183話 新幹線の中で 後編
犬飼さんの提案で、NGワードゲームをやることになった。
右隣の人にメモを渡すわけだから、わたしは猫川さんに渡すことになる。ゲームを勝つためには、猫川さんが言いそうな言葉を書いたほうがいいだろう。
何にしようかなぁ、と考えているときふと疑問が浮かんだ。メモ用紙とにらめっこをしている犬飼さんに質問する。
「犬飼さん」
「なに?」
「これって、何でも書いていいの?」
「うん。テレビではそうだったと思う」
「あのさ、名前とか、そういうのはやめない?」
何でもいい、というルールだと本当に何を書いても良いことになる。
このゲームは、このあとみんなでおしゃべりをするわけだから、仮に「てれす」という言葉を渡された場合、ほぼ100%わたしは「てれす」という言葉を口にするだろう。
相手にその言葉をどう言わせるか、というのもこのゲームのおもしろい所だと思うから、それはちょっとつまらない。
犬飼さんは、わたしの言わんとしていることを理解してくれたのか、首肯してくれた。
「たしかに、それもそうだね。じゃ、そういうのはなしってことで」
みんなでこのことを共有したのを確認して、再びわたしはメモと向き合う。
猫川さんが言いそうなこと……。
「よし、これにしよう」
景色、と紙に書いて、わたしが猫川さんに渡した。
新幹線の窓からの景色、とか修学旅行の楽しみとかからも、そういた言葉に導くことができると思う。
そしてみんながメモに言葉を書いて終わって、右隣りの人に渡した。わたしはてれすから受け取って、見えないようにおでこにピタッと当てる。
いったい、てれすが何を書いたんだろう。
当然だけど、今のところでは、てれすが何を書いたのか見当もつかなかった。
みんながおでこにメモを当てているのを見て、犬飼さんが言う。
「それじゃ、スタート!」
元気よく犬飼さんが合図して、場がしんと静まり返った。
たしかに、このゲームは話さなければ負けることはないけど、それはダメだろう。みんな様子を窺っているのか、なかなか口を開かない。
ちなみに、わたし以外の人の言葉は、てれすが「気にしない」、犬飼さんが「晩ご飯」、猫川さんが「景色」だ。
「……」
てれすに目をやると、ふいと目を逸らされた。
……こうなったら、わたしから仕掛けるしかないか。
「えっと、みんな話さないのはやめない?」
「……そうね」
てれすが首肯して、犬飼さんと猫川さんもうなずく。
下手な話をふってしまうと、何を言ってはいけないのか推測されてしまうかもしれないので、ここは話が膨らみそうな話題を選ぶことにする。
「京都もそうだけどさ、他のも色々楽しみだよね」
「ええ、そうね。今日はこのあと、奈良に行くんだったわね」
「東大寺の大仏って、写真では見たことあるけど本物はどんな感じなんだろ」
歴史の教科書にも絶対載っている有名な大仏。すごく楽しみだ。
犬飼さんも「たしかに」と同意しながら、話を盛り上げてくれる。
「鹿もいるよね! 触ってもいいのかな」
「……噛んだりしないの?」
「しないでしょ! 鹿せんべいあげようよ!」
うーん。話は良い感じに盛り上がって、みんなが黙ってるってことはなくなったけど、このゲームけっこう難しいな……。
自分が言わないように気を遣わないといけないし、どうやってNGワードを口にさせるか、そこにたどり着くまでの流れを作るのがかなり頭を使う。
わたしが頭を悩ませていると、ふいに犬飼さんが窓の外を指差した。
「あ! 見てねこっち!」
「わっ、すっごい景色……」
たしかに、遠くにある山とか近くを流れている川とか、自然が豊かで綺麗な景色だった。けど。
「ねこっちアウト!」
「……え?」
「ねこっちのNGワードは、景色だよ」
「うぅ……やられた……」
しょんぼりと肩を落とす猫川さんに、犬飼さんは「にしし」といたずらっぽい笑顔を浮かべていた。
一人目の脱落者が出たところで、改めて話を修学旅行に戻す。
「奈良県で東大寺とか見て終わったら、大阪にバスで行くんだっけ?」
わたしの言葉に、てれすがのっかる。
「ええ。たしか今日泊まるホテルは、けっこういいところらしいわよ」
「そうなの? お風呂とか楽しみだなぁ」
当然、わたしも知っているけど、知らないふりをして、てれすと共に犬飼さんを脱落させるために話を進めていく。すると、びっくりするほど上手く犬飼さんが乗ってきた。
「晩ご飯も楽しみだよね!」
「犬飼さん、アウトよ」
「え! 嘘!」
まさか猫川さんの次に自分がアウトになると思っていなかったのだろう。犬飼さんが目を大きくする。
「ほんと。犬飼さんの言葉は、晩ご飯」
「うわー! やられた!」
悔しがっている犬飼さんに「ごめんね」と軽く謝って、ゲームを続行する。最後はてれすに「気にしない」と言わせなければならない。
「お風呂って、大浴場だよね。ちょっと恥ずかしいかも」
わたしが言うと、てれすは少し顔を朱に染めて、俯き加減で応える。
「そ、そうね……そうかも……」
「だよね」
残念だけど、今のでは引っかからなかった。
次はどうしよう。
作戦を考えていると、てれすが前のほうをちらっと確認するような動きを見せた。
「てれす?」
「あ、ごめんなさい」
「どうしたの? まだ着かないと思うけど」
「いえ、少しうるさくしているかもって、思っただけよ」
どうやら、てれすは周りの子や先生たちの様子を見ていたらしい。
たしかに高井さんや赤川さんのように寝ている子もいるけど、基本的にはわたしたちと同じように遊んだりおしゃべりをしている生徒が大半だ。気にすることはないと思う。
「あんまり気にしなくていいと思うよ? 先生たちも楽しそうにお話してるし」
「そうね。けれど、ありすアウトよ」
「ええ!?」
てれすに告げられて、思わず声をあげてしまった。
「ありすのNGワードは、先生よ」
「あぁ、そうだったんだぁ……」
おでこからメモを取って確認すると、たしかに「先生」と書かれていた。
てれすに上手くやられてしまったみたいだ。てれすは「してやったり」という笑みを浮かべていた。
「悔しい~」
ということで、第一回NGワードゲームの勝者が決まった。
お菓子を食べていた犬飼さんが、パチパチと拍手をしながら言う。
「高千穂さんが優勝か~。おめでと!」
「……お、おめでとう」
「てれすおめでと! 次は負けないからね!」
「あ、ありがとう……というか、次があるのね……」
苦笑するてれすに、優勝賞品としてお菓子が送られて、ただのお菓子パーティーが再び始まった。
その後、起きた高井さんも加わって、わたしたちは新幹線の車内を楽しんだ。
……赤川さんは本当に昨日寝ていないらしく、大阪に着くまでずっと泥のように眠っていた。
そしていよいよ、わたしは関西に初めて足を踏み入れるのだった。




