56話 てれすはどこに
いなくなってしまったてれすを探すため、わたしは校舎のなかを走っていた。ほとんどの生徒がグラウンドで練習をしているので、校舎内はいつもよりも活気がなく、わたしの足音が妙に響く。
「お願いだから、まだ学校にいて………」
そうつぶやきながら、わたしは足を進める。
てれすがまだ学校にいるのなら、絶対にそこにいるという自信があるけど、すでに帰っていたらそれはもうどうしようもない。しかも、そうなってしまうと、てれすと高井さんの関係の修復はもっと難しくなるだろう。
そんな不安を胸に抱きつつ、わたしは階段を上へ上へと上っていった。
………そういえば、ここの階段で初めてわたしはてれすとお話をしたんだっけ。あのときはちょっと怖かったなぁ。初めて話したときのてれすと今のてれすと頭のなかで比べて、その変化に思わず頬が緩む。
今のてれすは授業も出てるし、自分からわたしに話しかけてくれる。そして、なんといっても笑うようになったと思う。まぁ、わたし以外に笑っているとこを見たことがないけど。
そんなことを考えつつ階段を上り、ついにやってきた。わたしが初めて授業をサボったり、てれすと一緒にお昼ご飯を食べたりした、あの屋上に。
「てれすっ!」
走ってきた勢いのまま、ちょっと乱暴に扉を開く。
いつもお昼ご飯を食べていた扉の近くにはてれすの姿はない。それでもてれすがいるとすればここだ。ここにいると信じて屋上を探す。と、
「…………えっ?」
わたしは自分で、さぁっと血の気が引いていくのがわかった。
それはそうだろう。てれすが手すりにもたれるように腕をおいて、何か神妙な面持ちで、風に長い黒髪を揺らしていたのだから。
次の瞬間、わたしは階段を走って上ってきたことも忘れて、てれすに向かって走り出していた。
「てれす、待って!」
わたしの声にてれすが、驚いた顔で振り向く。そのてれすが何かを言おうとしている気がしたけど、今は気にしていられない。
とにかく一秒でも速く、てれすのところに行かなきゃ。
わたしの頬をなぜか涙が伝う。
「ちょっとあり………ぐえっ!?」
「て゛れ゛す゛こ゛め゛ん゛んん! 死なないでぇぇぇっ!」
思いっきりてれすをぎゅうぎゅう抱きしめると、てれすは苦しそうに声を上げた。
「ありす、え!? なにか勘違いをしているわ! い、痛い………」
「あ、ごめん。……………え?」
てれすに言われて、慌てて手を離すがわたしの頭は混乱している。
勘違い?
顔を上げててれすに尋ねると、てれすは「ええ」とうなずいた。
「わたしはみんなの練習を見ていただけよ。別に飛び降りたりはしないのだけれど…………」
いつも通りに落ち着いた様子でてれすが説明すると、わたしもようやく頭の中が整理される。
「あ、そうだよね、そんなことしないよね。わたし、なに考えてるんだろ、あはは…………」
てっきり、わたしがてれすをクラスリレーに誘ったせいでてれすが思い詰めてしまったのかと…………。よかった………。
安心したからか、わたしは全身の力が抜けてしまって、へなへなと座り込んでしまった。
「…………ありがとう、ありす」
そんなわたしを、今度はてれすのほうからぎゅっと抱きしめてくれる。そしててれすは、複雑そうな顔をして言いにくそうに、申し訳なさそうに続ける。
「あの………涙と鼻水をどうにかしたほうがいいと思うわ」
「そ、そうだね、ごめん」
なんだかわたし一人が勘違いして大騒ぎしたけど、てれすを見つけられたし一件落着。あとはてれすと高井さんが仲直りをするだけかな。




