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九話

5/8中にあともう一話投稿する予定で、次話で完結です。

「あれ?」

 広場へとたどり着き、フォークダンスを通り過ぎ、休憩所のようなところに差し掛かった時だった。

 その先の神社へと続く道に、ふと見慣れた後ろ姿を見たのだ。

 一瞬で姿を人ごみに見失ったが、あれは。

「伊波?」

「どうしたの?」

「気のせいかな、今伊波が……、あ、ほら向こうに」

 やっぱり、と続けようとした言葉は、見えた光景に断ち切られた。

 また見えた伊波の隣に、伊波と釣り合うように歩く、大人びた美人を見かけたことで。

「……」

 とても自然な男女の組み合わせ。

 身長もお似合いで、女性の方は大学生のように見える。

 大人っぽい色気と、心を許しているように慣れた様子で、伊波に絡むように腕を組んでいる。

 今も、組んだ腕を引っ張りながら伊波の前に回り、何かを伝えている。いや、浴衣を見せているようにも見える。

 人混みがあるというのに、もう二人の姿しか目に入らない。

 こちらに近づいてくる。

 一歩、後ずさる。

「……ドリ、伊波くんでもいるの? ねぇ千鳥!」

「……え? あ、えっと」

 居た。居たが、こんなの嘘だ。

 用事って、女の子とのデートだったの?

