一話
処女作ですが、よろしくお願いします。
それは、高校3年の時の夏。
長期休暇が訪れる数日前の事だった。
帰る準備を終え、部活も無いので早く帰ろうとした時だ。
友人からある広告を手渡された。
とても手作り感が溢れていて、赤と白の安そうな紙で作られている広告。
私は広告を一瞥して、差しだしてくる張本人へと視界を向けた。
二つのおさげと、黒ふち大きめ眼鏡が特徴的な友人だ。
「……何これ。何でこれ」
「何って」
顔を見上げてやれば、やれやれと言った感じで首を振る友人の姿。
動きに合わせてふわふわと揺れる、黒で統一されたおさげは、しかしややボサボサとしているのは、これでも母親からの遺伝的癖っ毛に対して抵抗している証だそうだ。
「神社のお祭りの広告。そしていまだに優柔不断で見た目に反して押しが弱い、いやまったくない貴女へのお節介よ」
「余計な、「余計なお世話、と言われないような働きをしてもらいたいものだわ」っく」
だいたい、と前置きと指し示される。
今どきの女子高生から見て、その仕草はなんか古い。
アクションが古いと前言ったとき、顔を真っ赤にして怒られたが、きっと読んでる少女漫画が古いんだと思う。
高校になってからできた友人で、今では親友に該当する子で、名前は神楽 恵美という。
女性らしい高い声で、その口調と相まって上品さを醸し出しているのが時々羨ましいなと思う時がある。
「貴女、何時までこうやってうじうじしているつもり? 見た目は文武両道というより、武一辺倒な感じなのに、相当な奥手なのよね」
「うー。なんで恵美に色々言われなきゃならないの。それに、ここ、教室だから、その話題はちょっと」
「情けないですわね」
煩い、というこちらの声を背に受けてもどこ吹く風とばかりに、お下げを振り回して周り右、颯爽と出口へと翻す。
恵美の歩き方は、その道中でおしゃべりしていた男子勢がちょっと脇に退くぐらいに迫力があるが、別の友人曰く『あれで委員長ではないし中身お嬢様なのだから世の中もったないと思う』らしい。
よくわからない。
「あれ? チドリーん。帰るの?」
「うん」
「今日は図書室行かないんだね」
「あはは、いつも行ってるわけじゃないよ。助っ人ととしての部活動とかもやってるし。でも今日はただのオフの日」
「ま、そっか。んじゃねー」
「バイバイ」
近くに居た友人と一言二言会話した後、荷物の忘れ物がないかをチェック。
机の上を見れば、置いて行かれた祭りの広告。
手でパッと折りたたむと、くしゃくしゃになるのも構わずスカートのポケットに突っ込み、鞄を持って友人を追った。
学校が終わった直後で、廊下での立ち話に興じる生徒達の間をすり抜けてゆっくりと向かう。
「夏休みも部活誘っていーいー?」
「いいよ!予定空けとくから、日程教えてね」
「お前、結局今日も昼休みのサッカーでゴール決めたよな。サッカー部にでも助っ人にいったら?」
「はは、あそこは男子だけじゃん。女子マネ? 流石にやだよ、体動かしたいし」
「千鳥、またねー」
「うん、またねー」
歩きながら、男女ともども挨拶を返す。
そうすると、階段を下りていく途中で恵美に追いつく。
特段早歩きではないが、下駄箱前で追いついたのは一重に多大な身長差だ。
簡潔に言うと、向こうは小さい。こっちは大きい。
ついでに、たとえ追いつかなくてもきっと下駄箱とで待ってる。
出来る委員長のような見た目通りに彼女は面倒見が良い。
「じゃぁ、いつもの喫茶店行こうか」
「そうね」
下校する友人達に挨拶しながら、二人で寄り道することにした。
===
学校の近くには、幾つか喫茶店がある。
チェーン店から個人経営店まで揃っている。
帰り道は駅近くを通るため、駅に寄り添うように喫茶店がぽつりぽつりと点在している。
数は多いと思うのだが、お互い客層の奪いとかで潰れないだろうかと勝手に心配している。
