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最終話

今日は最終話と九話を更新しました。

「……ここでもない、か」

 この人混みの中で見つかるのだろうかと、心配になる。

 脇道というので、手荒場?(後から聞いた話では、「手水舎」と書いて「ちょうずや」と呼ぶらしい)付近や、物置小屋と思われる場所へと続く通路を見に行ったが、若干のカップルが居る程度で女の子一人、というのはいなかった。

 探しに行った当初も、妙な空気をかき分けながら進んだものだ。

 見落とさないように探すのは神経を使う。

 実は既に戻っているのではないか、その途中なのではないかという考えがよぎる。が、見つかれば連絡はしてくれるとは言っていたし、今こちらで出来ることを続けるしかない。

 見つからずに帰れば、神楽さんからなんと言われるかわからない。

 似たような屋台をすり抜け、流行の、許可を取っていないだろうお面売り場をすり抜け、発電機の騒音に辟易しながら道を進む。

 何度も人に当たりそうになってはうまい感じで回避しつづける。

 そうして入口付近に進むと、小さい脇道がある。

 そこもやはりカップルが居るものの、ほかの箇所と違い、人数はより少ない。

「ここに居ないとなると……入れ違いで神社奥かなぁ」

 この道の奥にあるのはとても小さな社(これも後から聞いた話では、「摂社」と書いて「せっしゃ」と呼ぶらしい)だ。

 そこに続くまでの道は当然長くない。

 そうなると空間も狭く、それゆえカップルが……。

「減った?」

 そうして進んだ道の先には、カップルはいなかった。

 ただし探し人はいた。

「……千鳥」

 小さく名前を呼ぶ。

 視線の先には、社付近の石壁に座っている彼女の姿があった。

 だが、近づいても良いのか、少し戸惑う。

 手で顔を覆っていて、泣いているように見える。

 周囲はお祭りで浮かれていて、その音も十分に届くのに項垂れている女の子。

 これでは確かにカップルも寄り付かないだろう。

 そのまま近づいていく。

 石畳と靴の擦れる音がするが、神社の騒音のほうがまだ煩い。

「千鳥」

「……伊波?」

「そうだ」

 距離感を図るような、揺らいだ声。

 いったい何があったのか、想像がつかない。

 けれど、想像がつかない事はここ最近増えている。

 夏休みが始まる前までは、いつも通りに話していたと思ったら、突然黙ったり、話しかけると凄く慌てて、何か取り繕うようにいつも通りの千鳥に戻ろうとしたり、最近だと図書室でやたら驚かれて、そのまま倒れてしまったり。