「何処? 人ごみで見えないわ」

 自分からは、まだ見える。

 浴衣の女性がまた隣に戻り、そうして。

 伊波と、目が合う。

 驚いた表情のあと、少し、罰が悪そうに、照れたように笑う。

 自分は。

「ごめん、恵美」

 声が震えてないだろうか。

「どうしたの?」

「この先に伊波居るから。ちょっとだけお手洗い行くね」

「え。ちょ、ちょっと……千鳥!」

 この不意打ちの後、彼の前に出ることは無理だ。

 少しだけ、クールダウンしたい。

「ごめん、恵美」

 そうして、踵を返した。

 すぐに広場へと出て、人ごみを避けて、走って。

 ふと見えた、小さな脇道へと向かった。


 =====


 妹に振り回されつつ連れ歩き、この、何処かぼんやりとしている妹をはぐれない様にと、がっちりと抑え込むように腕を組む。

 幾つか、ヨーヨーつりをやったり、フランクフルトを食べたりしながら、ついでに焼きそばとたこ焼きも買って一旦、休憩所へと戻っている最中に、見慣れた姿を見た。

 ――やっぱり来ていたんだな。

 浴衣を着た千鳥だ。

 流石に断ったのにばっちり出くわすと、どこか罰が悪い。

 そう思っていると、驚いた表情をしていた千鳥は、何処かあたふたとした様子で踵を返していった。

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、友達が居たんだがな……」

 一人かなと思っていたところ、目の前の人混みをするりと抜けて、見知った人が現れた。

 小柄で、着物を着ているお下げ髪。

 眼鏡の奥からは知的な瞳がこちらを見つめてぱちくりと動いた。

 この人は確かに、人混みが多いと埋もれて気づけない。

「あぁ、やっぱり。神楽さんも居たんだ」

「……それは、アレかしら。千鳥には気づいたけれども、小さすぎて人ごみで見えなかった、と」

「は、はは。いやぁ……はい」

「酷いこと思うのね……」

「いや、だってねぇ」

「男なんてみんなそうなのかしら?」

 悲しそうに俯き、狙ったような上目遣い。

 ごめん、でも物理的に見えないものは見えないのだ。

 どうしろと言うのか。

 自分の横で奈江が、目を輝かせる。

「わぁ、綺麗な人」

 奈江に向いて微笑む神楽さん。

「あーその、同じクラスではないが」

 ちょっと言い澱む。

 基本的には千鳥と居るから接点があるわけで、それがなかったら恐らく会話は無かった。

 そう考えると、友達と呼んでいいものか迷う。

 その葛藤に目敏く気付くと言葉を引き取る神楽さんは本当に優秀である。

「伊波くんとは友達で、神楽です。ふふ、綺麗と言って下さって、ありがとうございます」

「勘違いしているかもしてないが、こいつは神楽さんより年下だし、妹の奈江だ」

「……ま、伊波くんに恋人がいるとは欠片も思って無かったし、納得かしら」

 見えなかった事への意趣返しか、若干毒舌な気がする神楽さんである。

「なんだ、ちょっと脇寄ろうか、ここだと人通りが多すぎる」

「ありがとう。でも、その様子だと休憩所まで行った方が良さそうね」

「お兄ちゃんにしては気が利くねぇと思ったけれども、神楽さんはその一足も二足も先を行きますねぇ」

「いいから、お前はその手に持っている焼きそばをがっちりホールドしておけ」

「人使いあーらーいー」 

 ぶーぶーと文句を言う妹を転ばない程度に引っ張りながら、元々の到着地へとたどり着くと、空いた席を確保して座り込む。

 神楽さんと奈江はバッグから花柄のハンカチを取り出すと、それを敷いて席へと座る。

 奈江は子供のように、神楽さんは上品な女性のように座り、格の違いを密かに感じている。

 見た目と動作がお互い逆だろう、これは。

「貴方は妹と二人でお祭りかしら?」

「一応、クラスの男友達も居るぞ。野郎メンバは射的にドはまりしてたから、集合場所だけ決めて、各自食事買って集まろうとか話してた」

「そうなの」

 二人で話している間、奈江はさっさと焼きそばのパックから輪ゴムを取って食べ始めた。マイペースな奴だ。

「神楽さんは千鳥と? さっき居たのが見えたんだけど」

「ええ、そうよ。……あの子もよく焦ったり思いこみが激しかったりするのよね」

「? 普段の様子だと、そんな印象無いけどな」

「隠しているもの、健気にも」

「隠さなくても……ってあれか、自分がどう人気なのかを自覚しているってことなのか」

「ふふ、馬鹿ね」

「え”」

 ごく自然に、微笑みながら罵倒された。

 肘を立て、両手を組みながら、そこにこてんと顎を置く姿は、人目を奪う花のようだが、実は毒を多量に持っているのかも、とも思わせる。

 浴衣を着た神楽さんは魅力という名の戦闘力が非常に高い。

 神楽さんは小さく息を吐くと、その姿勢を辞めてくれた。

「いいわ。こちらの疑問は解けたし、あの子もじき戻ればわかるでしょう。いえ、でも……」

「まぁ、疑問が消えたのならいいけど」

「いたいた! おい! お前ら! ミッチーここに居んぞ! って、神楽さん!?」

「こんにちは。初めましてかしら」

 3名程、陽気な声を上げて近づいてきたが、神楽さんを見ると素っ頓狂な声を上げて立ち止まる。

「いいから、はよ座れ。席がとられる。奈江、お前神楽さんの隣に移動しとけ」

「はーい」

「私がそっちへ移動するわ。奈江ちゃん、ちょっと失礼するわね」

「そうか? 悪いな」

 奈江の横に移動することにより、遅れてきた男子3名は並んで座ることになる。

 誰が女子2名と同じ席に座り、誰が野郎の隣に座るか? という事を試案していただろう友人達にとっては悲しい事実だ。

 ただ、その友人たちも少しだけ傷ついたような、安心したような表情なのが面白い。

 こちらから見て一番左、友達Aとでもしておこうか。

 今いる知人連中の中で一番背が高い。

 180㎝だそうだ。

 そいつがたこ焼きにつまようじを2本、ぶっさしたまま、神楽さんに尋ねる。

「神楽さんも来てたんだ。一人?」

「違うわ。千鳥と一緒に来ているの。知っているわよね? 千鳥は。今はちょっとだけ席を外しているけれどね」

「あぁ、知ってます、知ってます」と、その隣の友達B。

「仲がよさそうなの、よく見るよ」とさらにその隣の友達C。

 以上、完結。

 そうして、話題が無いとばかりに食べ物を食べる姿は、我が友人ながら情けない感じがした。

 いや、俺もそうそう簡単に女子に絡めるような話題は無いのだけれども。

「でも、ごめんなさいね。ちょっとだけ伊波くんを借りたいのだけれど……よろしいかしら?」

