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八話

本日は七話と八話の更新です。


 夏休み最初の土曜日。

 伊波が朝起きてまずやったことは、喉の渇きを癒しに行くついでに、今日の予定を妹に確認する事だった。

 キッチンの冷蔵庫から冷えたお茶を取りだして飲んでいると、リビングのソファに妹である奈江ナエが飛び込んだのが見えた。

 奈江はまだ中学2年生で、自分が通っていた中学校とは違う学校に通っている。

 一足先に俺らの高校より先に夏休みを満喫していたが、そのだらけ具合は自分もこうならないようにしよう、と自戒出来る程だ。

 食う、寝る、笑う、電話する、そうして時折連れ出される。

 父親の血を強く継いだのか、妹の癖に兄並みの身長(兄>妹ではあるが)で、中学では間違いなく女子としては大きい部類だ。

 その身長を活かし、メイクさえすれば、大学生とすら見間違える大人っぽい雰囲気を醸し出す。

 あの妹が、あんな大人びれるなんてと、女子って怖いなとつくづく思う。

 もっとも、奈江からは身長が高い低いで、何か文句を言っているのは聞いたことがない。

 その奈江は、飛び込んだ姿勢のまま、ぼうっと窓の外を見ているように見える。

 ショートカットで切りそろえた前髪から覗く目は、酷く眠そうだが、通常運転である。

 庭の木と塀としか見えないのだが、何を見ているのか。

 それよりも今日は、奈江から事前に予約されていた日だ。

 コップを流し台に置くと、そのままソファへと近付いて声をかける。

「おい。結局今日の予定ってのはなんなんだ?」

 一度顔を緩慢にこちらに向けて、また庭へ戻す。

「……あれ? 言ってなかったっけ?」

「少なくとも、今日の日付で付き合って、ぐらいしか」

「そうだったっけ。一応聞くけど……今日、何あるか知ってる?」

「何処での話だ?」

 頭の中で今日あるイベントを考えると、神社のお祭りやデパートのセールや新しいゲームの発売日など。

「どれだよ」

 奈江なら、どのイベントでも連れ出されそうだ。

 昔から、何だかんだ理由を付けられて奈江と外出することが多い。

 のんびり屋な雰囲気を出す奈江は(化粧をせずとも)大人っぽく見られがちだが、意外と自分と一緒に居ることを望む。

 兄離れはまだあまり出来ていない気がする。

 それでもまだ離れたほうで、小さい頃はそれこそ四六時中背中を追いかけてきたものだ。

 奈江は欠伸をかみ殺した後、うーんと思い出すような呟きをこぼした後、内容を告げる。

「うーん。端的に言えば、お祭り一緒に行こうってことだよ、お兄ちゃん」

 想定していた事の一つだ。

 そうして、夏休みが始まり、最初の土曜日まではこれといった予定もなく、持っているゲームや積んでいた伊波にとって、これが初の外出となることが今改めて決定した。

「祭り、お祭りね」

 ふっと、お祭りで思い出す。

 ……千鳥は、来るのだろうか。

 あの時、笑顔で別れたものの、気になってしょうがない。

 来るとすれば、誰と行くのだろう。

 その想像の中で、別の男子学生と連れ添って歩く想像をし、その想像を払うように頭を振った。

 順当に考えて、友人の神楽さんだろう。

 というか、別に、誰と歩いていようが、自分と、関係は、無い。

 そう考えて、頷く。

「お兄ちゃん?」

「ん? あぁ、ごめん。何?」

「んー何でもないけど……。お母さんは? 買い物? 浴衣の着方聞かないと」

「スーパーに買い物。浴衣で行くのか」

「こういう時ぐらい、変わった服を着てみたいって思うものなの」

 はぁ、としか言葉は出ないが、とろんとした目が少しだけ開いているので結構楽しみなのだろう。

「お兄ちゃんはどうするの?」

「服?」

「そそ」

「男用の浴衣は興味はあるけど、パス。そもそも、自宅に無いだろう。奈江用の浴衣があったことに驚いてるくらいだ」

「お母さん、私の服は結構買うからね。浴衣もよく似合うって褒めてくれるんだよ。でも二十歳になっても着れるかな」

「話しがよくわからんが、あれだ。もうそれ以上は成長しないだろうから、二十歳でも大丈夫だろう」

「えー」

「まだ成長したいのか!?」

「とりあえず、お兄ちゃんは、抜く」

「目標俺か!?」

「軽く捻る」

「どれだけ自分の可能性を信じているんだ……!」

 ふふん、と寝ころびながらも薄い胸を張る奈江。

 そして、準備と呟き、2階の自室へと戻っていった。

「何しにリビングに来たんだ、あいつは」

 それを見送る途中、思いついたことがあったので友人にも電話することにする。

「あ、もしもし。伊波だけど。あ? 今起きたばっか? 俺もだよ。お前さ、今日神社の祭り行く? あそう。なら……」


 =====

 

