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三話

 図書委員としてカウンターで貸し出しの業務を行っていると、見知った人物とよく知られている人物が楽し気な様子で歩いてくるのがちらりと見えた。

 伊波くんは、何時も誰かと話すより楽しそうな表情をしている。

「伊波くんと、城ヶ崎さんか」

 小さく思い出すように呟く。

 城ヶ崎さんの下の名前は千鳥さんとかそういう感じだったと思う。

 そうえばさっき、鈍い大きな音が聞こえて見てみたら、城ヶ崎さんが痛がってしゃがんでたなぁ。

 伊波くんと私しか見てなかったけど、ちょっとスカートが危なかった。

 その出来事を思い出し、思わず貸し出し処理中に話しかけてしまう。

「あの、さっきは大丈夫でしたか?」

「……?」

 ちょっと不思議そうな顔をされた。

「さっき、思いっきり肘か……何処か、ぶつけてましたよね。凄い音で、あの時、実は見てしまっていて……」

 思わずといった感じで声を掛けてみたけど、城ヶ崎さんはよく親しみやすいと聞くのでたぶん大丈夫だろう。

 なんだかんだで、業務的な会話であるけれど多少のやりとりはしたこともあるし。

「大丈夫です。すみません、本棚にぶつけてしまって」

「大丈夫そうなら良いです……」

 あとで、本棚が大丈夫か見といた方がいいかな……なんてことは、流石に本人を前にして言わない。

「何時も貸し出しとか、本の整理とかありがとう」

「ふふ、図書委員ですから」

 しかし、キリっとした表情をしていて、そこからふっと見せる笑顔が半端な男子よりかっこいいなぁ、この人。

 見た目からして活発少女で運動神経抜群なこの人が、割と重度な小説好きの少女でもあるのは、図書室によく寄る学生内ではそれなりに有名だ。

 あの人が実は、的な話で盛り上がるときも時々ある。

 そうして本の貸し出しを終えると、今度は――伊波くんだった。

「凪さん」

 よろしく、と小さく呟かれて差し出されたのは有名なSF小説だった。

「伊波くん、今度はSF借りるんだ」

 珍しいね、というと照れた様に笑みを浮かべる。

「やっぱり知ってるんだ。これ」

 はは、と笑っている彼はさっきからずっと楽しそうだ。

 やっぱり、というからには、城ヶ崎さんからお勧めされたのかもしれない。

 ちょっと楽しそうな表情に嫉妬する。

「有名だからね。SFの本を読んだことのある人で読んでない人は居ないよ」

「あんまりSFは読まないからね……。千鳥も読んでて、最後が印象的だったらしくって。話を聞いたらまぁ、興味が出てね」

 やっぱりお勧めされたんだ。

「そうなんだ。でも良いと思うよ。一巻で終わりだし、さっと読めると思う」

「さっと読める……かなぁ?」

「大丈夫大丈夫」

 伊波くんとは一年の頃からの知り合いだ。

 私は一年最初から図書委員で、放課後はずっと図書委員をしているような状態だったから、伊波くんと知り合うのは早かった。

 私自身、あまり積極的に男の子と話す機会が無かったから、読んでる本の興味が近い伊波くんと話した時はとても新鮮で楽しかった。

 淡い恋心を抱いたのはそれからすぐだったけど、ずっと奥手のままで居た。

 何時か相手が気付いてくれれば、という少女的願望があった。

 結局、それが後悔に変わったのは一年後くらいで、伊波くんと城ヶ崎さんが割と親しげに会話したのを聞いた時だ。

 彼らは当初、ほとんど接点がなかったにも関わらず、城ヶ崎さんの男女分け隔てなく接する態度に気を許したのか、急速に仲を深めていったように思える。

 その二人の姿を、特に伊波くんの変わりようを見て、私の願いは叶わない、と思ってしまったのが敗因だけど、仕方がないと思うことにしている。

 多少強引でも彼と接点を作る城ヶ崎さんは、このままのんびりと関係を築きたい私とは裏腹に、日に日に親し気になっていく様子を見るのは若干辛かった。

 一応、彼は私の中では終わった恋の一人だ。

 女子はこうやって逞しくなっていくんだね。たぶん。

 今度、恋を見つけたらぜひとも参考にさせて頂きます。

 あと振られたら教えてね、伊波くん。

「楽しそうだね、伊波くん」

「そう? ……あれかな、やっぱり物珍しものが見れたからかな」

 そうやってちらりと視線を横に向ける。

 特定の単語を省くっていうのは、その人にとって比重が重くなってるからだと私は思う。

「なんか変わったね」

「そう? そうなのかなぁ?」

 彼は凄い勢いで、私から見れば変わっていっている。

 

 私が、話している間に事態が急速に変貌していたと知ったのは、その流れでちらりと城ヶ崎さんを見た時だ。

 ものすごい、顔色が悪そう。

「城ヶ崎さん、ちょっと顔色が――」

 声を掛け終わる前に、城ヶ崎さんはそのまま、どさりと、カウンターに身を預けるようにずるずると床に崩れ落ちて、その音に振り返った伊波くんが、

「千鳥……? おい千鳥ッ!?」

 とんでもなく慌てた。

 大慌てで彼女の肩を抱きしめて、揺するような真似をすることはなく、それでも声を掛け続ける。

「し、司書さぁん!?」

 私の慌てた声に、司書さんが異変を察して慌てて駆けつけてくる。

 周りの若干残っていた生徒が、物珍しさに顔を見せる。

 司書さんから連絡を受けた保健室の先生が、その場で軽く診察して、「大事はないとは思う」と告げるまで、慌ただしい雰囲気は続いた。

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