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剣に込める想い【挿絵】

 その日も俺達はクエストを終えてギルドでクエストの振り返りをしていた。といってもほとんどが雑談になってしまうわけだが。


 特に今さらパーティでの役割や動きに大きな問題点が見つかったりはしない。この四人でのクエストにも慣れたものだ。最初は尖ったパーティだと思っていたが(主に魔法使いと戦士のせい)、それが今では良いところでもあると思える。


 四人で話をしているがレアはあまり会話には入って来ない。それはいつも通りだがサリアも口数が少ないのは大剣の手入れをしながら話しているからだろうか。


 メイルといいサリアといい、火力脳なだけに自分の武器にこだわりが強いらしく手入れを始めると没頭する節がある。それを邪魔するほど野暮じゃない。


 不意にギルドの扉が開かれ、俺はその見慣れない外見に目を惹き付けられた。甲冑に身を包んだ姿もそうだが、何よりその靡く紅い髪に。一目で位が高いと理解させるその風貌には一種の畏怖を覚えるほどだ。


 真っ先に浮かんだのは「どこかのお偉いさんの視察か何かか?」だった。恐らく周りの人間もそう感じたのだろう。ギルド内にはざわめきを残しつつも緊張が高まっていった。


 ギルド内を睨め付けるように見回した彼女は途中で顔を止めると、髪を靡かせ、歩き出した。木製の床に重厚な金属を踏みしめ、辺りに重さを残した音を静かに響かせながら。あれ?なんかこっちの方に…


 近くで見るとその紅い髪に既視感を覚えた。そう、それは…


挿絵(By みてみん)


 「こんなところで何をしている」


 想像通りの、と言っては失礼だが威圧するような目に反することのない、相手を咎めるような言葉が口から発せられた。というか誰に言っているんだ?


 突然、話し掛けられて俺達は戸惑ったが、一番驚いているのはサリアだ。そう、サリアと並んでいるとその髪の色が同じであることが分かる。


 「メイア姉…様…?」


 まるで見られて困る物を見られたかのように、怯えを含んだ声。


 サリアの姉ちゃん?見た目でそんな気はしていたが当たりのようだ。


 「そいつらは何だ?」


 俺達を見下ろしながら順番に睨める。


 「それは…」


 「同じパーティの仲間だよ」


 言い淀んだサリアの代わりに俺が答える。


 彼女は小さく息を吐いた後、大きく笑い出す。


 「仲間だと?一人では何も出来ない同士、利害が一致しただけの仲良し小好しだろう」


 最初からこいつの態度は気に入らなかったがこれだけはっきり言ってくれるとわかりやすくていい。


 「おい、俺のことはともかく仲間を悪く言うのは許さないぞ」


 「殊勝なことだ…だが少なくとも我が愚昧はそう思ってはいないのではないか?」


 こいつは何を言ってるんだ。サリアは人一倍仲間を大事にする奴だ。間違ってもそんなことは有り得ない。


 「私と来い。今すぐにだ」


 「あの…」


 「私の命令が聞けないのか?」


 俺達と姉を困ったように交互に見つめるサリア。だがその怯えた表情で、どちらを優先するのかは察することが出来た。


 「…すまない」


 一言だけ残してサリアは俺達に背を向けた。呼び止めれば引き止められるか?サリアを困らせるだけだ。明日また改めて話を聞こう。そう思っていた。



 翌日、ギルドで俺達はサリアを待っていた。いつもはメイルと一緒に先に来ているだけに心配になった。だがそれは杞憂で、少し遅れてギルドに現れた彼女に声を掛けようとする。…が俺が話すより先に頭を下げられた。


 「…すまない。これからは一緒にクエストに行くことは出来ない」


 「…え?」


 何を言っているのか理解できなかった。だが深刻な顔で事情を説明する彼女の姿に否が応にも現実を突き付けられる。


 サリアの家が騎士の家系であることは知っていたが詳しいことは知らなかった。彼女の話ではサリアの姉、つまりメイアは騎士団の団長をしていて、そのうちの一つの小隊、その小隊長に空きが出来たため、経験のためサリアにそれを務めさせようという話らしい。そのため、明日すぐにでもここを発つことも。


 「…こうなる可能性があることは分かっていた。だが言い出せなかった…許してくれとは言わない…だが謝らせて欲しい」


 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何であいつに言われたからってサリアが黙って言うことを聞かなきゃいけないんだ?大事なのはサリアの気持ちだろ!」


 自分でも分かってる。こんなことを言われてサリアが困るなんてことは。


 「ワタル…私も納得しているわけではない。だがここで我侭を通しても皆に迷惑をかけるだけだ。仲間と別れてもいいと思っているからじゃない。大切だからこそ別れざるを得ないと言っているんだ」


