175話 副班長の理由
修学旅行の班と、その班長、副班長が無事に決まって放課後になった。
みんなと同じようにわたしも帰る準備をする。筆記用具やさっき授業でもらった修学旅行関連のプリントをカバンにしまっていると、早々と帰り支度を整えた隣の高井さんがカバンを持って立ち上がった。
「それじゃ、また明日ね最上さん」
「うん、また明日」
お互いに手を振り合って、教室を出ていく高井さんの背中を見送る。途中で高井さんは、赤川さんと合流してから廊下を歩いていった。
「よし」
わたしも帰る準備ができたので腰を上げる。てれすのところに行こう。
ちらと斜め後ろに目を向けると、てれすがゆっくりカバンにものをしまっているのが見えた。
「てれす」
「ありす」
てれすのすぐ近くまで移動して、声をかけるとてれすが顔を上げる。
「帰ろ?」
「ええ」
てれすがうなずいて席を立つ。と、横から声がかけられた。
振り返ってみると、「やっほー」と手をひらひらさせる犬飼さんと、その隣で遠慮がちに会釈をする猫川さんがいた。
「最上さんと高千穂さん、帰るの?」
「うん。二人は?」
「わたしたちは部活だよ。家庭科部」
犬飼さんが「ね?」と同意を求めて、猫川さんが小さく首を縦に振る。
どうやら、二人とも家庭科部らしい。高井さんと赤川さんも同じバスケ部だし、やっぱり部活が同じだと仲良しさんになりやすいのかもしれない。
「二人とも同じ部活なんだね」
「うん。ねこっち、めっちゃ料理上手なんだよ」
「へぇ! すごい!」
わたしたちに視線を向けられて、猫川さんは恥ずかしそうに俯いた。消え入りそうなほどの声で、犬飼さんの言葉を否定する。
「そ、そんなことないよ」
「そんなことあるって~……って、やば!」
時計に目を向けた犬飼さんが目を大きくさせる。
「早く行かないと! 部長に怒られる!」
「あ、う、うん……そうだね……」
「行こうねこっち! 最上さんと高千穂さんごめんね!」
「ううん、わたしたちこそ、話しちゃって」
「最上さんたちのせいじゃないよ。じゃあ、バイバイ!」
ドタバタと大慌ての犬飼さんに手を引っ張られて行く猫川さんの後ろ姿が廊下に消えたのを見送って、わたしはてれすに顔を向ける。
「……」
まるで台風のように慌ただしく、まったく落ち着きがなかった犬飼さんが去ったからか、てれすはため息を吐いていた。
「修学旅行、大丈夫かしら」
「たぶん大丈夫……だと思うよ?」
「……ありすが言うなら」
「それじゃ、わたしたちも帰ろう?」
「……そうね」
廊下を歩いて靴箱、そして正門をくぐって駅までの道をてれすを一緒に歩く。
ホームルームで決まったことを思い出しながら、てれすに話しかける。
「てれす」
「なにかしら」
「てれすが副班長でよかったよ。嬉しい」
「そう? それなら、よかったわ……」
てれすは目を逸らして、照れてしまったのか少しだけ頬を赤くする。
「でも、まさかてれすが自分からやるって言うなんて思ってなかった」
「たしかに、そうかもしれないわね」
てれすは自分でも意外に思っているのか苦笑を浮かべた。
そのくらい、今までのてれすから考えるとすごいことだったのだ。班長が友達のわたしだとはいっても、てれすがこういうことを進んでやるイメージはない。
「実は、あのまま誰も手を挙げてくれなかったら、てれすにやってもらおうかなって思ってたの」
「え、そうだったの?」
「うん。だから、すごく嬉しかった。どうしてやってくれたの?」
「どうして、そうね……」
うむむ、とてれすがあごに手を添えて考え込む。
「あ、別に変な意味じゃないよ?てれすと一緒で嬉しいのは本当だから」
「ええ、わかっているわ。……ありすが、班長だから、かしら」
「え、わたし?」
「その、他の人がやるといったら、わたしがするつもりはなかったのだけれど。なんというか、いつもありすはクラス委員でみんなに頼られてるでしょう?」
「えっと、そうなのかな?」
「そうよ。わたしにはそう映ってる。だから副班長をすれば、ちょっとでもありすの気持ちとかがわかるかなって、そう思ったの」
「そうだったんだ」
「ええ。わたしにも、できるかしら」
不安の色が滲んだ瞳を、てれすがわたしに向ける。その目をじっと見つめ返して、わたしは「うん」とうなずく。
「もちろん。二人なら大丈夫だよ」
「二人」
「そう。てれすは一人じゃないから。わたしもてれすを頼るから、てれすもわたしを頼ってね」
「……ええ、わかったわ」
「がんばろうね」
「ええ」




