169話 ありすと隣の席
「せーの」
果たして、わたしはまたてれすの隣の席になれるのか。
ドキドキしている心臓の音を聞きながら、くじを開く。そこには、
「な、7番……」
一瞬、ほんの一瞬だけ1番に見えたけど、わたしが引いてきたくじに書かれていた番号は7番だった。ラッキーセブンだっていうけれど、今回に限って言えば全然ラッキーじゃない。
肩を落としながら、それでもどうしようもないことなので、苦笑を浮かべててれすに言う。
「あー、離れちゃうねてれす」
「ええ……」
てれすも寂しそうに肩を小さくしていた。飼い主さんに怒られてしゅんとしてる犬みたいだ。ちょっと可愛いって思うけど、そんな場合じゃない。てれすと離れてしまうなんて、わたしも嫌なのだ。
でも。
「あ、待っててれす」
「どうしたの?」
「まだわかんないよ」
「え?」
てれすはわたしが何を言おうとしているのか、予想もつかないらしく首をかしげる。
「でも、ありすは1番だから、わからないもなにも」
「隣は無理でもさ、前の席とか、近くなら」
「――ッ!」
私の言葉で、てれすははっと目を瞠る。
「そう、そうね。たしかに、その可能性はあるわね」
「うん」
少しだけ元気を取り戻したてれすが、興奮気味に言う。
隣同士じゃなくなったら、教科書の見せ合いっこや二人組で何かやるときに一緒にはできないけど、前の席ならそれはそれで違うことができると思う。プリントを配るときにてれすの顔を見ることができるし、軽いいたずらみたいなことをされてしまうかもしれない。
てれすの前の席になった自分を想像して、思わず口角が上がる。
ただし問題は、わたしが引いた7番がどこの位置なのか、ということだ。
「えっと、7番は」
黒板に書かれている7番を探す。てれすも一緒に探してくれるけど、
「あ、全然違う場所だ……」
7番の席は、今わたしの席がある列、つまり窓側から2番の列の一番前だった。てれすの新しい席は廊下側の一番後ろなので、対角線上といってもいいくらい離れてしまっている。
「……」
てれすはもう言葉を発することができないくらいには、ショックを受けてしまっていた。
これには、さすがにわたしも
「あはは、けっこう離れちゃうね」
「え、ええ。遠すぎるわ……」
「寂しいけど、仕方ないよね。くじだもん」
「でも、わたしがありすの隣が」
「わたしだって……」
でも、それを言ったら、他の人たちだって、隣になりたい友達がいるだろう。わたしたちだけわがままを言うわけにもいかない。
「てれす、離れちゃうけど、休み時間とかはお話ししに行くから」
「……ええ」
「移動教室とかも一緒だし、帰るのも一緒だから」
「……そうね。また、席替えをするときまでだものね」
「うん」
こうして、わたしとてれすは別々の席へと移動した。次の席替えはいつだろうか、なんて気が早いことを頭の中で考えていると、
「あら、最上さん」
隣から話しかけられて、顔を向ける。
「あ、高井さん」
わたしの左側の隣の席は、高井さんのようだった。誰か嫌、なんてことはないけど、仲がいい人が隣だったので、ちょっと安心する。
いつまでも落ち込んでいるわけにいかないので、気持ちを切り替えないと。
「よろしくね、高井さん」
「うん、よろしく」
てれすの隣は誰になったのだろう、と気になって斜め後ろに振り返る。わたしの席から、てれすの顔が見にくいことに落ち込みつつ、なんとか目を凝らしてみると、てれすの隣は赤川さんだった。
体育祭以来、てれすは高井さんと赤川さんと仲良しさんなので、安堵の息を吐く。
正面に向き直ると、先生が変わった席順を紙にメモしているところだった。
それが終わるまで待っていると、ふと思い出した。
「……あれ、そういえば」
前回、てれすの隣になれたのは、わたしとてれすのくじ引きの運が良かったからではなかった。てれすは一番前の席だったけど、同じ列の一番後ろの子が視力を理由に交代を申し出て、てれすはわたしの隣になったのだ。
その際、先生は問題児だったてれすが一番後ろの席になることを心配していたけど、クラス委員であるわたしの隣、ということでそのままになった。
……もしかすると、今回も。
てれすは一番後ろの席。
それを問題視してくれれば、隣の席になれるかもしれない。
少し希望が湧いてきて、先生に期待の視線を送る。ちょうど、先生もそれに気が付いたらしい。
「あ、また高千穂さんは一番後ろなのね……」
てれすを見つめて、先生はあごに手を当てて、少しの間思案する。数秒後、柔らかく笑みを浮かべた。
「ま、そのままでいっか。もう大丈夫よね」
え。
つまり、てれすがクラスに馴染んで、先生にも信頼されてきた、ということ。喜ばないといけないはずなのに、なんだか少し複雑な気持ちになってしまう。自分の心が狭いのがわかって、自己嫌悪してため息が出る。
「……」
これで、今回の席替えは終わった。残りの時間で先生が、明日からの予定を話してくれていたけど、落ち込んだわたしの耳にはあんまり聞こえてこなかった。