 自分の知らない千鳥が増えている。

 それについて困惑はするが、新たな一面を知れて何処か嬉しい自分も居る。

 けれど、この今の変化についてはどう受け取れば良いのか、まだ決めかねている。

「一体、どうした?」

「……それより、あの、あの娘は?」

「神楽さん? 神楽さんなら――」

「違う!」

 声は押さえているが、鋭い響きがあった。

 何を間違えたのか、よく考えるが、あの場に居たのは後は妹だけだ。

「ごめん、そうじゃなくて……今日、用事があるって言ってたでしょ」

「あ、あぁ、確かに最終日に言ったな」

「それ」

「妹との用事だな」

「……?妹さんの用事が終わって、今神社に来たの? じゃぁ」

「いや、神社に行くのが用事だったんだ」

「……へ?」

 静かに、震えるか震えないかのような声色に少しだけ変わる。

 何処か、期待してなかったというか、想定していなかった返答が来たような声。

 でも、顔は上げてくれない。

 隣座るよ、と伝えると、一瞬びくりと肩が震えた気がするが、気にせず同じように座る。

 広げて敷くようなものはなくても気にせず座る。

「妹さんも一緒に来てるんだ?」

「来てるよ。というか、隣歩いてたんだけど、見えなかった?」

「……一緒に腕組んで歩いている、美人さんしか見えなかったけど」

「それ、妹」

「嘘」

「嘘言ってどうする。奈江って言うんだ」

 バッと顔をあげたが、視線が合うと直ぐに顔を伏せた。

 一瞬見えた瞳は多少赤くなっているように見えて、やはり泣いていたんだと気が付く。

 見ているうちに、頬も、リンゴが色付くように赤くなりつつある。

 色は浸食し、やがて耳もすぐに淡く染まっていった。

 小さな、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、もう、と苦笑交じりに呟かれる。

 見て解るほど、千鳥の体から力が抜けていく。

 難所は抜けたかと一息つく。

「もう、やだなぁ。ここ最近、こんなんばっかりな気がする」

「何が」

「なんか、早とちりというか、勘違いが多くて。しかも、そのあとの行動が、全然私らしくないというか」

「あー」

「心当たり、ある?」

 否定するのも何だし、今まであった挙動不審ぶりを思い出す。

「ある」

 やだ、と小さく聞こえて、手で顔を覆うが、隠しきれない場所から漏れる肌は今までより、より赤い。

 恥ずかしそうに頭を揺らすと、一部だけ伸ばしている髪が揺れ動き、浴衣の柄に似ている色合いのリボンが合わせて揺れた。

 その長い後ろ髪が石壁につかないよう、まとめて膝に置いているものの、流砂が滑り落ちるようにさらさらと流れ落ちている。

 街灯にうっすらと照らされている千鳥は、見た人がハッとする程、絵になる一枚だ。

 思わず、流石だと思う。

「流石。浴衣、似合ってるな」

「……ありがと」

 何時もは、どちからかというと男勝りっぽい感じもある千鳥が、こうまで女の子らしい仕草をされると妙な感覚になる。

 二人きっりという状況なのだという事が、急に意識に浸透してきて体温が上がっていく。

「ど、どうかしたのか? なんか不調?」

 動揺を落ち着かせようとして早口になる。

「そうだね……うん。不調。もー絶賛不調中かな」

 続けて、小さく君の……という声が聞こえたが、すぐにダメだとか呟かれてかき消える。

 俺がどうかしたのだろうか。

「不調っていうなら、もうちょっとだけここにいるか?」

「……出来れば。ちょっと待ってね。恵美にちょっと聞いてみる」

「そうか。……その間に、近くで焼きそばでも買ってくるよ」

「うん。ありがとう。お祭りに行ってもいいよ?」

「千鳥一人を置いて、楽しむ事は出来ないな。あ、今から買いに行くのはノーカウントで」

「わかってるよ。……ありがと」

 一人おいて、のセリフは恥ずかしかったが、はにかみながら、笑ってくれて何より。

 女の子を一人残すのもなとも思ったが、休んで移動しないにしても、少しでもお祭りの気分は味わい続けてもらいたいと考えて、携帯を耳につけた千鳥を後にし、近くの屋台まで早歩きで向かった。

 

 =====


「あ、もしもし」

『千鳥。彼とは会えた?』

「うん。今は焼きそば買いに行ってるけど、さっきまで一緒にいたよ」

『あら。早速尻に敷いているのね。伊波くんもご愁傷さま』

「そんなんじゃないってば。ねぇ、誘ってくれた手前、すんごい申し訳ないんだけど……」

『そうね……。妹さん、大丈夫? ……そう、優しいのね。千鳥、もうちょっと、そっちで伊波くんを預かってもらえるかしら?』

「……いいの?」

『妹さん、いいって。私も、妹さんが可愛らしくて楽しんでますもの。それに元々は、千鳥と伊波くんがうれし恥ずかしでお祭りの中を歩くのを、私が後ろから見ているつもりだったんですもの』