 「でも…」


 「頼む…これ以上私を困らせないでくれ…」


 暗鬱な表情でもう一度頭を下げた彼女の姿に俺は何も言葉をかけることが出来なかった。


 サリアがギルドから去った後、とてもクエストに行く気にはなれず、俺達は重苦しい空気のまま机で向かい合っていた。


 「こんなのって…突然過ぎますよ」


 「気持ちは分かりますが家の事情ではどうしようもないですね」


 いつも通りに話すレアだったがそれがメイルには気になったらしく


 「レアはサリアではなく他の人がパーティに入ってもいいと言うんですか!?私は嫌ですよ!」


 「そうは言ってませんが…かと言ってどうするというんですか?」


 「それは…」


 「分かった」


 二人のやりとりを黙って聞いていた俺だったが口を開く。


 「ここで話していても埒が明かない。俺が明日、もう一度サリアと話してみる」


 「ですがそれは…」


 「俺だって納得したわけじゃない。任せてくれ」


 俺は二人に頭を下げたが、譲る気は無かった。それを察した二人は顔を見合わせるとやれやれという様子で頷いた。



 翌日、早朝に俺は食事を済ませ、準備をしていた。俺が動き出したのに気付いたレアも目を覚まし、眠そうに目を擦る。


 「悪い、起こしちまったか?」


 「それは別に良いですが…ずいぶんと早いですね」


 「そりゃそうだろ。もう出発してました、じゃ笑い話にもならないからな」


 俺はいつもクエストに行く装備で、部屋の扉に手を掛けた。


 「なるほど…そういうことですか。長い話し合いになりそうですね」


 「ああ、行ってくるよ」


 俺は部屋を出ると静かに扉を閉める。目指すのは街の出口だ。



 靄がかかるほどの早朝ということもあり人気はほとんどなかった。が、街の正門で壁にもたれ掛かる俺の姿を見て不審に思う人も居ただろう。けれどそんな視線も気にならないほど、今の俺の頭の中には一つだけだった。


 徐々に近付く足音。それが街人のものでないことは音で分かった。装備を身に着けている人特有の若干遅く、重たい足音。靄に隠れたその顔を視認出来たのは俺と少し離れたところでだった。


 「よう、こんな早い時間に出発か?」


 「お前は…確かギルドで。何だ?別れの挨拶でもしに来たのか?ご苦労なことだ」


 「…俺はお前じゃなくてサリアと話しに来たんだよ」


 そう言うと、顔を逸していたサリアが俺を見つめる。


 「俺はさ…サリアが心から家のために尽くしたいと思ってるなら素直に見送ろうって思ってたんだ…けどやっぱり駄目だな…。自分の心に嘘は付けない」


 俺はもたれかかっていた壁から体を離すと、二人に対面する。


 「もし…本当にそれがお前の進むべき道だって言うなら……」


 静かに短剣を抜き、構える。


 「俺を退けて行けよ」


 目を見開くサリアの代わりに口を開いたのはメイアの方だった。


 「面白い男だなお前は。ありふれた言葉での別れなどよりよっぽど潔い。よかろう。サリア、剣を抜け」


 「そんな…」


 「お前がやらないというなら私が相手をするが?」


 脅しではないと理解したサリアは提げていた大剣を静かに鞘から引き抜き、構える。それを見て、メイアは近くに置かれた木箱へと無遠慮に腰を下ろした。


 「少しでも手を抜いてみろ。その時点で私が奴を切り伏せる」


 「…分かりました…。ワタル、一度だけ聞く。引いてはもらえないか?」


 俺は真っ直ぐにサリアを見つめたまま何も答えない。それが答えだ。


 「そうか…残念だ」


 集中力を最大限に高め、瞬きをしていなかった俺の視界から彼女は消えた。かろうじて見えたのは俺の死角に入り込む影。唸りと共に大剣が靄を切り裂く。俺が後ろに避けなければこれで終わっていただろう。


 重い大剣を振り切り、顕になった彼女の体へと短剣を真っ直ぐに突き出す。速さでなら大剣が短剣に敵うはずがない。至極真っ当な考えは目の前の現実によって打ち破られた。振り子のように戻って来た大剣によって俺は腕ごと短剣を弾き飛ばされる。あまりの衝撃に肩から先に振動と痺れが走ったがどうにか短剣を放さずにいることは出来た。


 痺れが引くまでまともに剣を交えられそうにない…。俺が後ろに下がると彼女も踏み込み、矢継ぎ早に剣を振るう。その姿には焦りを感じる。なぜ…?そんなの決まっている。それはサリアが仲間を大切に思っている気持ちに他ならない。


 サリア…お前が自分の…そして、俺達のために剣を振るう姿はいつだって誇らしげに見えた。己を信じる真っ直ぐな剣。それが今はどうだ。どうしてそんなに苦しそうに剣を握っているんだ…


