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憶嘗の后片【挿絵】

 子供の頃、物心付いている時の記憶では俺はやんちゃだった。運の悪いことばかり身の回りで起こり、それに対しての不満を周りに撒き散らす。不運な自分の人生を受け入れられていなかった頃だ。辛い記憶……




 俺とレアは珍しく二人で街道を歩いていた。といっても二人とも外に別々の用事があったので途中まで一緒に行っているだけだが。


「子供っていいよな……」


 街道脇で遊んでいた子供達の元気な姿に、ふと呟く。


「えっ……もしかして、あんな小さい子に劣情を催すという意味ですか……?」


「違うわ! 俺に対してどういうイメージ持ってんだ!」


「冗談ですよ。いくらあなたでもそこまでではないと信じてます」


 いくらあなたでも、という言葉が気になったが今は追求しないでおこう。


「そういや、レアにも子供の頃ってあるのか?」


「それはそうですよ。といっても天界では下界とは時間の流れが違うので見た目通り、というわけではありませんが」


「へえ……そりゃ達観するわけだ」


 新たに疑問が浮かぶ。


「それじゃあさ」


「はい?」


「女神って子供作れるのか?」


 レアは息を呑んだ後、大きく咳き込む。


「な、何を言っているんですか!? こんな往来の場で!」


「何がだ? 神様だって誰かから生まれるんじゃないのか?」


「そ、そういう意味ですか……。新たな神は最高神様によって創られるものです。あなたが想像しているようなものとは違います」


「へえ、キャラクター制作みたいにぽんっと作れるわけか。やっぱ神様って特別なんだなぁ」


 なぜレアが突然動揺しだしたのかは分からないが勉強になった。


「まあ……あなたの想像している方法でも出来ないことはないですが……」


 俯きながら消え入りそうな声。街道の雑踏と雑音に掻き消される。


「……? おっと、それじゃ俺はこっちだから」


 話していたら目的地に着いた俺はレアに手を振り、別れる。あとでなんて言ってたか聞いてみるか。覚えていたらだが。


 俺の用事があったのは黒に覆われた店。暗幕をかき分けて店の中を覗くと誰もいないがいつものことだ。大方、奥で錬成でもしているんだろう。そう考え、勝手に店の中を見せてもらうことにした。


 特に欲しい物があって来たわけではなく、面白い物でもあれば買ってみよう、という程度の考えだった。


 しばらく自分で商品を見ていたが説明がないとよく分からない。仕方がないのでエンクリットに声を掛けて……


「……ワタルさん……」


「うわっ!」


 突然、背後から話し掛けられ、俺は飛び上がった。


「お、お邪魔してるよ。どうかしたか?」


「……これを……」


 手渡されたのは丸く小さな塊。


「なんだこれ? くれるのか?」


「……はい……噛まずに飲み込んで下さい……」


「了解。それじゃ早速……って飲み込むわけないだろ! 効果を先に教えてくれよ」


 エンクリットは一冊の年季の入った本を取り出し、開く。舌打ちをしたような気がするが気のせいだろうな。


「……名前は"憶嘗の后片"です。効果は……不明です……」


 やっぱりな。こいつが無理に勧める時は大抵こうだ。


「例の、毒物は載ってない本か? なら別にいいけど……」


 頷く彼女。今まで悪いことが起こったことはないので信用していないわけではないがやっぱり不安だ。けどお世話にはなってるしな……仕方ないか。


 俺は小さな塊を口に放り込むとそのまま飲み込んだ。


「……すぐには効果は出ないと思います……」


「だろうな。分かったらまた報告に来るよ」


 そのあと店を出た俺は屋敷に戻ったが変化はない。錬成に失敗したのだろうか? 珍しいこともあるものだ。


 いつしか怪しい薬を飲んだことも忘れ、部屋でベッドに横になっていた。レアはまだ帰って来ないのかな……瞳を閉じると静かに意識は薄れていった。



 再び目を覚ますと、外は赤みがかっていた。レアはまだ帰っていないようだ。どうするかな……時間潰しに厨房でも覗いてくるか。


 ベッドから起き上がると鏡が目に入った。いつも通りの姿だ。


 部屋を出た俺だったが、ふと立眩みに襲われた。だがそれはすぐに治まる。昼間っから寝すぎたから頭がぼやけているらしい。


 歩き慣れた廊下を進んで行く俺だったが、違和感を覚える。理由は分からない。ただ、廊下が今までよりも長く感じる。何歩進んでも少ししか距離を進まない。俺はもどかしくなり、誰も居ないのをいいことに廊下を走り出した。


 廊下を曲がったところで壁にぶつかった。そこに壁はないはずなのにそう感じたのは、完全に俺の視界を遮っているからだ。尻もちをついたまま見上げるとそれは人だった。俺は身長が高い方ではないが平均くらいはあるはずだ。その俺を遥か上から見下ろすこいつはどれだけ大きいんだ……?