「え?」

 聞いてない、とばかりに神楽さんに振り向くが、こちらをちらっと見て、ふふと微笑んで、野郎三名にダメかしら? と念押しする。

 奈江は我関せずとばかりに焼きそばを食べている。

 野郎3名は顔を見合わせ、こちらを射殺さんばかりに見つめる。

「千鳥が用があるって言っていたから」

 初耳である。

「その変わりと言ってはなんだけど、私がしばらく一緒に行動するわ」

 その言葉を聞いてからの反応は早かった。

「「「どうぞどうぞ」」」

「……おい」

「じゃぁ、私も神楽さんとこの人たちと一緒にしばらく回ってるねー」

「……あぁ、分かった。じゃぁ、向かうかな」

 空気を読んで、ここは移動することにする。

 片手を上げてとりあえずまた後でと言ったが、野郎共はどう回るかの話し合いをしていてこちらを一瞥もしない。

 薄情な奴らだ。

 まぁ、俺ももし千鳥と回れるなら、そのなんだ。

 まぁ同じことをするかもしれんな。

 神楽さんが手招きしているので、近づくと立ち上がり、手をメガホンの形にしたので少しだけ屈む。

「伊波くん、ごめんなさい。でも、千鳥をお願いね。あの娘、どうせ人気のない所にいるわ。脇道を探して。少し泣いてたから」

「泣いてた? さっき見たときは別に」

「あの後、どうなったかの想像なんて簡単にできるわ。長い間一緒だもの」

 喧騒の中、小声でも、神楽さんのキリっとした声はすっと耳に飛び込んでくる。

 そこで知らされるのは、千鳥の今の状況だ。

 正直、どうして慌てて翻って去ってしまったのかがわからない。

「勘違いしているの。今まで不安に思っていたことが現実だったと、そう思ったから」

「勘違い? 何に対してだ?」

「伊波くんが、美人の女の子と歩いていた事を見たことで。伊波くんが絡むと、あの娘は途端にダメダメになるから」

「……あんまり、わかってはないけど。その状態で俺が千鳥を探しに行っても問題は無いのか?」

「最初ぐらい問題あるかもしれないけれど、このまま、出会わず今日が終わるよりはずっと良い。少なくとも、今の状態のまま終わるのはダメ。そんなの、私が許さない」

 声色は真剣だ。

「わかった。探しに行くよ。すれ違ったら……そこの奈江から俺に連絡してくれ。今連絡先交換するのは、クラス連中が煩そうだ」

「ふふ、そうね。そうなったら連絡するわ。安心して探しに行って来て。……お願いするわ」

「任された」

 離れると、奈江がこちらをじっと見ていたが、特に何も考えてなさそうな顔をしている。

 大方、何を話しているのだろう? ぐらいの事だろう。

「じゃぁ、奈江。ごめんな、また後で」

「ううん。大丈夫。神楽さん、美人で良い人みたいだから。もっと色々聞きたいことがある。気にせず、行って来て」

 まだ出会って数分だというのに、奈江の中での神楽さんは評価がかなり高いようだ。

 悪くなるような要素もないし、仲良くなるなら助かる。

 人見知りをほぼしない妹ではあるが、周りが全員俺の知り合いという状況は流石に気まずいだろうとは思ったのだが。

「早く。チドリさん待ってるよ。希望に縋ってるのかも。悪いことしたかな……」

「どういう事だ? つーかお前は何をわかったんだ」

「伊波君の妹の推測力が、お兄さんにもあれば良かったけど……。奈江ちゃん、こう見えて貴方のお兄さんは中々やるのよ? それに悪いことというなら、貴方とお兄さんを離れさせる私のほうが悪いわ」

「……まぁいいよ、俺は行ってくる」

 探す場所は、おおよそ4点ぐらいだろう。

 奈江に頷くと、千鳥が消えた方角へと急ぎ足で向かうことにした。

 

 =====


 お兄ちゃんが行ってしまった。

 急ぎ足の後ろ姿は、別の人に阻まれてすぐに見えなくなった。

 今日のお祭りは、お兄ちゃんと回りたかったが、恵美さんの話を聞く限り、どうもお兄ちゃんに恋している人が居るらしい。

 あの朴念仁気味のお兄ちゃんを好きになるとは、変わった人もいるものだ。

 なら、妹として出来ることといえば、ひっつかない事だろう。

「お姉ちゃん……じゃなくて、神楽さん」

 ちょっとびっくりしたような表情の神楽さんは、きりっとしていた印象からちょっと可愛い感じに印象が変わる。

 そのまま、母性を感じさせるような微笑みを浮かべる。

「呼びやすい方で構わないわ」

「じゃぁ、その……神楽お姉ちゃん」

「何?」

 一段と優しい声だ。

 お祭りのガヤガヤとした声、お兄ちゃんの友達3名の雑談を飛び越えて聞こえてくる。

 今は、誰が誰の隣を歩くかで戦っているようだ。

 たびたび自宅に遊びにくる人たちだが、名前は知らない。

 神楽さんに、念のために確認しておきたいことがある。

「お兄ちゃん、恋人がいるの?」

「まだ居ないわ。でも今日出来るかもしれないわね」

「ふぅん……」

 あの本ばっかり読んでて、秀才っぽい見た目というより、大人びた印象を与える兄にとうとう。

 どういう人が隣に立つのか想像がつかない。

 最初に雑踏でお兄ちゃんが見つけた時、こちらからでは誰がそうなのかわからなかった。

 神楽さんの親友という事なら、良いなのだろうと思う。

「神楽お姉ちゃんは?」

「え?」

「恋人は?」

「え、えっと」

 ちょうどよく聞こえたらしい男子側が、一瞬静かになる。

「居ないわ、誰も」

「勿体ないです。こんなに美人なのに。お兄ちゃんも含めて、周囲の男子の見る目が無いの」

「もう。褒めないで。照れるわ」

 赤くなって照れる姿に、こういうお姉ちゃんが居てくれたらなぁと少しだけ思う。

「さて、行きましょうか。私、奥は行ってないのよ」

「私も、まだ一番奥には行ってない」

「そう。……あなた方も大丈夫?」

「はい! 大丈夫です!」

 そうして私たちが立ち上がれば、声を揃えて慌てた様子で動き出す私服の3名。

 急ぎ足で私や神楽さんの隣に並ぼうとしている姿を見ていると、不意に、手に小さく、柔らかい感覚。

「嫌?」

「……大丈夫です」

 身長差で見下ろす形となっているけれども、今、私は神楽さん見ないことにした。

 大人の魅力という奴ということなのだろうか。

 その不意打ち行為と、神楽さんの暖かさと、凛とした女性の声に、たぶん顔を赤くしてしまっている気がする。

 そうして神楽さんが先導する形で歩き出す。


 その後ろを、男子3名がとぼとぼと歩き出した。


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