188話 気にしないで
「えっと、ここどこ……?」
てれすに飲み物を買って帰るつもりが、自動販売機を探すあまり遠くに来てしまったようで、わたしは道に迷ってしまった。
あんなに弱っているてれすを一人にしてしまっているので、可能な限り早く、てれすが休んでいるベンチに戻らなくてはならない。
焦る気持ちを抑えて、なんとか冷静さを保ちながら、わたしはマップを開く。
戻らなければならない場所は、園内でも目立つ大きなジェットコースターがある近くなので、あの近くまで戻ればきっと会えると思う。
ただ、問題はどうやってそこにたどり着くか、だ。
下手に動いてしまうと、余分に時間がかかって疲れてしまうので、まずは現在地を確認することにした。
ここから見えているアトラクションを見て、なんとか今いる場所を把握する。
「てことは、今ここでしょ。なら、あっち……かな?」
自信はないけれど、わたしは歩き始める。
賑わっている大勢のお客さんの間を抜けるようにして、早足で進んでいく。
すると、なんだか見覚えのあるような場所に戻ってきた。
「てれす」
てれすが動いていないことを祈りながら、わたしはベンチを片っ端から探していく。
例のジェットコースターが近くなって、わたしは一度足を止めた。
ぼんやりとだけど、この辺りのベンチに座っていたような気がする。
人の流れに流されないように気を付けながら、周りにじっと目を凝らすと、
「あ、てれす」
未だにあまりすぐれない顔色で、しかしそれでも凛と美しいてれすの姿を発見した。
わたしの周りに人が多すぎて、横切られたりして見えなくなってしまったけど、あれは間違いなくてれすだった。
わたしは「すみません」と連呼しながらてれすのいるベンチへと移動する。
人の波を越えて、ある程度広い空間に出ると、はっきりとてれすのことを確認することができた。
「よかったぁ……」
とりあえず、てれすが無事でなによりだ。
しかし。
「……あれ?」
わたしは違和感を覚える。
「……なんだろ」
てれすの周りに、三人の若い男性が集まっていた。どうやら、てれすに何か話しかけているようだけど、てれすは男性たちがそこに存在していないかのように無反応だった。
どうしたんだろう。もしかして、道に迷ったから尋ねているのだろうか。
そう思って、てれすのほうに少し近づくと、男性たちの声を聞き取ることができた。
「なーなー。いいだろ」
「修学旅行だよね? すっごい綺麗で可愛いね、どこから来たの?」
「俺らと一緒に遊ぼうぜ。そのほうが楽しいって」
「…………」
てれすは男性たちの方には目もくれず、若干鬱陶しそうにして相変わらず無視を決め込んでいるようだった。
っていうか……。
あれ、変な人たちに絡まれてるじゃん! えっと、たぶんナンパってやつだよね……?
テレビでしか見たことないけど、それと同じような状況だった。
てれすは美人だから気持ちはわからないでもない。でも、てれすが困っているし、絶対にダメだ。とにかくダメ。そう思うと、わたしの足は考えるよりも先に動き出していた。
「あ、あの」
「あぁん?」
わたしが声をかけると、男性たちがこちらに振り向いて睨みつけてきた。
あっちのほうが数も多いし、怯みそうになるけど勢いを失ったら本当に何もできなくなってしまいそうだったので、なんとか言葉を発する。
「あの、その子わたしの友達だから、だからごめんなさい」
「あぁ、そうなの? なら君も一緒にどう?」
「たしかにたしかにぃ! キミもなかなか可愛いじゃん」
男性たちが気持ちの悪い笑みを浮かべて、こちらに迫ってくる。
下心が見え透いてるというか、ちょっと吐き気が込み上げて来たけど、我慢して言い返す。
「い、嫌です」
「えー。いいじゃん。もしかして彼氏持ちだった?」
「ち、違いますけど……」
「ならさ、いいでしょ?」