けれど、よく土日や、遅くに買い物に出かける時は社会人や大学生達が入っているのをガラス越しに見る。
数年後はわからないけれども、少なくとも今は、それなりにそれぞれ利益があるようだ、とは恵美の言葉である。
恵美はそれなりにコーヒーが好きで、幾つかの、私一人では到底入れないような大人な雰囲気のする喫茶店とかに遊びに行くときがある。
その中で、恵美がよく行くという喫茶店以外に、二人してちょくちょく行く喫茶店がある。
切っ掛け自体は、私が困っていた店員を見かねて些細な荷物運びのお手伝いしてからで、恵美の遊びの一環で見つけたものではない。
恵美に喫茶店を見つけたと言って店名を告げたら、馴染みのない場所だったらしい。
そうして見つけたお店だ。
学校帰りに、何かあまり誰かに聞かれたくない話をする時にもってこいのお店だ。
個人店だから、正直学生としては扉が重く感じるからだろうが、その所為で学生があまり来ない。
私は荷物運びの時、店員のお姉さんと楽しく会話出来たのでその扉の重みは感じなかった。
恵美との帰り道とかで利用候補によくあがるのだ。
室内には陽気なボサノヴァが音量を抑えて流れている。
室内の冷房がよく効いていて、ずっと居たい気分。
私はココアを片手に(恵美はよくわからないコーヒー名を告げてた)くしゃくしゃにした広告を取り出し、広げる。
向かい合うテーブル上の中央に置く。
「で、何なのよ。何時もより積極的なお節介じゃん」
「そうね」
そういってコーヒーを飲む姿は、とても貴賓があるように見えるが、横から見ると身長の低さ的にあまりかっこが付かない。この点は気にしているらしい。
そのままカップを置くと、すっと、こちらを見てきた。
「貴女、このままだと後悔しそうですもの」
「……何を?」
「言わなくてもわかると思っているのだけれど。どうせそれは、反射みたいな回答でしょうに」
「そう、だけどね」
スプーンを意味もなくかき回す。
わかっている。
どうせ話題は、私が片思いしている相手だ。
「伊波 忠道。両親の名前のセンスは素晴らしいわね。
文系に近い人間ですし、同じ眼鏡属性持ち。運動は得意ではなく、学力も貴方より上ではない。近いみたいようですけど。
貴方が居る位置を仮に定めたとした場合、伊波くんは貴方から反対に近い位置に居ると思うわ」
「詳しいね」
「話をしたことはありませんわ。先生のお手伝いで調べたときに少しだけ、ね」
「ふぅん。あとは、性格的には伊波は良いヤツだよ。喋りやすいし、会話には必ず乗ってくれるし、喋る気があまり出ない時も察して静かにしてくれたり」
それは貴女だからですわ、と言えば、どういう表情になるのか、恵美的には興味があるが、
今こうして楽しそうに話す千鳥への水を差す気はない。
「前も話したっけ。意外と本の趣味がお互いあってさ。私が読んでる古いファンタジーとか知ってたりするの。もともとそれは、昔に読んでた本でね。
以前図書室で見かけてから、その本をまた読みたくて借りようかなって思ってた時に本棚に無くて、残念だなーと思ってたらちょうどそれを借りる予定だった伊波と――」
千鳥の楽しそうな話題に水を差すのも申し訳ないが、このままだと止まりそうにないので中断させる。
目尻が緩んでるぞ武道っ娘、とでもいいたい気分な恵美である。
犬が喋れたとして、大好きな主人の事を語るならきっとこのような調子なのだろう。
「そんな目尻が緩むほど好きな伊波くんに。出会って何年目?」
別に緩んでない、と若干慌て手気味を含んで強気に言われるが無視。
そうしてまたじっとみてやれば、返答が返る。
「たぶん、そろそろ2年と少し」
「進展は?」
「……一緒に帰るときは頻繁に、書店に寄り道する程度になったよ」
「情けないですわね。喧嘩だろうが教師への意見だろうが数々の部活での切り込み隊長だろうが、貴方は何にでもずばっと切り込む度胸があるのに」
「煩いね。恵美にはわかんないよ」
「……そうね」
