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ありすとてれす  作者: 春乃
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94話 わたしは大丈夫よ

 てれすのことが心配で、4時間目の授業はあまり集中できなかった。何かあるたびにてれすは大丈夫だろうか、つらくないだろうか、と考えて頭がぐるぐるしていた。

 お昼休みになったらてれすの様子を見に行こうと心の中で決めてから、時計の針が動くのがものすごく遅く感じる。楽しい時間は早く過ぎるとよく言うけれど、まさにその逆の現象だった。

 それからしばらくしてようやく四時間目終了の時間になる。チャイムが鳴ると同時に先生が授業をきり上げて、日直の子が「起立、礼」と声をかけた。


「ありがとうございました」


 あいさつをして、わたしは教科書とノートをさっと片付ける。それからご飯を食べる準備を始めているみんなの横を通り抜けて、教室を出た。購買や学食へ向かっている他のクラスの子にぶつからないように気をつけながら、保健室へと向かう。


 階段を下りて、靴箱の近くを通過。保健室にやって来ると、さっき来た時に扉に架かっていた小さなホワイトボードはなくなっていた。

 ノックをして扉を開けると、中にいた先生が顔を上げる。


「あら、最上もがみさん」


「あの、てれす大丈夫ですか?」


「ええ。いまはぐっすり寝ているわ」


「そうですか……」


「そんな顔しないで? たぶん風邪だと思うから、すぐによくなるわ」


「はい……」


 それはわかっているつもりだけど、どうしてもてれすが一緒にいないことが変に感じて、モヤモヤッとしてしまう。

 てれすの顔を見て、少しくらいはお話しできればわたしもほっとできたんだけど、寝ているのならそれもできそうにない。


「あの」


「なに?」


「わたしにできることって、ないですか?」


 わたしの質問に、先生は一瞬「え?」と首をかしげた。けど、すぐに「そうねぇ」と考え始めてくれた。


「あ、そうだ。高千穂たかちほさんのカバンを取って来てもらえる?」


「カバンですか? わかりました」


「ありがと。たぶん、このあと授業を受けるのは無理だと思うから」


「そうですね。すぐに取ってきます」


「わたしは担任の先生にいろいろと言わなきゃいけないから、よろしくね」


「はい」


 くるりと方向を転換して、わたしは保健室を後にした。そして元来た道を急いで戻っていく。階段を上がって、教室の近くまで来ると、購買で買ったパンを手に持った高井たかいさんにちょうど出会った。


「あ、最上さん」


「高井さん」


「そんなに急いでどうしたの?」


「てれすのカバンを取りに来たの」


「高千穂さんの? なんで?」


「風邪でいま保健室にいるから」


「そうなんだ。お大事にって、言っといて」


「わかった。ありがと」


 体育祭のときは喧嘩をしていた二人なのに、少しでも仲良くなっていることを嬉しく思いつつ、教室に入っててれすのカバンを準備する。


「よし、こんなものかな?」


 一応、机の中を覗き込んで、忘れ物がないことを確認してから、わたしは本日3度目となる保健室へ向かった。

 息を切らしながら保健室に戻って来ると、中に先生の姿はなかった。まだ職員室で彩香ちゃん先生とお話をしているのだろう。わたしもこんなに急ぐ必要はなかったのかもしれない。


 先生が帰って来る気配はまだないので、てれすのカバンを持ったまま、そっとてれすの寝ているベッドを覗く。先生の言っていた通り、てれすはぐっすりと眠っていた。

 右腕を下にして無防備に眠っているてれすの長いまつげや桜色の唇が目に入り、ドキリとしてしまう。じっと見惚れていると、てれすの寝息が止まっててれすがゆっくりと「目を開けた。


「……ありす?」


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「いえ、大丈夫よ」


 てれすが目を覚ましたので、ここぞとばかりにベッドの横に備え付けられているいすに移動して、腰を下ろす。


「カバン持ってきたよ」


「あ、ごめんなさい」


「いいよいいよ。それより、大丈夫?」


「ええ。そんなに心配することでもないわ」


「それなら、いいんだけど……」

 

 てれす本人の言葉にちょっぴり安心していると、扉が開かれる音がした。先生が帰って来たみたいだ。

 

「あら、高千穂さん。起きたの?」


「はい」


「おうちに誰かいる?」


「いえ、この時間は誰もません」


「あら、困ったわねぇ」


 先生は腕を組んで「うーん」とうなる。

 てれすの家は両親共働きなのだろうか。今思ってみると、わたしはてれすのことを何も知らない。仲良くなりたいって言ったのはわたしなのに。てれすはがんばってクラスの人ともだんだん打ち解けていっている。それなのに、わたしはてれすのことをあんまり知らない。進歩していない気がする。

 ふと、このままじゃ、てれすはわたしを置いていってしまうのではないかって思った。

 それがわたしのことを嫌いになるってことではないとわかってるし、てれすが他の人と仲良くするのはいいことだ。なのに、どうしてなのだろう。不思議な感じだ。


「ありす?」


「あ、ごめん。なに?」


「お昼ご飯まだよね? わたしは大丈夫だから、もう戻って?」


「え、でも」


「わたしは大丈夫よ。だから、ね?」


「う、うん……」


 てれすに促されるようにして、わたしは保健室をあとにした。


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