 「もう終わりにしたい」そんな心が透けて見えるように、彼女は一呼吸の後に大剣を大きく横に振りかぶる。


 「…」


 俺の剣は、迷いだらけな今のお前の剣に断ち切られるほど脆くは無いし、信念の籠っていない剣に押し潰されるほど軽くもない。だから…


 俺が一歩踏み込み、彼女の大剣に沿うように振り切った短剣は、体を通ったであろう軌道を大きく上へと逸し、大剣は髪を揺らした後、虚空を切り裂いた。彼女の体は僅かに上へと流れ、さらに一歩踏み込み、体に手を掛けた俺の力に抗うことは出来なかった。


 そのまま地面へと組み伏せ、顔の横の地面へと刃を突き立てる。


 「…この勝負は俺の勝ちだ」


 サリアは一瞬のことに呆然としながらも


 「まいったな…完敗だ」


 「ちっとも嬉しくねーよ。今のお前に勝ってもな」


 俺は手を放し立ち上がると、サリアへ手を伸ばす。途中まで手を伸ばして止めた彼女の手を俺は掴み、引き上げる。


 それを無表情に見つめていたメイアは大きく溜息をついて立ち上がる。


 「…しばらく会わない間にお前がこれほど腑抜けていたとはな…。我が妹ながら情けない…」


 「サリアを悪く言うのはやめろ。今すぐお前の方が腑抜けだって証明してやろうか?」


 「自惚れるのも大概にしておけ。この場で切り伏せるぞ」


 「へえ、やってみ…」


 言い終える前にメイアの姿が消えた。先程のサリアよりも速い。


 俺の目の前で剣が交差していた。俺が反応出来なかった剣、恐らく体を切り裂かれていたであろうそれを受け止めているのはサリアだ。俺へ剣を向けていた時とは別人のような動き。まったく…やっぱりさっきの戦いはとんだ茶番だったな。


 耳を突く金属音と共に二人は離れる。


 「…私は何を迷っていたのだろうな。これほど私を想ってくれる仲間を裏切り、これからどのような志を剣に宿して戦っていくというんだ…」


 サリアは俺の前で剣を構えながら静かに微笑む。


 「どういうつもりだ?この姉に楯突くと言うのか」


 「…はい、前言を撤回します。姉様がワタルを傷付けるというなら…私が彼を護る盾となりましょう」


 「サリア…」


 互いに剣を構え、真っ直ぐに視線を結んでいた二人だったが、メイアの方が視線を伏せると、剣を鞘へと戻す。そして自嘲気味に笑うと


 「どうやら私としたことが見誤っていたようだ…。サリア、お前は既に己の剣を捧げるに足る相手を見つけていたのだな」


 「はい。もう迷うことはありません」


 はっきりと答えた彼女の言葉に、メイアは目を見つめただけで、何も言わずに身を翻す。


 「ならば精々、護り通せるよう腕を磨くことだ」


 そう言い残して彼女は靄の中へと消えて行った。安堵から俺は地面へと腰を降ろした。


 「結局、助けられちまったな」


 「それはどうだろうな…姉様が本気なら私が敵うはずもない」


 「えっ…?つまりサリアの回答次第では二人とも斬り伏せられてたってこと…?」


 黙って首を縦に振ったのを見て冷たい汗が流れた。けれど結果的に丸く収まったという安堵で自然と笑顔になった。つられるようにサリアの顔にも満面の笑み。ただひとつ違うのは目から溢れ、頬を伝う雫だった。



 翌日。俺は軽い足取りでギルドの扉を開ける。サリアとメイアのことは解決したみたいだし、良かった。そしていつもの場所に座る紅い髪の少女を見つける。いつもより人が多くて見づらいがあの髪を見間違えるはずがない。


 「よっ!サリア、おはよ…」


 腕を組み、足を組みながら椅子に座っていたのはサリアではなく姉の方だった。まだ街に居たのかよ。ていうか何してんだ。気軽に話し掛けちまったじゃねーか。


 「遅かったな。内密にしたい話があったのでサリアなら少し後で来るぞ。…立ち話も何だ。そこに座れ」


 指差された椅子に俺は背筋を伸ばして座る。


 「それで…。なんでしょうか…」


 何で俺は敬語で話しているんだろう。


 「我が妹がなぜお前などを護ろうとしているのかは聞かない。だがあれ程の決意を秘めるほどお前を想っていることは確かだ。だから私は家のためではなくお前に尽くすということを認めた」


 ここまでは別に改めて言われなくても分かる。


 「だが私としては我が妹には家を継ぎ、一緒に騎士となって欲しいと思っている。ならばどうすればいい?簡単なことだ……お前が我が家の一員となればいい」


 「…は?」


 「頭の回らん男だな…つまり我が妹と…」


 「いやいやいや、言ってることが分からないんじゃなくてそんな話になる意味が分からないだけだって!」


 「なに遠慮することはない。私のことをお義姉様と呼んで良いぞ」


 あっ、こいつ人の話を聞かないタイプの人間だ。


 この話をサリアの居ないところでするってどうなんだ…?と、考えた俺はサリアが来るまで時間を稼ぐことにした。だが二人で言ってもこの姉が納得するかは甚だ疑問で、どうしたものかと俺は小さく息を漏らした。

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