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二話

 俺の知り合い、というか友人に城ヶジョウガサキ 千鳥チドリという奴が居る。

 女性の友人だ。

 これはあまり女性との接点を持たない俺にとっては驚愕すべきことである。

 基本的に妹を除いて、女性関係はほとんどがからっきしの中、彼女だけは交友がそれなりに長く続いている。

 もともとは、自分が読んでいた小説を、彼女も昔から知っていたらしいというところで図書室で盛り上がってからの縁だ。

 今日は夏休みが始まる前日、登校の最終日。

 夏休み前の浮かれた態度の友人たちが、放課後という事で更に浮かれきっている。

 今日から誰かの家で徹夜して朝までゴールデンなんとかとかいう、少し前のゲームをやるという話題で盛り上がっている。

 鞄に出された課題を詰めながら、既に帰り支度が済んでいる友人たち3名に呆れた声を出す。

「お前ら、浮かれすぎだろ」

「夏休みだぜ? 高校生活最後だぜ? 浮かれるってもんだよ。ミッチーはどうなんだよ」

 目の前の椅子に腰かける友人の問いかけに一瞬考える。

「そりゃ、俺も嬉しいけどさ」

 嬉しいことは嬉しいが……。

 面倒な授業は無いし。

 隣の机で同じようにダベっていた別の友人二人も話に加わる。

「伊波はアレだろ? 図書室から離れるのが嫌だとか」

「それはありそうだ。夏休み中空いてないんだろ?」

「だと思うけど。確かに図書室空いてないのは嫌だなぁ。とりあえず、お前らとはどうせ夏休み中も会うんだ、俺は図書室に向かうよ」

「俺らの事はその程度の扱いか!」

「うるせ。あと俺はその徹夜ゲーに参加しないからな」

 裏切者とかのたまう、そんな友人たちに今度誘ってくれと声をかけてから、図書室へと向かった。

 何時ものように顔見知りの図書委員と雑談してから借りる本を探していると、棚の向こうで見知った人物を見かけた。

 千鳥、と声をかけようとして一瞬、ためらった。

 誰かを探している風の千鳥の後ろ姿。

 どうも、何時もの千鳥らしくなく、きょろきょろしている。

 その姿は、何事もストンと解決してしまうような本人に似合わない印象を受けて、なんだか新鮮だ。


 基本的に千鳥は見た目も本人の性格から来る印象もすらっとしている。

 外見としては、ショートカットヘアーっぽい感じなのに、願掛けのように後ろ髪を伸ばしている髪が印象的だ。

 以前、髪型について聞いたことがあるが、ただの趣味らしい。

 伸びている髪は普段はリボンでまとめ、試合中はゴムでかなり短く折り畳んで縛っていることが多い。

 女子の中では高身長で、170cm近いらしい。

 身長で少しだけ負けているので、少しだけ見上げないと視線が合わない。

 性格は前向きで、自身の考えが他人によって揺らぐことはあまりない。(頑固? というと機嫌が悪くなったので、極端なポジティブ思考ではない模様)

 彼女の声は張りがあるので、スパッとキレよく喋るのが見た目とマッチして非常に似合う。

 そのためか女子に非常に人気があり、バレンタインデーでは男子を押さえてトップの受け取り率らしい。

 本人曰く友チョコだと言うが、実は若干本命も混じってるんじゃない?と伝えたら、露骨に頬を引きつらせてたのはかなり面白かった。

 体を動かすのが好きなのだろう、はたまた体育の授業では部活動に所属している生徒以外にはほぼ敵なしの状況に体を動かし足りないのか、昼休みや放課後、グラウンドで男子がやっている野良サッカーにジャージ姿で飛び込んだりする。

 男子の中でただ一人女子、というのもかなり浮くが、サッカー部員が本気で相手をする必要がある程の運動神経には舌を巻く。

 個人的には、意外と発育が進んでいるその姿でサッカーをやられると妙に困る。時々、妙なタイミングで見ている男子の歓声が上がるとイラっとさえして不思議だ。

 その為、女子だけではない人気がある。

 親しみやすさと、武人じみた美しさが男子高校生にとっての近くにあるが高嶺の花、なのだろう。

 美人というと、校内でランキングを取ればTOP10に入るだろうが、別に一位というわけでもない。

 面白い時は笑うし、驚くときは隠さず驚く。

 悔しそうな時は悔しそうにするし、試合で負けたときは泣く時もある。

 文武両道、真っ直ぐ進むその姿は、単語の千鳥に絡む千鳥足とは無縁の姿だ。

 ……普段は。

 時たま、妙にふらふらというか、ふわふわというか、とにかく千鳥らしからぬ時がある。

 何時からかはよく覚えてない。1年前? いや、半年くらい前……からだと思う。

 話していると時々上の空でこちらを見ていたり、図書室で待ち合わせ場所に向かうと、先に座っていて、左右に体を揺らしてたりする。

 それでいて話しかけるとびっくりして赤くなる。

 揺れてるのを見られてびっくりするぐらいなら、揺れなければいいと思う。

 後は、それぐらい前から、少しだけ見上げても視線があまり合わない。

 一応、額とかほっぺとかそこらへんを見てるんだけど、向こうの視線がこちらを向いていない感じがする。


 千鳥は偶に変になる。


 今も目の前で、不安気に――これも、あまりに普段の見た目と反していて笑いそうになる――後ろの大き目なリボンをゆらゆらと動かしながら、大き目な図書室の棚の間を慎重に進んでいる。

