘って行ってみるのも悪くないかもしれないな。

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