「そんなこと考えてたの……」

 小さく笑う。

 すると、こちらの声にこだまするように、電話越しに恵美の柔らかな笑い声が帰ってくる。

『元気出たのね。やっぱりずるいわ』

「何が?」

『伊波くんの影響力。妹さんの話は聞いたのでしょう? まぁ聞いてなかったら、ここまで落ち着いて電話してないかしら』

「聞いたよ。あの美人な子、あれが妹さんなんだね。でもあの大人っぽさで妹って無理があるよ。絶対誤解するもん」

『奈江ちゃん? 私の友達が貴女の事、大人で美人だって。……ふふ、私もそう思うわ』

 すぐ隣にいるのだろう。

 ほとんど騒音にかき消されて消えてしまっているが、かすかに、恥ずかしそうに何かを呟く女性の声が聞こえる。

「そうえば、奈江ちゃんが隣に居るんだ」

『そうよ。あの後、合流してね。……余分な男子も付いてるけど』

「はは。酷いなぁ」

『気にせず、二人でいなさい。本当に気にしないでいいわ。こちらも楽しませてもらうもの。人ゴミが多くて戻るのも大変だからとか適当に言っておきなさいな』

「うん。ありがと。でも、奈江ちゃんに悪いよ」

『……あの、私の事は気にしないでください。恵美お姉ちゃんとお話出来る良い機会です』

 静かながらも、楽し気な声。

『ありがとう、奈江ちゃん。楽しんでもらえるよう、お姉さん頑張るわ』

 そして、ここまでノリノリな恵美の声。

 ここまで楽しそうな声は久しぶりに聞いた。

 妹さんの事を相当気に入ったようだ。

『私の時もよろしくね?』

 悪戯っぽい声を最後に、電話は切れた。

 恵美にもそういう人が出来たなら。

「全力で応援するよ、私」

 ぽつりと零した言葉は落ちきる前に祭の声に飲まれて消えた。

 さっきまで煩わしさや嫌悪も感じていたこの騒音が、今、180度意味合いを変えて楽しさに切り替わる。

 自分の単純さに笑みがこぼれて、今度は落ち着る前に受け取り手が現れた。

「ごめん、待たせたかな」

 ずっと、しっかりと受け取ってもらいたいと思う。

 あふれ続ける感覚に任せてそのまま声を出す。

「――大丈夫だよ。貰えるかな?」

 一瞬、伊波が呆けたように固まった後、そわそわした感じで歩いてきて。

「どうしたの?」

「いや、あー。うん。な、なんでもない、なんでもないから!」

「?まぁいいや。ありがとうね。幾らだったの?」

「これぐらいいいって」

「でも、学生のうちだとこの程度でも辛いじゃん」

「いいって。もっと良いものを……何でもない」

「また何でもない……」

 そのまま、座っていた場所に戻って、並んで焼きそばを食べる。

 会話も弾んだ。

 夏休みが入ってからやることがないとか、妹が祭りに行くという事を黙ってたとか、浴衣の話とか、恵美のお母さんの話とか。

 妹さんは伊波を身長で抜くと豪語していて、とても戦々恐々としているとか、私は身長が高いのがちょっと気になるだとか。

 そのうち食べ終わり、お祭りの中へと戻る。

 人ゴミは凄くて、狭い神社でこんだけ人がいるとなと、笑いながら会話をして。

 伊波の表情は、祭りの赤い明かりで赤いのか、楽しいから赤いのか、二人でいるから赤いのか、ごちゃまぜすぎて判断が付かない。

 恐らく自分も赤いだろうし、それが一体何が原因でそうなっているのか、あまりに複雑すぎて考えたくない。

 気付いて見ると、いつの間にか手を繋いでいた。

 軽くとも、しっかりと離れないように指を絡めて。

 

