165話 もっとわたしを
夜空を色とりどりの花火が装飾しているなか、てれすが真剣な表情でわたしのほうに顔を向けた。
思わずドキッとしてしまったのを悟られないよう努めていると、ゆっくりてれすが口を開いた。
「ありす」
「ど、どうしたの?」
首をかしげるわたしに、てれすは柔らかなふわりとした笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
「え、うん。どういたしまして?」
どうしてお礼なんかされたんだろう。特にそう言われるようなことはしていない気がする。
わたしの心の中の疑念がてれすにも伝わったのか、てれすは慌てた様子で言葉を継ぐ。
「その、なんていうか。今日だけじゃなくて、こんなに楽しい夏休みは初めてだったから……」
「そんなの、わたしの方こそだよ」
わたしの言葉にてれすが「本当?」と尋ねてきたので、大きく強くうなずく。
今までの夏休みだって、楽しかったのは間違いない。一緒に遊んだり、夏祭りに行ったりすることはあった。でも、今年みたいに誕生日会をしたり、誰かと宿題をしたり、それこそ喧嘩をしちゃったり。わたしにとっても、ちょっぴり特別な夏休みだった。
てれす一瞬だけ頬をほころばせて、しかしすぐに視線を俯かせて、浴衣の胸の辺りをぎゅっと両手で握った。
「なんだか、もうすぐ夏休みが終わってしまうって思うと、すごく寂しいの。変ね。今まではこんなこと思ったことなかったのに」
「わたしもわかるよ。でも、学校でも会えるし。それに、2学期は行事がたくさんでもっと素敵な思い出を作れるよ」
「……そうね。でも、学校が始まると……」
か細い声でてれすはつぶやく。花火のせいもあって、この距離でも聞き取るのがギリギリだ。
「そう思うとちょっと、始まってほしくないって考えてしまうの。こんなこと、思うのは初めてで……」
言って、てれすは目を伏せる。少しの間だけ瞑目して、やがててれすは顔を上げた。
同時に、周囲の人たちから「おぉ!」という歓声が沸き上がったのが聞こえた。時間的には、そろそろフィナーレが始まるのだろう。
それでも、わたしは空ではなく、てれすの言葉に耳を傾ける。
「――ありす」
「うん?」
「もっと。もっと、わたしを見て、ほしい……」
刹那。
見上げていると吸い込まれてしまいそうな闇色の空に、今日一番の大きな光の花が咲いた。その光に照らされているてれすの美しい表情に息を飲む。ほっぺたが紅潮して見えるのは、花火だろう。
……あ、あれ?
不思議な感覚に陥ってしまう。女の子同士で友達同士だというのに、ドキドキと心臓が脈打つ。
それはきっと、てれすが美人なのと、花火でわたしの気分が高揚しているせい。もしもわたしが男の子だったら勘違いをしてしまっているだろう。
ということにして、わたしは首肯する。
「……うん」
てれすのこと、もっと知りたいと思っていた。
気を遣うとかじゃなくて、もっともっと仲良くなりたい。距離を縮めたい。前みたいに喧嘩することもあるかもしれないけど、それは喧嘩するだけの間柄ということ。すれ違ったら悲しいし寂しいけど、ちょっとだけ嬉しくもあった。
もう一度、わたしはてれすにうなずいてみせる。
「うん」
「あ、ありがとう……」
「ううん。あ、もうすぐ花火終わっちゃいそう! ほらほら、花火見よ! 花火!」
「え、ええ」
わたしが空を指差すと、てれすは花火に顔を向けた。
その顔をちらと横目で見る。そして少しだけ、てれすのほうに寄った。
てれすは花火を見上げていて、わたしには気づいていない。
夏休みは終わるけど、まだまだ何も終わらない。わたしとてれすは知り合って、友達になってまだ半年くらいなのだ。これからのことを考えると、始まったばかり。
これから積み重なっていくのであろうたくさんの思い出に心を弾ませながら、わたしは今年の夏最後の思い出をしっかり刻み込んでいた。




