178話 てれすの行きたい場所
借りていた旅行雑誌やらガイドブックやらを読むこと数時間。最後の一冊の最後のページをめくって、本を閉じてから、わたしは両手の指を組んで伸びをする。
「ん~」
図書館で周りに人がいることも考えて、いつもよりは小さめに伸びる。隣では、てれすも達成感のこもった息を吐き出していた。
壁に掛けてある時計を見ると、午後6時の少し前。3時間くらいが、あっという間に経過していた。
……てれすと一緒だと、いつも時間が経つのが早いなぁと思いつつ、隣のてれすに小声で話しかける。
「そろそろ帰ろうか」
「ええ、そうね」
棚から持ってきていた本や雑誌をちゃんと元の棚に返却して、わたしとてれすは図書館を出た。駅へ向かって歩いている途中、今日の成果を話す。
「うーん、やっぱりどこも魅力的で困っちゃうね」
「そうね」
旅行雑誌には、誰でも知っているような有名な観光スポットはもちろんだけど、あまり知られていない場所についての記事もあった。せっかくだし、みんながわかるような場所を中心に回るのがベターなのかなぁ、なんて思っていたけど記事の書き方が魅力的だったから、そっちにもちょっと関心が湧いてしまう。
そして、ちょっと意外で重大な事実も発見した。ある意味では今日、図書館で調べてよかった部分だと思う。
テレビで見ているときにはあまり気にしていなかったけど、場所と場所とが案外離れているのだ。もちろん、近い所もある。だけど、色々と回ろうと思うと、自由行動の時間では回り切れるか怪しい。
「とりあえず、他の班の子たちとも相談だね」
苦笑混じりに言うと、てれすもこくんとうなずく。
高井さんや犬飼さんたちも、それぞれに行きたい場所の目星はついていると思う。これは月曜日に相談して、早めに決めていったほうがいいかもしれない。
と、ここで一つ思い出して、わたしはスマホを取り出した。
「あ、そうだ。修学旅行の班のグループ作るの忘れてる」
「グループ?」
聞きなじみのない言葉だったのだろう。てれすは可愛らしく首をかしげた。
そういえば、てれすはMINEとかってあんまりやらないと言っていたから、グループというものを知らないのかもしれない。
「うん。MINEって基本的には一人対一人での会話だけど、誰かがグループを作ったら、招待された人たちだけで会話できるの」
「へぇ、それは便利ね」
「でしょでしょ。だから、それで話し合いをしようかなって」
「ええ、そうできるのなら、すごく良いと思うわ」
てれすも賛成してくれたので、信号待ちのタイミングを見計らって修学旅行のグループを作成する。
「……よしできた。てれす、招待届いてる?」
わたしが尋ねると、てれすはスマホの画面を見つめながらうなずいた。
「ええ。えっと、参加でいいのかしら」
「うん」
すると、グループに『高千穂てれすが参加しました』という文字が現れる。高井さんと赤川さん、犬飼さんと猫川さんはそれぞれ何かをしているのか、すぐに参加する気配はなかった。スマホをカバンに片付けて、てれすに質問する。
「グループはこれでいいとして、てれす、どこか行きたいところとかあった?」
「そうね……」
てれすはあごに手を添えて、少しの間悩んだ様子を見せてから口を開く。
「ベタだけれど、清水寺かしら」
「あぁ! いいよね。わたしも清水寺は絶対行きたいなって思ってた」
おそらくだけど、清水寺は満場一致で行くことになるんじゃないだろうか。わたしの反応に、てれすは少し口角を緩めて話す。
「清水の舞台って、どのようなものか見てみたいし、音羽の滝もぜひ行きたいわ」
「たしかに。途中の道にお店がいっぱいあるみたいだから、行くときにちらっと見て、帰りにお土産もたくさん買えそうだよね」
京都と言えば、抹茶とか八つ橋とか。あとは……新選組? とにかく、それらを含めて、想像するだけでもわくわくした。
「ええ。……あとは、その、石……とか」
「石?」
石ってなんだろう、と思ったけど、すぐに清水寺について雑誌に書いてあったことを思い出した。
たしか、恋占いの石、みたいな名前だったはず。10メートルほどの距離がある石から石の間を、目を閉じてたどり着けたら恋が叶う……だったかな?
「って、え?」
わたしがいきなりじっとてれすのことを見つめたから、てれすは戸惑ったような反応を見せた。
「ど、どうしたの?」
「いや、だってそれって」
恋占いの石だよ?
石から石にたどり着けたら、恋が叶うんだよ?
ということは……。
「えっと、てれすってさ、好きな人とか……その、いるの?」
恐る恐る尋ねると、てれすは顔を赤く染めて、ぶんぶんと首を横に振った。首がとれてしまうんじゃないかってほど、強く否定する。
「い、いえ、そういうことじゃなくて。単におもしろいなって思っただけよ」
「そっかぁ」
なぜか、ちょっと安心した。
でも、てれすの言うとおりおもしろいし、素敵かもしれないとも思う。
そんな感じで京都について話していると、駅について電車に乗り込んだ。わたしが降りる駅が近づいてきたので、改めててれすにお礼を言う。
「てれす、今日はありがとね。急なさそいだったのに」
「いえ、そんなことないわ。さそってくれて嬉しかった」
「そう言ってくれたら、わたしも嬉しい」
二人で見つめ合って、小さく笑い合う。
やがてわたしが降りる駅に到着したので、胸の前で手を振って、
「それじゃ、てれす。また学校で」
「ええ」
てれすと別れた。
電車が見えなくなるまで見送って、ホームをあとにする。まもなく訪れる修学旅行に胸を弾ませながら、わたしは帰路に就くのだった。




