90話 てれすと梅雨の始まり
衣替えも終わって、いよいよ梅雨到来。テレビでも梅雨に入りましたと天気予報だけでなくいろいろなところで報道していた。
そのテレビによると今日はいつ降ってもおかしくない天気だそうだ。だから、忘れないようにちゃんと傘を持って学校へと向かった。
「うわ、ほんとに降りそう……」
家から出ると、すぐに天気予報が言っていた意味がわかった。うちの中からでも雲の様子とかは見えたけど、雰囲気とかも今にも降り出しそうな感じだった。
せめて学校に着くまでは降らないでください、そんなことを思っていると、ポツポツと小粒な雨が降ってくる。雨ってなんか、降らないでほしいときには降って、降ってもいいときは降らないよね。どうしてだろう。傘を開きながら考える。
「まぁ、傘あるからいいけど」
雨に濡れるのはすごく嫌だけど、雨自体はそんなに嫌いじゃない。雨粒が傘に当たって弾かれる音はなんだか楽しいし、いつもと同じ学校への道のりも少し違ったものに見える。
そんなこんなで学校に着いた。いつもはまっすぐ靴箱へと向かうけど、今日は傘があるから一度傘立てに傘をしまってからくつから上履きに履き替える。
そういえば、うちの学校ではあまり聞かないけど、傘立ての傘ってよく盗られるらしい。わたしはいまのところ経験していないけど、よくないと思う。それがお気に入りの傘だったら落ち込む。けっこう落ち込む自信がある。
上履きを履いて、濡れてしまっていたカバンや制服を、持ってきたタオルで拭いていると、後ろから声をかけられた。
「ありす、おはよう」
「あ、てれす。おは――」
靴箱でてれすに会えるなんて、珍しいなぁと感じつつ振り返る。あいさつを返そうとして、目の前にいたてれすの格好に、びっくりして思わず声が出た。
「――どうしたの!?」
てれすはびしょびしょだった。ものすごく。
制服のままプールにでも入って泳いできたのかと思うくらいびしょびしょだった。
しかしてれすは、顔色を変えることなく答える。
「いえ、なにも」
「いやいやいや!?」
さすがに無理があるだろう。それはてれすも思ったのか、少しは恥ずかしそうに頬を染めて、今の状況を説明した。
「その、傘を持っていなかったから……」
「えぇ!? って、いいからこっちきて」
持っていたタオルで、てれすの髪をわしゃわしゃと乾かす。とはいえ、わたしのタオル一枚では、全身が濡れてしまったてれすを乾かすことはできない。わたしにされるがままに髪をわしゃわしゃされながらてれすがお礼を言う。
「あ、ありがとう、ありす」
「ううん、いいから」
どうしよう。このままだと、てれすが風邪を引いてしまう。
てれすを乾かしながら考えていると、1つだけ方法を思い出した。
「あ、保健室ならもしかして」
「え? 保健室?」
「うん。予備の制服がないか聞いてみよ?」
「え、ええ。」
てれすの首肯を見てすぐに、わたしはてれすの手を引っ張って保健室へと向かった。保健室なら、予備の制服があってもおかしくはないだろう。
「失礼します」
保健室の扉を開けると、ショートホームルームの時間が近いからか、なかには先生以外は誰もいなかった。先生は呼んでいた本から顔を上げる。
「あら、どうしたの?」
「予備の制服ってありますか?」
「あるけど、どうして?」
首をかしげる先生に、びっしょびしょのてれすを見せると、先生は苦笑いしながらうなずいた。
「わかったわ。でも、もうすぐショートホームルームだから、あなたは先に行ったほうがいいんじゃない?」
「え、はい。そうですね」
てれすのほうに視線を送ると、てれすもこくっとうなずく。
「じゃあ、わたしは先に行ってるね。失礼しました」
とりあえずはこれで一安心。
ほっと息をつきながら、わたしは早足で教室へと向かった。