残念ながら私にはわからない。
千鳥程、誰かを好きに思ったことはない。
強いて云うならば千鳥が好きだ、となるが、これを言ったところで「強いて」とつく限り、自分も相手も混乱させるだけだ。
「そう、ね」
好きな相手を見つけたくないというわけではない。これでも女性だ。理想ぐらいはある。
そうして、そういう人といつか出会えればいいと思う。
千鳥は、相手の雰囲気が若干変わったのに気づいたのと同時、自分が言ってはいけないことを言ったのだと気づいた。
「ごめん。恵美の事考えずに喋ってた」
「非を認めてすぐに謝る貴女は嫌いじゃないわ」
恵美またカップを少しだけ傾けてコーヒーを飲んでいた。
どうしたものかと自分でも思う。
伊波の事を考えると、よく暴走しかける。
どうしても自分の想いにいっぱいいっぱいになってしまうのだ。
自分自身、恋する乙女、というものになったと自覚したのはつい1年前だ。
出会って1年間は親しい男友達という関係だったが、自覚してからは色々と複雑で悩むことが増えた。
悩むことが増えたが、それが悲しい結果を産んだかというとそんなことはない。
こうして恵美と恋愛相談として会話するのも楽しい。
楽しくて、ついつい調子に乗って喋り続けると時々、「それは前も聞きましたわ」と呆れ顔で言わる時もあり、ちょっと申し訳なく思ったりするけれども。
あとは、伊波と二人でいる時は特別楽しく感じる。
「伝えなきゃ、いけないのかな」
カップに視線を落とす。
そのまま、ソーサーの縁をなんとも無しにゆっくりとなぞる。
「そうね。伝えるべき、と私は思うわ」
「夏休み、入っちゃうな」
「入ったら接点はどうするのかしら」
「……そして、すぐに、卒業か」
「冬休みを飛ばされると困るわ」
「無いようなものじゃんー。今も受験受験って。慌ただしく志望大学とか探しちゃってさ」
「私はもう決めてるけどね」
「10月から試験対策とか始めるんでしょ? そういう時期に付き合うのは、なんか怖い」
「理解は出来るわ」
「うーん。このあと、どうすればいいのかな」
「今を変えれば後も変わるわ」
親友の恵美の言葉に考え込む私。
今を変えれば、というが、その『今』は何時になるのか。何時が良いのか。
うん、と頷き、両手でカップを持ち上げて甘いものを補給する。
そうして考えと甘みを味わうように飲み込む。
手から感じるコップの熱よりも、自身の方が暖かいような錯覚を抱く。
「伝えようと思う。このまま、終わりたくない」
トン、と指で広告を叩く。
日付を見れば、祭りは四日後の土曜日だ。
夏休みが明後日からで、誘う期間とするならば明日が最後だ。
それ以降もできなくはないとは思うが、難易度がはるかに変わる。
「明日でなんとかしないと。夏休み初日に伊波に連絡するなんて、ちょっと恥ずかしすぎて、無理」
「……そもそも、伊波くんの連絡先も知らないんじゃなくて? いい加減聞きだしなさいよ。聞いてないなら、どっちにしろ明日だけよ。自宅に突撃する勇気もないんでしょ?」
「……おっしゃる通りで」
そこまで決まればあとはただの雑談だ。
あとは、どういう恋が理想かとかの話にシフトした。
やることはもう決まったのだ、このままずるずると私がいつ告白するかの話をする気はない。
あと、恵美の恋愛観は自分より武道的な考え方だと思う。
何、真っ向から自分に太刀打ちできる男性って。
前から思ってたけどスパっとしすぎている。見た目は委員長、中身はお嬢様とは誰の言葉だっただろうか。
私と恵美の考え方は、恋愛観の積極性に置いては反対らしい。
そうしてそのまま雑談し合ってから、別れた。
別れた後も、自宅で明日の攻略法を考えていたが、気が付いた時には千日手に近い状況で、時計はまもなく4時を指すところだった。
それを朝、恵美に伝えたら、とても楽しそうねとだけ答えられた。
こちらとしては、眠気が辛い+緊張で倒れそうな感じなんだけどなぁ。