 == 


「結局、恵美達とは会わなかったね」

「あの狭さなら、出会ってもおかしくないと思うんだけどな。広場とかですれ違ったんかな」

 そのまま、あいつ等も薄情だなと、携帯の画面を見て笑う伊波。

 見せてもらうと、妹さんからのメールなのだろう、『恵美お姉ちゃんと帰る』とだけ書いてある。

 実はこちらも恵美からメールが来ていた。

 邪魔者は邪魔せず、楽しんでから帰るみたいなメールを貰ったが、本当にそのまま帰ってしまったようだ。

「でも、なんか恵美は奈江ちゃんといるみたいだけど……」

「最初、出会った時から神楽さんには好印象を抱いてたみたいだけど、まさかここまで仲良くなるとは。妹の野郎、なんで俺の家向かってんだ……?」

「なんか、ごめんね? 恵美回収していくから」

「いや、こっちが悪いな。たぶん妹が引き留めたんだろうよ。人見知りってわけじゃないけど、ここまで奈江が他人に懐くのは初めて見た」

「まぁ、恵美は面倒見がいいからね。相性が良かったんじゃないかな」

「そうかね。……そうかもなぁ」

 お祭りは、最後の最後まで残ることなく引き上げた。

 お互いが楽しんだ結果の退散なので、後ろ髪を引かれる事もなかった。

 繋いでいた手は、自然と繋がった時と同じく、神社を出てから自然に解けていた。

 ほどけた手に触れる空気の冷たさで、今まで触れていた暖かさを取り戻したいと願って、知って一人でまた赤くなる。

 神社の帰り道は暗くて、足元もうっすらとしか見えない河川敷を二人で歩く。

 帰り道は静かだった。

 それでもまだ、騒がしさが後ろから追いかけてくるんじゃないかという錯覚に襲われる。

「あー、楽しかったなぁ」

「そうだなー、楽しかったなー」

 弾むように飛び交っていた会話も、今は緩やかな応酬へと切り替わった。

 くるっと回って、伊波の前に出て、そのままくるくると、ゆっくりと回る。

 浴衣がふわりと宙に浮く。

「それ、目が回らない?」

「たまにはいいかなって。こういう日ぐらい」

「そ」

 空を見上げると、地上と反して空は星が輝いて眩しい。

 回る私に合わせて、星が光の尾を描き、残光を瞳に焼き付ける。

 眩しさに目が眩んだように下を向けば、月の輝きが二人の影をうっすらと描いていた。

 黒に近い灰色に、さらに黒を重ねた二人の影。

「楽しそうだな」

「楽しいよ」

「そいつは良かった」

「うん。あー、今日も終わりかぁ」

「そうだな」

「やだなぁ……。もうちょい待って欲しいなぁ」

「夏休みは始まったばかりじゃないか」

「今日に終わってほしくないんだよ、まったくもう」

「そう?」

「そ」

 そのまま、並ばずに前を歩く。

 歩いて、歩いて。

 やがて、後ろ髪を引かれるような祭りの気配も完全に途絶える。

 このまま、伊波の家への道を向かうなら、目の前に見えはじめた階段まで進んで降りれば良い。

 並んで歩いてからは会話も特になかったけど、苦じゃなかった。

 今まで積み上げてきた二人の関係なら、沈黙だって楽しめる。

 でも、これで今日を終えたら、きっとダメだ。

 何時までも、伊波が彼女を作らないという保証なんて無いのだから。

「うん」

「ん?」

 足を止めると、疑問の声を発した伊波がすぐに私を追い抜いて――私は、すぐにその袖を掴んだ。

 引き止める。

 袖が掴まれていることに気付くと、どうした? と言いたげにゆっくりと振り返る。

 あと一歩だけ、縮められる距離はあるけれど、その距離を縮めるには勇気が足りない。

 川の音と草木の擦れる音がノイズを作り、虫は合唱を続け、夜は刻一刻と消えていく。

 私の待ってという思いと裏腹に、夜は短く消えていく。

 なけなしの勇気を振り絞って、今しかないと考えて、袖を掴んだ。

 私は今、どんな表情をしているだろうか。

 伊波の表情は、困った友人を見るような、これからどうすればいいのかわからないような、そうしてある種の期待も混ざったような表情が、ゆらゆらと揺れるように切り替わる。

「私、私さ」

 川と併走する河川敷、月と星が二人を照らす。

 二人の間を腕の影が繋ぐ。

「……どうした?」

 揺れ動く表情の一つ、一瞬見えるそれが、それが……私にとって都合の良い感情から生まれた表情だったら良いなと思う。

 だから伝える。

「私は」

 このまま、何もせずに夏休みを過ごして、幼馴染と呼ぶには全然浅くて、一番親しい男子生徒で、お互い一緒に居ることにも慣れてきた気がするのに、卒業してはいさよなら、なんてのは、そんなの身勝手と言われても許してやるもんかと思う。