「あら? 僕、いけませんよ。勝手に屋敷に入っては」


 その声には聞き覚えがあったが、話し方には違和感だらけだった。俺を窘めるメイド服姿の少女。


「え、あの……ナタ……」


 言い終える前に体を抱えて持ち上げられた。どうなってるんだ?なんだこの高さは…


 辺りを見回すと窓硝子に反射する子供の姿が映っていた。誰だあいつ。だが自分の体を鏡写しに動く姿を見て、それが自分の姿だと理解するのに時間はかからなかった。


 結局、俺は事態を飲み込めないまま、玄関で体を下ろされ、優しく注意を受けたあと扉は閉められた。


「……」


 俺は、再び怒られても困るので屋敷の脇の叢で腰を下ろすと、現状を整理する。たぶん、いや間違いなくこうなったのはエンクリットの薬のせいだ。ちゃんと確認できたわけではないが体の大きさ的に十歳くらいか?時間が経てば戻る可能性もあるが手っ取り早いのは……


 ちょうどその時、思い浮かんだ相手が屋敷の扉を開けて入って行くのが見えた。しまった、考え事をしていて気が付かなかった。今すぐ追いかけても追いつけそうにない。入り口で使用人に止められるだろう。


 だがレアに助けてもらう以外に良い案も浮かばない。こうなったら……


 俺は屋敷の裏口へと来ていた。周りを確認し、扉へと手を掛ける。開いているかは運だったが、たまたま鍵は掛かっていなかった。屋敷の中に顔を覗かせて、誰も居ないことを確認し、静かに中へ足を踏み入れた。


 幸い、この時間は屋敷の中に使用人は少なく、気を配りながら進んでいけば人に見つかることは無かった。これなら部屋まで……


「こらっ!」


 後ろからの声に心臓が跳ねた。まずい……


 俺は恐る恐る振り向き、見上げる。そこに居たのは銀色の髪を揺らす少女。期せずして目的の相手と会うことが出来たようだ。


「なんて……驚きましたか? 客人という様子ではないですが、迷子でしょうか?」


 腰を落とし、微笑むレア。その優しい笑顔に思わず見蕩れてしまった。


「おや、怪我をしていますね。……仕方がないですね。こちらへ」


 恐らく叢をかき分けた時に付いた傷だろう。部屋で治療をするというレアは俺の手を取って歩きだす。


「え、いや、あの……」


 早く事情を説明して戻してもらうべき。そんな真っ当な考えは、手から伝わる温かさを手離したくないという勝手な気持ちから、徐々に薄れていった。



 俺は、自分の部屋でレアのベッドに腰掛け、治療を受けていた。


「どうして屋敷へ忍び込んだりしたのですか?」


「ごめんなさい……どうしても入ってみたくなって……」


 俺はなんでこんな嘘を付いているんだろう。今さら言い出せないから? 言っても信じてもらえないから? 違うな。今のレアに甘えていたいと心の何処かで思っているからだ。そんなことを考えてしまうのは頭まで子供の頃に戻っているからだろうか、それとも……


「謝らなくてもいいんですよ。子供はそういうものなんですから」


 そっと頭を撫でられる。いつもならとても受け入れられないだろうが今は違う。このままずっとこうしていたいくらいだ。


 しばらくして治癒魔法の光が弱まる。もともと小さな傷だったのでそれほど時間はかからなかった。


「……ありがとう」


「素直にお礼を言えて偉いですね」


 最後にもう一度撫で、手を放す。


「怪我はもう治ったはずです。一人でお家へ帰れますか?」


「もう少し一緒に居たい……」


「……仕方がありませんね」


 レアは自分もベッドに腰掛けると、「どうぞ」という風に自分の太股を軽く叩いた。


 俺は一瞬、躊躇したが自然に体を任せて頭を太股へと下ろし、仰向けにレアの顔を見上げる。


挿絵(By みてみん)


「私はあなたのお母さんの代わりにはなれませんが、今だけは甘えていいんですよ」


 そう言って頬を優しく撫でる。このままでは駄目になりそうだ。けど抗う気にはなれない。静かに瞳を閉じる。この時間が永遠に続けばいいのに。


「……満足しましたか?」


「えっ」


 透き通るような声とともに体は光に包まれた。それが薬の効果を解除するものだとすぐに理解できた。けど、俺はまだ何も言っていないのに?


 瞳を開くのが怖かったがゆっくりと開く。そこには変わらず優しく微笑むレア。


「いつから気付いて……」


「初めに触れた時から気付いてますよ」


「じゃあどうして……?」


「理由なんてありませんよ。あなたの姿が滑稽だったのでからかっただけです」


「いい趣味してんなこの野郎……」


 俺は名残惜しさを感じながらもそれを悟られぬように勢い良く体を起こす。


「まぁ過程はどうあれ戻してくれたのは助かったよ。ナタリアにも事情を説明して来るかな……」


 レアは自分の太股へと視線を落としていた。


「……?どうかしたのか?」


「えっ? あっ、なんでもありませんよ。なんですか?」


「いや、ナタリアにもさっきの子供が俺だったって話して来ようと思ってさ」


「そうですね。それがいいと思います」


 俺がナタリアに会いに部屋を出ると、レア一人になった部屋の中は静寂に包まれ、彼女はベッドへ体を倒して譫言のように呟く。


「……あなたの子供姿が可愛かったから……とは言えませんよね……」


 口に出して自分で恥ずかしくなった彼女は声にならない声を上げて枕へと顔を埋めた。

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