170話 席が離れても
席替えが終わった後、残りの時間は連絡事項や予定の確認、プリントの配布が行われて、チャイムが鳴った。お日様はまだてっぺんに辿り着いていないくらいだけど、今日は始業式だったので、このホームルームだけで放課となる。
「はい。それじゃあ、今日はここまで。まだ夏休み気分かもしれないけど、明日から普通に授業が始まるから、気を引き締めてね」
という先生の言葉で締めくくられて、起立して礼をする。
先生が教室を出ていくと、クラスにはわっと活気が溢れた。これから遊びに行く人、終わっていない宿題をする人、さっそく部活がある人など理由はそれぞれだ。しばらくこの教室でおしゃべりに興じる生徒もいるだろう。
特に予定のないわたしは、配られたプリントをクリアファイルに入れて、ゆっくりと帰る準備をしていた。てれすをさそって一緒帰ろうと、ファイルをしまっても軽いカバンを掴む。と、隣の席の高井さんが勢いよく立ち上がった。
「それじゃ。また明日、最上さん」
「うん。高井さん」
短く会話をして、高井さんは小走りで教室を斜めに横断していく。目指しているその相手はてれすの隣にいる赤川さん。部活用のカバンも肩から下げているから、二人はきっとこれから部活なのだろう。
まだまだ暑いのに大変だなぁ、と思いつつも、わたしもてれすと同じ部活だったら楽しいだろうなぁとも思った。でも、今更新入部員なんてどこの部活動も困るだろうし、てれすも嫌がりそうだ。
ということで、わたしは腰を上げて、てれすのところへ向かった。
前まではすぐ隣の席だったから、この移動がすごく長く感じられる。おしゃべりをしたり、帰る支度をしている生徒の間を抜けて、てれすの席へ行く。
「てれす」
話しかけると、てれすはすぐに顔をこちらへ向けた。わたしの勘違いというか、思い上がりかも知れないけど、ちょっとてれすの表情が明るくなったような気がして、嬉しくなる。
「ありす」
「帰ろ?」
「ええ」
わたしが来るのを待っていてくれたのかもしれない。準備が終わっていたらしいてれすは、首肯してカバンを肩に掛けながら立ち上がった。
帰り道の会話は、やっぱり席替えについてだった。
「けっこう、離れちゃったよね。席」
「ええ。迎えに来てもらえるみたいで嬉しかったけど、やっぱり遠いわ……」
「対角線だもんね」
正確にいえば、てれすの席の対角線は高井さんなので、わたしではないのだけど、それでもほぼ対角線なので遠い。しかも前方の席であるわたしは、振り返らないとてれすを見ることができない。授業中にそんなことをしてはおかしな子だと先生に思われるかもしれないから、これまでみたいに、てれすの様子を見ることはほぼできなくなったと言ってもいい。
「あ、でもさ、てれす」
「どうかしたの?」
「うん。てれすの席って廊下側だよね?」
「ええ、そうだけれど」
「だったらさ、毎朝おはようって教室に入ってすぐ、てれすに言える」
隣の席ではなくなったけど、離れた席だからこそできることもある。
さっきてれすが言っていたみたいに、わたしが迎えに行く感じで帰ることもそのうちの一つだと思う。
席が離れているのも、案外悪くないのかもしれない。なんて思っていたけど、
「待って、ありす」
「へ?」
「一番にあいさつは嬉しいのだけれど、ありすのほうが教室に来るのは早いから、無理じゃないかしら」
「……あ、たしかに」
てれすに指摘されて、はっと気が付いた。
わたしとてれすの席が反対なら成り立ったけど、今のままでは難しい。わたしが学校に来る時間には、てれすの席は空席。ならば当然あいさつはない。
「うーん。ダメかぁ」
「わたしが早く行けば問題ないわ」
「ううん、無理しないでよ。そのせいで、てれすが寝不足とか、体調不良になるのとか嫌だし」
「……そう」
「うん。それに、普通に会いに行けばいいもん」
「たしかにそうね」
「でしょ? わたしが来たときにてれすがいなかったとしても、てれすが来たときにわたし、てれすの席に行くから」
「わ、わたしもありすの席に行くわ」
「うん。待ってるね……って、わたしたち、ちょっと大袈裟かな」
「……そ、そうかもしれないわね」
てれすも苦笑を浮かべる。
席は離れてしまったけど、クラスは変わらず同じなのだ。同じ教室にいるのだから、普通に会いに行けばいい。他の人たちだって、そうしている。なんなら、他のクラスに遊びに行っている人だっているくらいだ。
そう考えると、乗り切れるような気になってくる。
そうこうお話しているうちに、てれすとお別れする駅の近くまでやって来た。
「それじゃ、てれす。また明日ね」
「ええ」
胸の前で手を振っててれすを見送ってから、わたしは自宅へと向かった。
明日から今までとは違って、てれすと話して授業になるけど、ちょっとだけ楽しみだ。




