99話 なんだかすごく嬉しいの
「どうぞ」
「おじゃましまーす」
てれすに促されて、わたしは初めててれすの家の中に足を踏み入れる。
玄関にはほとんど靴が出ていなくて、きちんと整理されている印象だった。廊下の真正面を行ったところがおそらくリビングなのだろう。てれすがさっきまでいたからか、灯りがついているのが見て取れた。
てれすが出迎えてくれたわけだし、たぶん風邪は治りつつあるのだと思う。出迎えてくれたのが親御さんでなかったのは、いきなり自分の親とわたしを合わせないようにてれすが気を遣ってくれたのかもしれない。
ドアの先、リビングにはてれすのお母さんがいるかも、と思うと心臓がドキドキしてくる。
「なんか緊張する……」
「別に緊張しなくても大丈夫よ」
「うん。そうだよね」
たしかにてれすの言う通りだ。わたしはただ友達の家に来ただけ。決しててれすのお母さんとお父さんに「娘さんをください!」と言うわけではないのだ。
深呼吸をして、リラックスリラックス。
わたしが落ち着こうとしていると、てれすが扉を開けながらわたしに言った。
「今、誰もいないから」
「そうなんだ……ええっ!?」
ついびっくりしてしまって、大きな声を出してしまった。てれすが首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや、まさか誰もいないとは思わなくて……」
「……父も母も仕事だから、しかたないわ」
「そう、なんだ……」
「ええ。父は家に帰ってくること自体があまりないし、母は母でとても忙しいから」
初めて知った。いや、わたしからてれすの家族について聞いたことはなかったから、そりゃあ初めてなんだけど、まったく知らなかった。
だから昨日、てれすが風邪で倒れてもすぐに迎えに来られなかったのか。されに、体育祭でてれすをお昼ご飯にさそえたのも、てれすの家族は仕事で来ていなかったのだろう。
リビングにある大きなテレビの前に、ガラス製のオシャレなテーブルを挟んで置いてあるソファに座る前に、てれすに謝る。
「てれす、変なこと聞いちゃってごめん」
「気にしないで? 昔からそうだから」
昔から、か。小学生、もしかするともっと前からそうだったのだろうか。
部外者のわたしがどうこう言う権利はないと思うけど、それってすごく寂しい。
そんなことを考え込んでしまったからか、てれすがわたしの顔を見て苦笑いを浮かべた。
「ありす? 気にしなくていいのよ」
「あ、うん……」
「こうやって、ありすが来てくれたから、わたしは嬉しいわ」
「ほんと?」
「ええ。今日は学校で会えなかったし、昨日メッセージが来るかなって待っていたけど、来なかったから……」
「ごめん、寝てたら迷惑になるかなって」
「ありすのことだから、そうかもとは思ってたの。だから、今こうして来てくれて、なんだかすごく嬉しいの」
一日ぶりに見るてれすと、てれすの笑った顔。
「わたしも、嬉しい。もう風邪は大丈夫なの?」
「ええ。たぶん明日は学校に行けると思うわ」
「そっか、よかった」
ソファに座ると、わたしの持っていたビニール袋にてれすが興味を向けた。袋を指差して、わたしに尋ねる。
「ところでありす、それは?」
「あ、これ? 実はね、差し入れをもってきたの」
てれすの調子が悪そうだったらどうしようかと思ったけど、大丈夫そうなのでわたしはくる途中に買ってきたものを披露することにした。
けっこうセンスがいいものを買ってきた自信がある。
てれすはきっと喜んでくれるはず。