 真っ直ぐと君を見つめる私は、きっと祭りの時より顔が赤いと思う。

 楽しいから赤いんじゃない。

 祭りで盛り上がったから赤いんじゃない。

 そうじゃない感情の高ぶりを示す赤だ。

 目が合い続けている君は、何かを察して緊張したように表情を変える。

 その姿に、やっぱりカッコいいなと思うのは相当な贔屓目なのだろう。

 その姿が、現状から逃げるようではなく、次を受け入れるための様子に見えて、最後は君のその真っすぐな気持ちに背中をトンと押される。

「君の事、好きなんだ」

 言った。

 喉がからからに乾いてると錯覚するほど、緊張する。

 自分の声が乾いた響きになってないだろうかと心配するほどだ。

 伊波は、予期していたのに驚く、そんな自分に驚いているような気がする。

 ぎゅっと、袖をつかんでいる指に力を籠める。

「だから、友人とかではなく、1人の女の子として見てほしい」

「伊波が、ほかの女の子と話してるとずきずきする」

「私が部活している時、時々見てくれるの嬉しかった」

「本を読んでる姿を見かけるといつもどきどきした」

「朝練ですれ違う時に挨拶をくれるのいつも嬉しかった」

「一緒に本の感想とか、もっと言い合いたい」

「本を読んでる時の表情とかぐっとくる」

「二人で思い出を作っていきたい」

「笑ってる顔、凄く好き」

「傍にこれからも居たい」

「一番傍に私が居たい」

「好きなんだ」

 一息吐く。

「……だから、付き合って、欲しい」

 言い切った。

 言い切った後に、この告白は重くないだろうかと直ぐに大きな後悔に襲われた。

 少しだけ静寂。

 伊波は、考えるように、真面目な顔をして。

 暗闇の中でもうっすらとわかる真っ赤な顔で、眼鏡の位置を直しながら、夜に溶けるようにたどたどしく言葉を紡いで。

 緩やかに繋がっていた影が片方に引っ張られて。

 

 ====

 

 そうしてその後、伊波の家へと向かって。

 恵美と妹さんは、伊波くんの両親交えて楽しそうに談笑していたようだけれど、玄関で私たちを迎えた時にきょとんとしていた。

 そのまま、表情を変えて、笑いそうになるのを耐えるように私に飛びつくと、そのまま伊波宅はさよならさせてもらい。

 着物の件もあって、恵美宅へ直行。

 恵美は私を無理やり泊まらせて、一緒にお風呂に入って。

 

 パジャマ姿で雪崩れ込むように二人でベッドに倒れる。

「返事はなんだって……?」

 伝えたんでしょ? と呟く声に頷く。

 恵美の部屋で、ぎゅっと星形のクッションを抱きしめる。

 嬉しそうで、興味津々な恵美が寝ころんで私を見る。

「OKだった。今が夜じゃなかったら、もー叫んでたかも」

 それを見ながら、私も、口が笑みを作るのをやめることは出来なかった。

 二人の夜は、時計の針がおやつの時間を指しても止まらず、朝日が差し込んで初めて時間に気が付いて、二人で笑い続けた。

 携帯に届いた伊波のメールに、むず痒さを覚えて、返事を出すと笑い続ける恵美に抱き着いた。

 きっと。

 きっとこの後も、楽しいことは続く。


 まずは何の思い出を増やそうかと考えながら、瞼を閉じた。

 

 夏休みは、始まったばかりだ。

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