197話 三日目・京都
修学旅行の三日目。
みんなで北野天満宮を訪れてから、待ちに待った自由行動となった。
先生から諸注意が行われて、集合時間を伝えられて解散となる。
クラスの皆が班のメンバーとわいわい楽しそうに歩き出したのを見て、わたしたちも移動を始めた。
これまでの二日間も楽しい修学旅行だったけど、学年全員で行動をしていたから、感覚が全然違う。
京都という知らない町にわたしたちだけ。先生たちやクラスのみんながいなくて、不安な気持ちもある。けど、わたしも含めてみんなの心の中を占めている一番の気持ちはわくわくとした期待や高揚感。
「それじゃ、わたしたちも行こうか」
「ええ」
いつも凛として平静なてれすでさえ、なんだか浮き立っているようで少しだけ声が弾んで聞こえた。
こうして、わたしたち6人の京都修学旅行、自由行動がついに始まったのである。
それから、小一時間ほど。
スマホの検索やマップを駆使して、わたしたちは無事に伏見稲荷大社、そして清水寺にたどり着くことができた。
「わぁ、すっご……」
まだ清水寺自体は見えていないけど、わたしは周辺にいる大勢の観光客と、左右に隙間なく立っているお土産屋さんを見て、思わず言葉を零してしまった。
特にお祭りが開かれているわけでもないのに、この人数。
京都に住んでいる人は大変だろうなぁ、なんて思っていると、隣のてれすがため息混じりにつぶやいた。
「すごい人ね……」
「うん。はぐれないようにしないとね」
スマホがあるけど、はぐれるとその分時間もロスしてしまう。
知らない場所だし、できるだけみんなで固まって移動したほうがいいだろう。はぐれるとどんな危険なことがあるかわかったものじゃない。
そうやって気を引き締めて、まずは清水寺へと続いている坂道を上ろうと提案しようとしたとき、てれすに制服の裾を引っ張られた。
「ありす」
「どうしたの? あ、もしかして人に酔った?」
「いえ、そうではなくて。あれを」
「あれ……?」
首をかしげながら、てれすが人差し指で示す先を見ると、
「あ、ねこっち! 八つ橋だよ!」
「ちょっと……犬飼待って……」
「高井高井! あっちで抹茶を飲めるみたい!」
「こら赤川。あなた勝手に……」
すでにグループがバラバラになりかけていて、わたしが慌ててみんなのもとに駆け寄る。
犬飼さんと赤川さんを捕まえてくれていた猫川さんと高井さんに感謝して、わたしはみんなに話す。
「まずはお寺に行かない? 行くときにお土産があっても邪魔になっちゃうと思うから」
「あー! たしかに。さっすが最上さん」
「だね、ごめん」
今すぐにでもお土産屋さんに入ろうとしていた犬飼さんと赤川さんが、まず納得してくれて、高井さんと猫川さんもうなずいてくれる。
「てれすも、それでいいかな?」
「ええ、もちろんよ。上りながら帰りに寄るお店の目星をつけておけばいいものね」
「うん。時間もあるし」
清水寺の足元までしか来ていないのに、この無数のお土産屋さんでお土産を選んでいたら、きっと時間がなくなってしまうだろう。
満場一致となり、わたしたちは左右に展開されている魅力的な京都らしいお土産屋さんを見ながら、まだ紅葉が始まったばかりの清水寺を目指した。
階段を進み、朱色が特徴的な仁王門や三重塔の前で記念撮影をする。
そして。
「――わ、高い……」
清水の舞台から恐々と下を覗き込んで、わたしは小さく身震いをした。
高い。それもかなり高い。
ここから飛び降りた人がいるなんて、信じられない。飛び降りようとは微塵も思っていないし、柵につかまっているのに足が竦んでしまう。
と、同じように下を見ていたてれすもわたしに同意してくれた。
「清水の舞台から飛び降りる、というけれど、こんなにも高かったのね……」
「うん。わたしには無理だなぁ」
「……ええ。わたしも」
「ここから飛び降りるくらいの大きな決断って、なんなんだろうね」
「正直、想像もつかないわ」
「だねぇ」
なんて喋ったり、写真を撮ったりしながら少し奥に進むと、さっきまでいた清水の舞台を遠くから客観的に見ることができる場所までやって来た。
こうしてみると、やっぱり高い。
だけど、それ以上に綺麗な景色がそこにはあった。
「すっごい……」
スマホで写真を撮りながら、感嘆の声を漏らしてしまう。
前には京都の街並み、右に清水の舞台とすごく絵になっている。これはきっと、お母さんも喜んでくれるはずだ。
撮った写真を確認して、上手く撮れていることに満足していると、背後から犬飼さんに声をかけられた。
「最上さん最上さん!」
「ど、どうしたの?」
あまりの勢いにわたしは少し気圧されながら、スマホをしまう。
「あっちにあったよ!」
「あったって、何が?」
「おみくじとか、恋愛成就の石とか!」
「石……」
犬飼さんの言葉を繰り返して、わたしははっとした。
そういえば、てれすと一緒に京都でどこに行こう話してた時、てれすが言ってたっけ……。
思わず考え込んでしまうと、犬飼さんが心配そうに覗き込んできた。
「最上さん?」
「あ、ごめん……」
「ううん、みんなでおみくじ引こうよ」
「うん、わかった」
うなずいて、わたしは京都の街並みを眺めているてれすに声をかける。
「てれす、あっちでおみくじ引こうって」
「ええ、わかったわ」
落ち着いて答えたてれすがわたしのすぐ近くまでやって来て、わたしたちは犬飼さんにつれられて場所を移動する。
だけど、わたしの心境はあまり穏やかではなかった。
ちらとてれすの横顔を見る。
いつもと変わらない美人な横顔。でもその心の中まではわからない。
…………。
わたしは少しだけ心にモヤモヤとした何かを抱えながらも、それを奥に押し込んで、歩を進めるのだった。