 後方不注意。

 そんな単語がよぎる。

「よし」

 そうして、とりあえず声を掛けた。

 

「なぁ」

「ひぃ!?」

 

 いきなりありえないようなものを見るような、びっくりした表情と仕草でこちらを振り返る。

 ……何をそこまで、びっくりするのさ?

 その気の抜けた驚きようと、肘をぶつけた姿の痛々しさに思わず目を逸らしてしまったのは、まぁしょうがないと思う。


===


「なぁ」

「ひぃ!?」


 声を掛けられた瞬間、後方不注意、という単語が脳裏をよぎった。

 図書室という事も一瞬忘れて、勢いよく振り向く。

 と同時、書庫内に響き渡るゴン! という鈍い音と、自らの肘に襲い掛かる鈍痛。

「ひゃぁぁ……」

 思わず、情けないやら痛みやらが織り交ざり、か細い悲鳴をあがてしゃがみこむ。

 ご愁傷様? という疑問形の声が、探し人から聞こえるが、もうなんというか。

「穴があったら入りたい……」

「一体何なのさ」

 痛む肘を押さえて、若干の涙目で見上げれば、探し人の伊波だ。

 三冊ほど本を片手に持った立ち姿で笑っていた。

 ちなみに友人からはみっちー、とか呼ばれているらしい。私も呼びたい。

 視線が合うが、珍しいことにすぐに逸らされた。

 そ、そんなに今の私は情けないのかな……。

「あの音は流石千鳥だね、というべきかなぁ。普通の女の子なら出せないよ」

「伊波、君はもちっと私に対して柔らかいイメージを抱くべきだと思うんだ……あー痛い」

 やれやれとばかりに立ち上がると、少しだけぐらりと来て棚を支えにする。

 そうして、ちらりと念のため、本棚の木の棚が折れてないかを確認する。

 一応、空手とかで体を鍛えてはいる。

 ので、割と心配だったけど、見た感じ問題ないようだ。

 その様子をめざくと見られ、

「千鳥、そこ罅入ってない?」

「殴るよ!?」

「ごめんごめん」

 そのまま笑って流される。

 なんだか自分一人だけテンパってて、気恥ずかしさが止まらない。

「どうしたんだ? なんか妙に気配を殺して歩いてたけど」

「う」

 苦笑した様子のまま話しかけられるが、言えるわけがない。

 伊波を探してたんだと。

 いや、別に言っても良いのかな? 気にしすぎかな?

 変な事考えてるなって思われないかな。

「別に、何でもないよ、何でも。なんというか、そういう気分だったというか」

 結局、口には出せなかった。

「変なヤツだな」

「はは、はは……伊波はどうしたの? 夏休み前に一気に何か借りに来た感じ?」

「まぁそんなとこ。10冊まで借りられるらしいから、探してる最中だ。と言っても、いくつかの曜日は空いてるらしいから、別に10冊まで無理に借りるつもりはないけどね。重いし」

「そうなんだ」

「さっき図書委員と話したら、司書さんが居る日は図書室は空いてるって。部屋の外の掲示板に日程が張り出されてるらしいよ」

「ふぅん、あとで見てみる」

 何気ない会話。

 ここからどうやって祭りに繋げるかが難問だけど……。

 その方法を夜遅くまで考えて、結局は考え付かなかった。

 だから、最後の授業もほとんど上の空で過ごした。

「千鳥は? 何借りるんだ?」

「私は……どうしよっかな。決まってないんだよね、特に。幾つか新刊があるみたいだし、貸し出されてなかったら読もうかなとは思う」

 切り出せない。

 切り出そうと思いちらりと周りを見る。

 離れた場所にあるテーブルで席に座り、本を読んでいる学生。

 窓際で持たれながら、友人と小声でしゃべっている女子学生。

 2階への通路を歩く学生。

 数は決して多いとは言えない。

 けれども、なんだかんだでここも人がいるところだ。

 そんな中でお祭りのお誘いなんてしたら……あぁ、考えるだけでまた顔が赤くなるし、体もふらふらしてくる気がする。

「大丈夫か? 風邪か?」

「いや、いやいや大丈夫、問題ないから!」

「まぁ、大丈夫そうなら、良いけど。あんま無茶しないでくれよ」

「大丈夫だよ」

「いや、結構千鳥見てるけど、割と無茶する時あるよね。バスケの試合とか」

「あれは、その、行けると思ったからやってるんだって」

「無茶してんじゃん」

 小さく笑われる。

 見てるという言葉にまた赤くなりそうで必死にクールになれ、クールになれ千鳥……! と言い聞かせる私。

「とりあえず俺は……なんかSFっぽいの何冊か借りるかな。普段読まないし。となるとハヤカワかな……『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』、面白いのか、これ」