嫌だとはっきり伝えているつもりなのに、相手は全然退いてくれない。
むしろ、わたしたちに恋人がいないとわかったせいで、さっきよりも押しが強くなった気がする。
「この子と一緒に回るって決めてるので、ごめんなさい」
「なんでさー。友達と二人って寂しいでしょ? 一緒に遊ぼうよー」
「そうそう。そのほうが楽しいよ」
「だから――」
なんて言えばどこかへ行ってくれるのか、皆目見当がつかない。犬飼さんたちが帰って来てくれれば、と思うけど、残念ながら4人は今この近くにはいない。
怖いし気持ち悪いし、第一にてれすは体調が悪いから、こんなことをしている暇はないのに……。
一秒でも早くこの場から去ってほしい。
と。
一つ、この場をくぐり抜けられるかもしれないアイデアを思いついた。
本当にそれでいいのか、わたしはちらっとてれすを見る。いつも通りに見えていたけど、やっぱり体調が悪そうだし、困っている様子。
今すぐに二人になりたかった。なら、手段は選んでいられない。
わたしは息を吸い込んで、ゆっくりと口を開いた。
「わ、わたしたち付き合っているから」
「は?」
男性たちがポカンとした表情になる。まるで、鳩が豆鉄砲を食ったようだった。
言葉が帰ってこなかったので、わたしはさらに続ける。この機を逃すまいと、はっきりと宣言して拒否を伝えた。
「わたしたち恋人だから、あなたたちとは一緒に行けません!」
叫ぶようにわたしが言うと、絶句していた男性たちがようやく言葉を絞り出した。
「まじ?」
「本当です。だから離れてください!」
「嘘でしょ……」
もちろん嘘だ。
だけど、今はもうこれしか思いつかなかった。
やがて、男性たちはわたしの嘘を信じてくれたようで、ため息を吐き出した。そのうちの一人が顔を歪めて言う。明らかに侮蔑を含んだ冷たい瞳だと、すぐに理解できた。
「マジなら引くわー。あり得ねぇんだけど。気持ち悪い」
「お、おい、そこまで言わなくても……」
男性のうちの一人が宥めるが、その男性の歪みは変わらない。
「だってそうだろ。もういいわ、行こうぜ」
鼻を鳴らして、くるりと背中を向けた。そのままどこかへ歩いていき、他の二人が慌てて追いかける。
「……た、助かった」
三人の姿が見えなくなって、わたしはようやく安堵の息を吐いた。
その場にへたり込んでしまいそうなくらい精神的に疲弊してしまっているけど、てれすの隣にすぐ駆け寄る。
「てれす、大丈夫だった!?」
「ありす。ええ、平気よ」
「ごめん、わたしが一人にしたから」
「ありすのせいではないわ」
「……うん、ごめん。はいこれ、飲み物」
すぐに記憶から消し去りたくて、わたしは持っていたペットボトルを差し出す。
「ありがとう」
てれすは受け取ったスポーツドリンクを一口飲んで、ふたをした。それから、顔を俯けて言う。
「それでその、ありす」
「どうしたの? 気分は平気?」
「ええ。それはもうかなりよくなってきたわ。でも、そうじゃなくて……」
てれすは両手でくるみこんでいるペットボトルを見ながら、もごもごとした口調で言葉を紡ぎ出す。その顔は、ほんのりと朱に染まっていた。
「その、さっき言ってたこと」
「さっき……あ、あぁ! あれは気にしないで!」
わたしが恋人と嘘を吐いたことを気にしているようだった。
たしかに、いきなりあんなことを言われてしまっては、びっくりするだろう。ちゃんと訂正して謝っておかないと。
今になって考えると、とんでもないことを言ってしまったような気がする。
「あれはとっさに言っちゃっただけだから! 嫌だったらごめん。ほんと気にしなくていいから」
「そ、そう。ええ、そうよね……」
「うん。嘘とはいえ、あんなことを勝手に言ってほんとごめんね」
余裕がなかったからといっても、あれはダメだった気がする。反省しないと。
とそのとき、スマホに着信があった。
「あ、犬飼さんからだ」




