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七話

今日は八話も投稿する予定です。

 伊波の視線を受けながら階段を下りきって、角を曲がって、……恐らく伊波から見えなくなったと思ったあたりで限界だった。

「……ッ!」

 病み上がりに近い体という事を無視して、歯を食いしばって走り出した。

 住宅街を走る女子高生という姿に、少なからずぎょっとしている人がいたが、外聞を気にしていられるほど、冷静ではいられなかった。

 そういう返事もあるだろう、という予想はしていた。

 していたが、なんとなく、大丈夫だろうとか本心は高を括っていたのだろう。

 思った以上に断られたという事実は、その姿を鋭利な刃物に姿を変えて、一瞬にして深く深く千鳥の胸に差し込まれた。

 伊波から申し訳なさそうに断られた時、ぶちりぶちりと表情を支える筋肉が断ち切られていく感覚に慌てて笑顔と、それを隠すような言葉を口にした。

 ちゃんと笑顔に見えていただろうか?

 家まで送ってくれるという話も、もしこの結果でなければ、本当に嬉しかったのに。

 苦しそうな、泣き出しそうな表情をしてなかっただろうか?

 あまり長い時間持たないだろうと分かったので、伊波には悪いけれども、多少不自然でも場を打ち切って退散させてもらった。

 実は、階段を下りている最中に既に笑顔は崩れていたので、声を掛けられなくて良かった。

 もしかけられていたら、ちょっと振り返ることは出来なかったから。

「バカ……!」

 小さく、吐き出すように出た言葉は、自分に対する憤りだった。

 もっと、もっと早くに聞いておけば結果は変わったのかもしれないのに!


 自宅について、家族にただいまと告げて、誰ともすれ違わないようにして部屋へと駆け込んだ。

 そのまま着替えるのも億劫で、ベッドへと倒れこめば、束ねられるのも限界だとばかりに髪のリボンがほどけ、体に髪が纏わりつく。

 それすらも無視して、枕に顔を押し付けつつ、ごそごそとスカートのポッケを漁ると、そこからスマートフォンを取り出した。

「うう……恵美ぃ……」

 弱弱しく辿る指は、すがりどころの友人の電話帳を探し出した。


===


 今日は、倒れたことも含め、千鳥からの何かしらの電話は来るだろうと思ってはいたが……。

 最初、電話を受け取ったとき、悪戯電話の類かと思った。

 少なくとも、最初に弱った涙声で『恵美』という単語を聞いていなかったら、友人の電話を使い、本人を騙る謎の生物から電話がかかってきたと疑う、そんな類の声だった。

 これは何かしくじったなと判断。

 精一杯、優しい感じで声をかけた。

「一体どうしたのよ? 何を言っているのかわからないわ。落ち着いて話して」

『うう、それが、河川敷で#$%あくい”#うう、いなみぃー』

「伊波くん絡み……」

 これは、今の状況だと迂闊な言葉を言えない……とは考えなかった。

 この娘の場合、下手に察して対応するよりは切り込んだ方が早く今の状況から脱出するだろう。

「あら? 告白して振られたのかしら?」

『じ”て”な”い”け”ど”ふ”ら”れ”て”も”な”い”け”ど”』

 これは日本語かしら? と思いながら、部屋のスピーカーアンプの音量を下げた。

 部屋に流れていたジャズは、聴こえるか聴こえないぐらいの音量まで下げられる。

 どうも、見た目的には音楽自体聴かず、聴いてもクラシックばかりという印象を持たれているが、クラシックよりもジャズトリオが奏でる曲の方が好きだ。

 一息入れようと勉強机から離れ、ベッドに腰掛ける。

 そうして、ぐずぐずしている友人と向き合う。

「それで? 何があったのかしら?」

 うーうーだがにゃーにゃーだが、日本語をうまく話せない友人からは要領を得ない回答をもらったが、整理すれば、土曜の祭りに行くのを断られたようである。

「それで、どうする? あきらめる?」

『……お祭りは、あきらめる。伊波は、あきらめない。まだ明確に決まったわけじゃない』

 伊波が付き合っている相手がいるのか、そういう相手なのかどうか。

 それはまだ明確ではない。

 声には出さないが、保健室で伊波に問いかけた言葉を思い出す。

 何時までもフリーじゃないのは、伊波くんも同じか……。

 と言っても、確率としては女子との約束、というのは低いと思う。

「そう、そうね。彼のことだし、同性からの誘い、というのが一番よ」

『男友達とお祭り?』

 確率的には、そもそも男友達との誘いの方が高いだろうとは思う。

 あの女子慣れていませんオーラを出している人が、お祭りを女の子と回るというのは想像しがたい。

 千鳥としては、もう断られたイコール女の子とお祭り、と決めつけてしまったのだろう。

 相当緊張していた状態で想像とは違うネガティブな反応があったら、そういうことも想像できない程、混乱してしまうのだろうと千鳥の声を聞いて思う。

「そもそも、別にお祭りってわけじゃないんじゃない? 用事があるとしか言ってないのでしょう?」

『確かにそうだけど……』

「そんな心配をしたって心の無駄遣いになるだけだわ」

『む。うううん、きっと彼女出来てたら教えてくれるよね。その時が来れば……』

「なんでそういう弱気な方面にいってしまうのかしら……」

『いや、だって、図書委員の子にさ、凄く伊波と仲良さそうな女の子が居てさ、もうびっくりしちゃって。そういうの見た後だと、もしかしてって思うじゃない』

「そう?」

 ちょっと以外だった。

 けれど、千鳥との接点がそうなように、図書委員の女の子なら、十分に伊波くんの興味を引けるとはおもった。

 それと、図書室でびっくりした、という話を聞いて、少し思い至る。

「……貴女が倒れた原因って、まさかそれかしら?」

『あは、ははは』

 乾いたような笑いにため息を吐くと、二言三言、倒れた原因と今の体調について言及し、後はたわいもない雑談に移る。

 といっても、所々に伊波くんが出てくるのはもうちょっと減らして欲しい。

 そうして、また伊波くんの話題が出た時、ちょっとだけ考える。

 伊波くんが何時までフリーなのか? というのはわからないものだ。

 今日の図書室で倒れた話題を聞いたとき(そしてその理由を聞いて呆れた)、彼と親しい女性はいることはいるようだ。

 親友といつものように長電話をしながら、その願いが報われますようにと思わずにはいられなかった。

「と言っても、彼も惹かれているとは思うのだけれどもね……」

『何が?』

「ふふ、なんでもないわ。それで?」

『あぁ、うん。浴衣なんだけどさ――』

「いいわ、いつも通り家に来なさい。……母親が喜ぶわね」

『恵美のお母さん、何時も行くと楽しそうだよね』

 千鳥が来て、浴衣を着ること自体は楽しみだが。

 母親の、千鳥が来た時の喜び様を想像して、少しだけ面倒な気分になった。


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