78話 レッツ焼肉パーティー 後編
菜箸を使って、鶏肉を焼いていく。すると、てれすが声をかけてきた。
「あの、ありす。焼くのはわたしがするわ」
「ううん、いいよ。わたしがする」
「いや、でも」
「いいって」
家に来て一緒に体育祭の打ち上げをしようとてれすを招待をしたのはわたしなのだ。だからてれすにそんなことまでしてもらうわけにはいかない。わたしとてれす、どちらがお肉を焼くのかどちらも引かないでいると、それを見かねたのかお母さんが苦笑いしながら言った。
「お母さんがやるから、あなたたちは食べなさい」
「え、でも……」
「そうです、わたしが……」
お母さんはわたしから菜箸を取って、さっそくお肉を焼き始める。野菜を食べて空いたスペースに、次は豚肉を焼いていく。
「いいから。体育祭で疲れてるでしょ? ここは任せなさい」
わたしはてれすと顔を見合わせて、お互いうなずいた。
「じゃあ、うん」
「お願いします」
「はい、お願いされます」
お母さんは笑顔で答えて、お肉をひっくり返す。その作業をしながらお母さんがわたしに尋ねる。
「そういえば、転んだところは大丈夫?」
「うん、大丈夫」
思いっきり転んだからすごく痛かったけど、てれすがすぐに保健室に連れて行ってくれたから何の問題もない。というか、お姫様抱っこが恥ずかしかったので痛いとかそういうことは忘れてしまった。お姫様抱っこされていたことを思い出したからか、ほっぺたが少し熱くなるのがわかった。
「そう、よかった。てれすちゃん、ありがとうね」
「いえ、別に当たり前のことですから」
「お姫様抱っこが?」
お母さんもしっかりその現場を見ていたようで、ちょっぴり悪戯っぽく笑みを浮かべててれすに尋ねた。わたしは恥ずかしくて顔を伏せたくなったけど、てれすは何食わぬ顔で即答する。
「はい」
「あらあら。ありす重たくなかった?」
「大丈夫です。ありす、細いから」
なんの躊躇いもなく話すてれすに、お世辞とはわかっているけど、なんだか照れてしまう。
「ほんと?」
「はい。いつでもお姫様抱っこできます」
てれすはお箸をお皿の上に置いて、ぐっと右腕を曲げて筋肉を見せるような動きをする。ただ、てれすの腕はお世辞抜きで細いので筋肉がついているようには見えなかった。そんなてれすに、お母さんは楽しそうに笑う。
「頼もしいわね、てれすちゃん。ありす、次転んだときもてれすちゃんにお姫様抱っこで運んでもらうといいんじゃない?」
「もうっ、お母さん。あれすごく恥ずかしいんだからね! 次は転ばないように気を付けるし」
少しムッとしながらお母さんに返す。そしててれすを見ると、てれすはなんだか申し訳なさそうな顔をして口を開いた。
「ありす、ごめんなさい。そんなに嫌だったとは思わなくて……」
「あ、違う。嫌とかではなくて」
「……?」
「ただ恥ずかしかっただけで……だから、えっと、次がもしもあればよろしく……」
わたしが言うと、てれすは顔をぱあっと明るくして、大きく力強くうなずいた。
「ええ、まかせて」
人がいっぱいいるところで転ぶのはほんとに気を付けようと思いながら、いい感じに焼けていた鶏肉をたれに付けて頬張る。
柔らかく、淡泊であってもジューシーな脂と味が口の中に広がる。すかさず白ご飯も一口。ご飯、お肉、焼き肉のたれ。最強の3コンボが決まった。
「美味しい!」
舌鼓を打っていると、てれすも鶏肉を食べたのか、もぐもぐしながらうんうんとうなずいていた。
「そういえば、てれすってほんと足速いよね」
「そんなこと……」
「あるって。リレー勝てたのはてれすのおかげだもん。ね、お母さん?」
「たしかに、てれすちゃんものすごく速かったわ」
「……ありがとうございます」
最後はギリギリになっちゃったけど、それでも勝てたのはてれすがリードを広げてくれたからだ。もちろん、みんなのおかげでもあるけど、やっぱり一番はてれすだ。球技大会のときもそうだけど、てれすはなんでもできる。さすてれだ。
「てれす、ありがとね」
「いえ、お礼を言うのはわたしのほうよ」
「へ?」
「だって、ありすがいなかったら高井さんと仲直りはできていなかったし、まずわたしは体育祭に参加してなかったと思うから」
「そんなことないよ」
「あるわ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
面と向かって言われると、恥ずかしくなってしまう。でも、ありがとうって言われて悪い気はしない。
「よし、食べよっか」
「え、ええ」
こうして、体育祭のことをたくさんおしゃべりしながら打ち上げは進んでいった。今までに何回も体育祭はやって来たけど、今年の体育祭が一番よかったって言える。来年は、今年よりももっと楽しくできたらいいなぁ。




