194話 ねこてれす
楽しい時間って、どうしてこんなにも早く過ぎてしまうのだろう。
お土産を買うために別のエリアへと移動する中で、わたしは自分の隣を柔らかな微笑みを浮かべつつ歩いているてれすを見て、そう思った。
あの後、わたしたちは色々なアトラクションやショーを巡った。
わたしやてれすが絶叫系が苦手ということをみんなが配慮してくれて、ぐるぐる回ったりビュンビュン飛んだりするものではないものを探してくれたのだ。
なんだか気を遣ってもらって申し訳ないけど、みんなが心から楽しんでいるみたいで安心した。
なによりも「みんなで楽しみたい」と言ってくれたことが嬉しくて、わたしもてれすも言葉に甘えさせてもらった。
そして、わたしは遊園地と言えば大きなジェットコースターが花形だと思っていたけど、その認識を改めることになる。
3D技術で360度映画の世界に入り込んだみたいに錯覚させられるし、ドラゴンが炎を吐いてきたときは思わず顔を逸らしてしまった。
最近は映画でも、そう言った感じで体験型みたいなものもあるらしいし、今度行ってみたいと思った。
ショーに関しても、キャストさんの動きは俊敏だし、お客さんを巻き込んだ演出(子供を募集していたのに犬飼さんは挙手して、ステージ上のお姉さんや他のお客さんに苦笑されていた)もあって、とっても面白かった。
そんな感じで、てれすと仲直りをしてからの時間は、本当にあっという間だった。
一日中歩き回っていたから足はけっこう疲れているけど、その分幸せもいっぱいだ。
と、目的にお土産屋さんがもう少しというところで、先頭を歩いていた赤川さんが「あ!」と何かを思い出したように声をあげた。
それに高井さんが首をかしげる。
「どうしたの赤川?」
「あのさ、写真撮るの忘れてない?」
「……あ」
そう言って赤川さんと一緒に高井さんも振り向いたので、わたしも後ろを向く。
魔法学校が舞台の映画で、主人公たちが過ごすお城を模した建物が威圧感を放って立っていた。
高井さんがあごに手を添えて言う。
「たしかに、せっかく来てるのに写真がないのはあれかも」
「でしょでしょ?」
嬉しそうに赤川さんは言いながら、ポケットからスマホを取り出した。
そして周りにいるわたしたちに向かって呼びかける。
「みんな寄って寄って」
どうやら、自撮りでみんな一緒に撮影するらしい。
「ほら、最上さんと高千穂さんも」
「う、うん」
呼ばれて、わたしは
たしか、てれすは写真で撮られるのがあんまり好きではないのだ。球技大会の時も、わたしのわがままで撮ってもらったのだ。
なんだか、みんなで撮る流れができてしまっているけど、てれすは平気だろうか。
「てれす、大丈夫?」
「大丈夫ってなにが? 気分は良好よ」
「そうじゃなくて、写真」
わたしに言われて、てれすは少し首を捻っていたけど、すぐに合点がいったらしい。
「あ、ああ。ええ、問題ないわ」
「そ、そっか」
「ええ。ありがとう」
「ううん」
先生に撮られるってわけでなく、友達との遊びの延長みたいなものだから、平気なのかもしれない。
わたしとてれすは赤川さんや高井さんの後ろに移動する。
そしてみんなで並んで、赤川さんの合図でシャッターがきられた。
そういえば、画面にわたしたちは入ったみたいだけど、背景はちゃんと映っているのだろうか。ギリギリな気がする。
わたしが少し心配していると、写真を確認している赤川さんと高井さんの表情はやはり曇っていた。
「……映ってないね、お城」
「でしょうね」
ということで、結局道行く人に頼んで撮ってもらって、問題は解決した。
みんなでお礼を言って、再び歩き出したとき。
「あー、そうだ。ねこっち」
「どうしたの?」
「あたしさ、親に送る写真撮らないといけないんだよね。みんなのやつを送ってもいいんだけど、わたしを撮ってくれない?」
「……わかった。まかせて」
猫川さんが犬飼さんのことを撮り始めたのを見て、わたしは思わずてれすに話しかけてしまった。
「ねぇ、てれす」
「なにかしら」
「よかったら、一緒に撮らない?」
「ありすと一緒に?」
「うん。よかったら、でいいんだけど……」
みんなと撮った写真ももちろん嬉しいし、いい思い出。
だけど、てれすと一緒に写真も残したいし、ほしいなと思った。他の人たちも個々で撮影しているし、今がチャンスだ。
「ええ、もちろん。構わないわ」
「よかった」
てれすがうなずいてくれたのに安心しつつ、わたしはてれすに肩を寄せる。
「――ッ」
「てれす、もう少し近づいてくれる?」
「え、ええ……」
「いや、もう少し。微妙に入ってないよ」
「そ、そう? 大丈夫じゃないかしら」
「もう少しだけお願い」
「わ、わかったわ……」
てれすと肩がピッタリ合うくらいにまで接近
「はい、てれす。こっち向いて笑って」
「え、ええ……」
ポチッと撮影ボタンを押して、カシャリとシャッターを切る。
その写真を確認しようとしたところで、ふと思い出した。
「……そういえば」
世間で流行っているからと、猫っぽくなったりとか顔を入れ替えたりとかして、遊ぶことができる写真アプリをインストールしていたのだ。
これも使ってみよう。
「てれす、もう一枚良い?」
「え? いいけれど」
「ありがと」
もう一枚パシャリ。
さっそく確認すると、そこには猫の加工がされたてれす、略してねこてれとわたしが映っている。
ねこてれ、可愛い……。
てれすは犬っぽいと思っていたけれど、猫も似合うようだった。
自分ではけっこういい感じに取れたと思うので、てれすにも確認してもらう。
「てれす、どうかな?」
「……ねこ?」
「あ、ごめん勝手に使ったんだけど、嫌だったらすぐ消すから」
勝手に使ったのはまずかったかもしれない。このアプリを使うと言っておくべきだったのだ。
「いえ、別にいいわよ」
「ほんとごめん。使って見たかったから」
「いいわよ。……少し、恥ずかしいけれど」
「だ、大丈夫! ちゃんと似合ってて可愛いよ!」
フォローのつもりでわたしが慌てて言うと、てれすは頬を朱に染めて目を大きくさせた。
「か、かわ……」
「うん。あとでてれすのMINEに送っておくね」
「え、ええ……」
「どうしたの?」
「な、なんでもないわ……」
「そう?」
「ええ」
てれすに少し首をかしげていると、
「最上さん、高千穂さん。行くよ?」
いつのまにやら撮影を終えていた犬飼さんに呼ばれて、わたしとてれすは駆け足で向かうのだった。