「改めて、恵美のお母さん、毎年ありがとうございます。浴衣も貸して頂いてしまって……」

「いいのよ、いつも恵美と一緒に頂いているし、この子、不愛想でしょう? 千鳥ちゃんみたいな可愛い子が長く一緒に居てくれて嬉しいわ」

「もう、母さん!」

「それに恵美は小さいでしょう? 浴衣を着ても……ほら。千鳥ちゃんはやっぱり私の奴をちょっと変えればいけるわねぇ。美人さんだわ」

「お・母・さ・ん・!」

「あ、恵美、押さないで、ちょっとあの、……ありがとうございます!」

「はいはい、楽しんで行ってらっしゃいね」

 着衣中もむすっとしていたが、今年もやっぱり着終わると赤面している恵美に押されて外に送り出されてしまう。

 確かに、友達が来ているのに母親がその友達と話を始めてしまうとなんだか恥ずかしい……という気持ちは十二分にわかるけれども。

 これが初対面ではないのだが、いつも恵美の母親は恵美をからかってしまうので、追い出されたりしている。

 性分なのだろう。

「ごめんなさいね。私の母さん、千鳥のこと好きだから、ついはしゃいじゃうのよ」

「あはは。でも恵美のお母さん、美人だし、羨ましいな。恵美もこのままずっと美人のままで行きそうだね」

「もう! からかわないで頂戴。二人揃って私の事を……もう」

 恥ずがしがる内容が切り替わると、手を繋いだまま少し前を先行するように歩き出した恵美に引っ張られるように歩く。

 恵美は下駄を慣れた感じで歩くが、私は和柄のトングサンダルだ。

 下駄でちょこっとだけ身長が高いが、相変わらず小柄で可愛いままだ。

 お下げなのは変わらずで、服装だけがいつも通りではない。

 幼い印象を受けるかもしれないが、余裕そうに微笑まれるとぐっと大人びて、私には無い物を持ってるなぁと思う。

 鈴虫やコオロギの鳴き声が響き、街灯に照らされだすのが一人二人と増えて、恐らく同じように神社へと向かうのだろう。

「あぁ、伊波くんどうしてるかなぁ」

「こんなに恋い焦がれている女の子をほっぽりだして何してるのかしらねぇ」

「べ、別に焦がれているわけじゃ」

「焦がれてない女の子が、意中の相手の名前を呟くわけないでしょ?」

「……ハイ、ソノトオリデス」

「あぁ、ここがもっと明るければ、赤くなった貴女の顔を見れたのに」

「もう、趣味悪いな」

「良い趣味だと思っているわ」

 お互いの軽口は、まだ蒸し暑さを感じさせない夜にからからと響いて元気よく飛び出す。

 最近の教室内で流行っている噂話についてや、今読んでいる本について、運動部の助っ人に関する愚痴や気になっている異性についての話題。

 話が止まらないまま、二転三転して戻ったりを繰り返している間に神社の入り口、大きな赤い鳥居の元へと着いた。

 この時点で、気の早い焼きそば屋が出店を出していたり、小さい子たちの多くが両親の手を引いて我先へと神社へ向かう姿が目に入る。

 空気を送るポンプの音や、たこ焼きや焼きそばの匂い、参道を飾る出店の数々。

「あー着いたー」

「早く着いたわね」

「でもまぁ、15分ぐらいかかってるけどね。もうちょっとかかるようならバスとか探しちゃうけど」

 学校へ行く道で、少し学校を超えるぐらいだが、普段よりは履きなれてない靴だし、確かにそう思う。

「その時はもう車で送ってもらいたいわね……」

「それにしても、すっごい人だね。ほら、参道の奥まで見えないよ、ここからじゃ」

「足の踏み場はあるけれど、といったところかしら。クラスメイトとは結構すれ違いそうね」

「あ、さっき隣のクラスの子みたよ。……隣に歩いている男の子、誰だろう」

「もう、自分が一緒に行けないからって鋭い目つきしちゃだめよ」

 恵美がクスクスと笑い、慌てて自分の目をぱちくりさせた。

 せっかく恵美と来ているのだ。

 ここは楽しまないと損だ。

 今ここに居ない人の事を考えてもしょうがない。

「よっし。じゃぁ行こっか! まずは綿あめだねー!」

「広場ではフォークダンスみたいなのをやってるのよね。他の地域からの転校生から聞いて、実はこれって結構変わっているらしいわ」

「そうなの? 神社でのお祭りでは何かしらの踊りが定番かなーと思ってるんだけど」

「地域に密着しすぎると、普通を忘れそうだわ……」


 二人して、今度は千鳥が恵美の手を引くように先導して、人と出店ひしめく参道へと繰り出していった。

十話で完結します。

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