190話 サメ・アトラクション
犬飼さんに連れられて、わたしたちは入り口からかなり遠い位置にあるエリアへと移動してきた。
さきほどまではジェットコースターや、ビルなどの近代的な雰囲気が漂うエリアだったけど、今いるところは自然が多く、川が流れている。そのおかげか、なんだか清涼な風が吹いて心地が良かった。
ジェットコースター酔いをしたてれすにとっても、とてもいい場所のような気がする。
「さ、こっちこっち!」
犬飼さんが指で示している先には、木造の船着き場のような場所があった。お昼前だというのに、大勢の人たちが並んで列を作っており、人気のアトラクションであることが見て取れる。
「ここだよ。サメのやつ! これも乗りたかったんだあ!」
興奮している犬飼さんに案内されて、わたしたちは最後尾に並んだ。
列は木造家屋の外まで続いていたけど、おしゃべりをしているうちに徐々に進んでいって建物の中に入る。先ほどまでの地面とは違い、進むたびに乾いた気の音が聞こえた。
中腹ほどに達したころ、てれすがわたしの肩を叩いた。
「あの、ありす」
「どうしたの?」
「これ、本当に大丈夫なのよね?」
少し、青白い顔をしててれすが言う。
どうやら、絶叫系でないかどうか心配になってきたらしい。
「大丈夫だと思うよ。犬飼さんもそう言ってたし」
並ぶ前にちらっと見えた感じだと、船に乗って移動をするアトラクションのようだったので、ジェットコースターではないと思う。
身体を固定瑠バーのようなものもなさそうだったし、最後の最後に急降下、なんてこともなさそうだ。
乗ったことがないから、わからないけど……。
たぶん平気だと思うけど、念のためもう一度犬飼さんに確認することにした。
「ねぇ、犬飼さん」
「どしたのー? トイレ?」
「ううん。そうじゃなくて、これって本当に絶叫系ではないんだよね?」
「うん。全然大丈夫だよ。絶叫するかどうかは人によると思うけど、ぐるぐるー! とかはないから安心して。そう書いてあるし」
そういって、犬飼さんはパンフレットをポンポンと叩いてみせる。
犬飼さんの説明を聞いて、てれすはまだ少し不安そうだったけど、とりあえず首肯した。そののちに、順番がやって来る。
係員のお姉さんに案内されて、わたしたちは船の形をしたアトラクションに乗り込んだ。
定員が埋まると、乗組員という設定らしいお姉さんが元気よくあいさつをして、軽く世界観の説明をしてくれる。
どうやら、わたしたちは船の旅を楽しめばいいらしい。
もしかして、テーマパークに流れている川を進んでいって、観光するみたいな感じのアトラクションなのかな……?
ゆったりと楽しめるし、園内のことも知ることができてすごくいいなって思った。
船が出発して、ゆらゆらと楽しい旅が始まる。
そういえば、犬飼さんがこのアトラクションのことを「サメ」と呼んでいたけど、どういう意味なんだろうか。
首をかしげながら、それでも気を抜いて楽しんでいると、異変が起きた。
なんだかお姉さんたちが慌て始めたのだ。
「どうしたんだろ」
「さぁ、わからないわ……」
どんどん不穏な空気が漂っていって、お姉さんが深刻そうな表情をしてわたしたちに告げる。
「みなさん。落ち着いて聞いてください。どうやら、このあたりに人食いザメが出現したようです。でも安心してください。出会うと決まったわかではありませんから。大丈夫、安心してください!」
なるほど、そういうアトラクションらしい。
ということはこの後、必ずサメと出会ってしまってピンチになるのだろう。
緊張感が漂って、じっと水面を見ていると、
「わっ!」
遠くに大きな黒い影が見えた。なんだか背びれのようなものもあり、こちらに迫ってきている。
近づいてきた影はやがて浮き上がって来て、大きなサメが現れた。後ろに乗っている小さな女の子が悲鳴を上げたのが聞こえた。
サメから距離をとるために、船は大きく揺れながら方向を転換する。
黒と白の身体に、大きな口と牙。造形がとてもリアルだし、お姉さんたちの鬼気迫る演技も相まって、作り物だとはわかっていても、びくっと反応してしまった。
船を操縦しているお姉さんが冷めに向かって銃のようなものを打ち込んで、わたしたちに言う。
「近くに逃げましょう!」
お姉さんの銃撃にひるんだのか、サメは姿を水の中に消していた。
さすがに、こんなにすぐに倒せるということはないと思うけど、どこにいったんだろう。
しかし、どこにもサメはいない。その間にも、船はどんどん進んでいって、数十メートル先に倉庫のような場所が見えてきた。
どうやら逃げ切れたのかも。と油断していると、
「――ッ!?」
わたしの左側――かなり近く――にサメが出現して思わず、
「きゃあ!?」
「あ、ありす!?」
隣に座っていたてれすに抱きついてしまった。
左にはサメ、右にはてれすという状況。しかもどちらも距離は近く、特にてれすは文字通り目と鼻の先。お互いの息がかかるほどの距離にてれすの顔があって、長いまつげや綺麗な瞳、なんだかいい匂いがする。
わたしは慌てて離れた。
「ご、ごごごめん!」
「いえ、構わないけれど……」
「ほんっとごめん。びっくりしちゃって――」
と、懸命にてれすに弁明をしていると、ドンッ! と轟音が響いて何かが爆発した。
「な、なに!?」
振り返ってみると、赤い炎が燃え盛っており、肌がちりちりと指されるような熱さに襲われた。
おもちゃの銃を構えているお姉さんが、わたしたちに向かって頭を下げる。
「すみません! 間違えて当ててしまいました!」
あの爆発はお姉さんが引き起こしたものらしい。
「ありす」
「へ?」
「あの、い、痛い……」
てれすに指摘されて視線を落とすと、わたしはてれすの手を握っていた。力強く、ぎゅっと。
知らずのうちに、てれすの手を握りしめてしまっていたらしい。
「わっ、ごめん」
「余所見をしていると危ないわよ」
大人の余裕と言えばいいのか、かなり派手な演出だったにも関わらず、びくともしていないてれすに柔らかく微笑まれる。そんな大人なてれすと自分とを比べてしまい、申し訳なくなった。
「……はい」
結局、このアトラクションはジェットコースターのようなことはなかったけど、派手な演出などもあって、てれすに情けのない面を見せてしまった。
スタート位置の船着き場に無事戻って来て、みんなが未だ余韻に浸っている中、わたしはてれすに謝罪する。
もしかすると、わたしのせいでてれすは楽しむことができなかったかもしれない。
「ごめんね、てれす」
「いえ、気にしないで」
「楽しかった?」
「ええ。気分も悪くなっていないし、そう考えればジェットコースターよりも」
「それなら、よかったけど」
「それに、あんなありすを……」
とてれすは何かを言っているけど、声が小さくなっていっているので、「それに」から後が全く聞き取れない。
「ごめん、なんて?」
「い、いえ! なんでもないわ。とにかく、楽しかったから」
「……うん」
「本当に、気にしなくていいのよ。ありすだって、わざとやったわけではないのでしょう?」
「そうだけど」
「なら、もういいでしょう。とにかく、わたしはいいのよ」
「わかった。ごめんね」
念を押すようなてれすの言葉に、なんだか違和感を覚える。気のせいかもしれないけど、ちょっとだけ突き放されたというか、なんだろう、これ。
……うーん、やっぱり気のせい?
それから、みんなで相談してお昼ご飯を食べることになり、多数決で決まった魔法使いの映画がモデルのエリアへと向かうのだった。




