93話 てれすと保健室
やっぱりてれすの様子がおかしい。雨に濡れたのがよくなかったに違いない。
だからわたしは、3時間目が終わってすぐにてれすに尋ねる。
「てれす、大丈夫じゃないよね?」
「え?」
「体調悪いよね?」
「別に、そんなこと……」
てれすの言葉は否定しているのだけど、そうは聞こえない。だって、瞳がしっかりとわたしのことを見てくれていない気がするし、顔もいつもより赤い気がする。
「大丈夫じゃないでしょ」
「いえ」
このまま押し問答を続けても意味はない。ほんとにてれすが調子が悪いのなら保健室に連れていって休ませないといけないから、時間がなくなってしまう。授業と授業の間の休み時間は10分しかないので、急がなければならない。
出席することも大事だとは思うけど、自分の身体が一番大事なのだ。クラス委員として、このまま授業を受けさせるわけにはいかない。
てれすに熱はないか調べようと、てれすの手をとる。
「てれす、手触るよ?」
「ええ」
「……熱い。やっぱり大丈夫じゃないじゃん!」
「いえ、そんなことは。ただ少しぼーっとして寒いかなってだけよ」
「完全にダメだよ!」
その症状が出ているのに、いつも通りで平気だと通そうとするのはどうしてなのだろう。無理をしてまで学校で授業に出たいってことなのだろうか。だとしたら、その意識はすごくいいことだとは思うけど、いまはそうではない。
手だけでも十分熱かったけど、一応てれすのおでこに手を当てて体温を確認してみる。
「やっぱり熱がある……」
自分のおでこと比べると、その差は歴然だった。
わたしは時計を見て時間がまだあることを見てから、てれすの手を引っ張って立ち上がらせる。もちろん、時間がなくて今から授業が始まったとしても連れていくけど、まだ授業が始まるまでは余裕があった。だからてれすが「もうすぐ授業が始まるからこの授業が終わったら行くわ」なんてことを言いだすこともないだろう。
「ほら、保健室に行こう」
「でも」
「でもじゃないよ。お願い、いこ?」
「……そうね」
ようやくてれすが納得してくれたので、わたしはてれすの手を引いて教室を出ていく。扉を開けると、たぶんお手洗いから帰って来た山中さんとばったり会った。
「あれ、最上さんと高千穂さんどこいくの?」
「てれすが調子悪いみたいだから、保健室に行くの」
「えっ? そうなの?」
いままでてれすにそんなことがなかったから、山中さんは少し驚いた表情でてれすのことを見る。すぐにてれすの調子が悪いことが見てわかったのか、うなずいた。
「もしも最上さんが次の授業に遅れたら、先生に言っておくね」
「ありがとう、山中さん」
「ううん。あ、もういいから行ってきて?」
「うん」
てれすに無理はさせないように、だけど心は急いで保健室へと向かう。
山中さんに会えたのはラッキーだった。先生に行ってもらえるのなら、わたしが時間を気にすることもない。できる限りてれすに付き添うことができる。
階段を下りて、今朝もやって来た保健室に到着した。ここまで来れば一安心だ。そう思って安堵しかけた瞬間、保健室の扉にかかっているノートほどの大きさのホワイトボードが目に入った。
『すぐに戻ります。まじでヤバかったら職員室に先生を呼びに来て。大丈夫そうならできる範囲で使ってください』
「え、先生いないってこと……?」
「ありす大丈夫よ。そこまでのことではないし」
「う、うん……」
中に入ってみると、本当に誰もいなかった。電気をつけて、てれすをイスに座らせる。そしてわたしは体温計を探して、てれすに渡した。
「はい、てれす。体温測って?」
「ええ」
てれすが体温を測っている間に、次は風邪薬を探す。
保健室って、あんまり来たことがないからどこに何があるのかわからないなぁ……。ガチャガチャと探していると、背名越しにてれすが声をかけてきた。
「ありす、大丈夫よ。寝れば治るわ」
「うん、ごめんね……」
結局、薬を発見することはできず、てれすの隣に腰を下ろす。短く息をつくと、てれすに渡していた体温計が軽快に鳴った。
「あ、測れたみたい」
てれすに見せられた体温計の画面に表示されていたのは38℃。なかなかの熱だった。
「てれす、もう横になって?」
「ええ。ありすはもう戻ってもいいわよ?」
「ううん。ここにいるよ。せめて先生が帰ってくるまでは一緒にいる」
「……ありがとう」
お礼を言ったてれすはゆっくりと腰を上げて、3つあるベッドのうち一番右側、グラウンド側のベッドに横になった。わたしはベッドの横に置かれているイスに座って、てれすのことを見守る。
「てれす、寝ていいからね」
「ええ。でも、風邪だったらありすにうつるといけないから、ありすはやっぱり教室に戻ったほうが」
「ううん、いいよ。てれすにだったらうつされても。というか、わたしあんまり風邪ひかないし」
「……ありすがそう言うなら」
「うん。ゆっくり休んで」
「ええ」
それから少しして、てれすは夢の中へと旅立っていった。
先生が戻ってくる頃にはもちろん授業は始まっていたけど、てれすのことを説明してから教室に戻る。山中さんのおかげで、怒られることはなかった。




