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ありすとてれす  作者: 春乃
185/259

185話 修学旅行の夕飯

 修学旅行の一日目。

 奈良県で、東大寺や春日大社などを巡ったわたしたちは、今日泊まるホテルのある大阪市に移動した。


 わたしはこういうホテルとかに泊まったことがあんまりないから、よくはわからないけど、フロントに入った瞬間から、もっと言えばバスを降りた駐車場の時点で、けっこうすごいホテルに泊まるのだということを理解することができた。

 ホテルの中、廊下を歩いていると、つい背筋が伸びてしまうというか、話す声も小さくなってしまう。


 ホテルの部屋割りは、四人ということでわたしとてれす、犬飼さんと猫川さんというメンバーだ。荷物を置いてすこしゆっくりとしたあと、すぐに夕食の時間になったので、指定されている大きなホールへ向かう。


 広々とした部屋には丸いテーブルがたくさん用意されていて、その上にはすでに豪華な夕飯が準備されていた。一回だけ行ったことがある、結婚式の会場みたいな感じだった。

 班ごとに席に座って、先生の話を聞く。それからみんなで手を合わせて、ようやく夕飯が始まった。


「いただきます」


 テーブルに並べられているのは、メインはおそらく左奥にあるお鍋。火が点けられていて、しょうゆベースのお出汁の中でお肉や野菜がぐつぐつと煮られていた。

 他にもお刺身、大きな平皿にはキャベツやポテトサラダ、コロッケなどがあり、だし巻き卵や手羽先のようなもの、練り物、デザートにプリンもついており、豪華絢爛。全て食べきることができるのかちょっと心配なくらい、たくさんの料理が並んでいた。


 まずは野菜類を食べて、揚げ物、お刺身をいただく。

 つやつやとした白ご飯もとても美味しくて、相性が抜群だった。それから、ようやくお肉の赤いところがなくなったので、お肉を一口。


 しょうゆベースの出汁と肉汁が口の中に広がった。幸せそのものとも言える最高のお味に、わたしは思わずほっぺたを抑える。


「美味し~、すっごい柔らかい」


 隣を見ると、てれすも舌鼓を打って、無心に食べているようだった。

 その後、やはりわたしは満腹になってしまい、落ち着くために一旦お箸を置く。デザートのプリンはおろか、野菜と、お肉、ご飯は全部食べたけど、他の料理が残ってしまっていた。

 しかも、ショートケーキのイチゴは絶対に最後に食べる派だから、コロッケや鶏肉など、メインとも呼べる料理が残ってしまっている。


「ど、どうしよう」


「ありす?」


 お茶を飲んでいたてれすがこちらに顔を向けて、首をかしげた。


「ありす、どうしたの?」


「うーん。えっとね」


 と、ふいにてれすの前にある、綺麗になったお皿が目に入った。

 どうやら、てれすはすでに全部の料理を食べて終わっているらしい。プリンの容器も空っぽだった。


「ちょっとお腹いっぱいになっちゃって」


 お腹をさすりながら、わたしは苦笑する。


「てれす、よかったら何かいる?」


「いいの?」


「うん。食べかけだけど」


「別に、それは構わないわ。いや、むしろ……」


「へ?」


「あ、いえ、何でもないわ。もらっていいの?」


「うん。残すのはもったいないし」


 わたしがうなずくと、てれすはお箸を再び握って、わたしの目の前にあるお皿に手を伸ばす。


「それじゃあ、もらうわね」


「うん」


 てれすはわたしのお盆にあるお皿を、端から順々に取っては自身の口の中に運んで、美味しそうに食べ始めた。すでに自分の分の料理を食べ終えたはずなのに、その顔は幸せそうで、見ているこっちも笑顔になってくる。


 だけど、あまりにもてれすの勢いが止まらないものだから、少し心配になってしまった。思わず声をかける。


「えっと、てれす」


「なにかしら」


「む、無理しなくて、いいよ?」


「大丈夫よ。まだまだいけるもの」


「ほんと?」


「ええ。ありがとう」


 そして、ついにてれすはわたしのお皿に残っていた料理を綺麗に食べきってしまった。まだまだ余裕そうな表情のてれすは、紙ナプキンで口元を上品に拭いて、わたしに言う。


「ごちそうさま、ありす。プリンは自分で食べる?」


「んー」


 プリンはすっごく好きだから、本音を言えば食べたい。けれど、現状それは厳しそうだった。


「てれすが食べられるなら、あげる」


「いいの? でも、ありすが食べたいんじゃ」


「うーん、だけどお腹いっぱいだし、てれすのほうが美味しく食べられるなら、プリンもそのほうが嬉しいと思うよ」


 お腹いっぱいの今じゃなかったとしても、プリンはきっと美人のてれすに食べてもらったほうが嬉しいとは思うけど。


 差し出されたプリンを見て、てれすはほんのり頬を朱に染めてうなずいた。


「ありがとう、ありす」


 嬉しそうにプリンを受け取ったてれす、その細い身体のどこに入ったのだろう、と感心と心配で苦笑してしまう。

 お盆に目を落として残っているものはないか確認すると、陰に隠れて見逃していた、切り分けられたコロッケの一部を発見した。


「てれす、まだ食べられる?」


 プリンのふたを開けようとしていたてれすが首をかしげる。


「ええ、大丈夫だけど」


「ごめん、まだ残ってた」


 お箸でコロッケをつまむ。


「食べてもらっていい?」


「ええ、もちろんよ」


「じゃあ、お願い」


 そう言って、コロッケをてれすの口元に近づけると、てれすが少しびっくりした様子で身を引いた。


「ええ――って、え?」


「どうしたの?」


「いや、だって、周りに人いるし……」


 てれすに指摘されて、わたしははっとする。

 あまり意識をしていなかったけど、ナチュラルに「あーん」をしようとしていたみたいだ。とはいっても、いつもしていることだし、女の子同士でやったところで普通だと思う。けど、てれすの反応に、つい謝ってしまった。


「あ、ごめん」


「い、いえ。いいのよ、ちょっと驚いただけで……」


 てれすが、今度は完全にほっぺたを赤くさせて、口を開いた。

 そんな顔をされると、こっちまで変に意識をしてしまって恥ずかしくなってしまう。けど、せっかく待ってくれているんだし、期待には応えないと。

 

 てれすの口にコロッケを運ぶ。


「どう?」


「……ええ、美味しいわ」


「よかった」


 お互い見つめ合って、照れくさくなってはにかんでしまう。

 てれすは顔を逸らして俯いて、プリンのふたをいじり始めた。

 

「てれす、食べてくれてありがと」


「いえ、気にしないで」


 自分一人では絶対に食べきることができなかったので、すごく感謝だ。助けてもらったし、わたしもどこかでお返しをしたいと思う。


「…………」

 

 てれすがプリンを食べ始めたので、その綺麗な横顔を見て、わたしは口角が緩んで微笑みを浮かべるのだった。


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