「私、よくわからなかったけど、最後に奥さんと主人公の夫の会話の締めが好きだったな。情緒感があって」

「へぇ……というか既に読んでたのか。凄いな」

 そういいつつ、最初のページを捲りだすと眼鏡の奥の瞳が真剣な感じになった。

 この表情の変化が好きだ。

 多少じっと見てても周りを気にしないぐらいには集中する。

 ので、最近顔をまともに見る回数が少なかったので、ここで補給する意味合いもかねて眺める。

 贔屓目ではないけれど、もうちょっと運動したら健康的な細さになるのになぁと思ったりもしつつ、やっぱりカッコいいなぁと思うのは贔屓目なんでしょうか。

 恵美に聞いたら確実に「贔屓目」って答えられるだろうけど。というか言われたけれど。

「んじゃ一冊はこれかな。なんかこれだけでお腹一杯になりそうだし、今回はこれと、持ってるヤツで良いや」

「私も探すかな。あ、これか。新刊は……」

「あ、それも面白そうだな。読み終わったら感想を……」

 結局、その場で立ったまま、30分も話をした。

 そのあとは私が本を選ぶのに連れ添ってくれた。

 私は6冊ほど選んだが、結局祭りの話を切り出すことは出来なかった。

 この流れなら、帰りも一緒のはず。

 なら、その途中なら誰も居ない。少なくとも学生はいないはず。

 その時に話そう。

 伊波とカウンターに向かって、図書委員に本を差し出しながらそう決めた。

 その時だった。


「あの、さっきは大丈夫でしたか?」

「……?」

「さっき思いっきり肘ぶつけてましたよね。あの時、実は見えてしまっていて……」

 別の本棚の近くに居たのだろう。

 ほわっとしている図書委員の子に心配された。

 そんなに大きな音を立てたのかと、また肘が痛みだした気がする。

「大丈夫です。すみません、本棚にぶつけてしまって」

「大丈夫そうなら良いです……」

「何時も貸し出しとか、本の整理とかありがとう」

「ふふ、図書委員ですから」

 大人しめの風貌で、何処か艶やかで癖の無いボブヘヤーに、伊波と同じく眼鏡属。ただしやや大き目な丸眼鏡は伊波と異なるなぁ。

 貸し出された本を手に持って、横にずれながらそう考えた。

ナギさんか」

 新たな問題が生じた。

 彼女の名前を読んだのは私ではない。

 伊波だ。

 しかも、なんか凄く親しい雰囲気出てる気がする。

「伊波くん、今度はSF借りるんだ」

「やっぱり知ってるんだ。これ」

「有名だからね。SFの本を読んだことのある人で読んでない人は居ないよ」

 目の前には、私より若干小さい伊波と、その伊波と楽しそうにお話している、さらに小さい謎の図書委員が居る。

 いや、謎ではない。テンパるな、あたし!

 彼女は……ええと凪さんらしい。

「……図書委員やってるぐらいで、名前知らなかったな、そうえば」

 よく本を返却する時に出会ったりはしていたが、一言、二言業務的な? 内容を話す程度で、お互いの名前のやりとりはしたことがなかった。

 そんな彼女と伊波がカウンター越しに話している姿は絵になる。実に普通だ。

 文学少女と文学少年。

 おかしくない流れだ。

 というか、もしかして、この様子だと二人は、付き合っているのだろうか。

 今も、ほかのSFをお勧めされた伊波が楽しそうに相槌をうっているし、彼女もコロコロと笑っている。

 音を立てて血の気が引く、という事がどういうことなのか、身を持って知った。

 何を喋っているのか、まったく頭に入らない。

 息が苦しい。痛みもする。肘じゃなくて胸がじんじんと痛む。

 想定もしていなかった。

 だって、だって伊波に浮ついた話なんて聞いたことないし、カッコいいと思うのに、だいたいはざっぱでボサボサの髪かつ眼鏡かつ本ばっかり読んでるからそんな人いないと思ってたし。

 でもあの髪の毛、意外と触り心地がよさそうで、いつも上から宥めたいとか思ってる。

 (あぁ、恵美は何処を切り取ってもかっこよくない、とか言ってたっけ)

 だからなおさら、伊波に関する女子関係は無問題だと思っていたのに。

 こんな伏兵が居たなんて、聞いて、ない、よ……。


 体のふらつきを覚えて、体勢を保とうにも保てず、そのままずるずるとカウンターの前で崩れ落ちる。

「……? ……!?」

 伊波の声が、今まで聞いたことのない程慌てていた。

 その声を最後に、私は意識を手放した。

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