164話 てれすと花火
ご飯を食べて、射的で遊んだわたしとてれすは、もうすぐ花火が始まるということでその場所取りに向かっていた。
まだ花火が打ち上がるまでには時間があるけど、この夏祭りで花火が一番見やすいとされていた橋の上はすでに多くの人たちが集まっていた。もう少し早めに行動しても良かったかもしれない。
露店を巡っていた時と変わらない人の数に、てれすがため息を吐いた。
「……すごい人ね」
「そうだねぇ」
首肯しながら周りを見る。
みんなが川から海に続いている方角の空を見上げて、花火が始まるのを今か今かと待っているようだった。
わたしたちもこの場所で見られたら一番良かったんだけど、手すりの辺りはすでに人がいっぱいでそれは無理そうだ。ちょっとだけ早足で移動して、橋を渡り切る。
橋のたもとから河原に下りるところに目を向けると、ここにも人が集まっていた。でも、橋の上よりは余裕がありそうだ。橋の上ほどではないにしても、きっと綺麗に見ることができるだろう。十分いい場所だと思う。
「てれす、この辺りはどう?」
「ええ。いいんじゃないかしら」
てれすがうなずいてくれたので、わたしたちはこの場所から花火を見ることにした。よく見ると、河原へ下りていく坂道に座っている人が多くいた。わざわざ下に下りていかなくてもいいみたいだ。
さっそくてれすが「よいしょ」と腰を下ろそうとしたので、わたしは慌てて声をかける。
「ちょっと待っててれす」
手入れされているとはいえ、しっかり草の上に直接座ってしまうと、せっかくの浴衣が汚れてしまう。わたしは急いで巾着袋から、桜色のハンカチを取り出した。
「あ、てれす。これ使って?」
「いいの?」
「うん。浴衣が汚れちゃうでしょ?」
てれすはわたしが差し出したハンカチを、遠慮がちに見つめる。そして首を横に振った。
「それだとありすのハンカチが汚れてしまうわ」
「それは気にしないで?」
「でも……それに、ありすは?」
「大丈夫。もう一つハンカチ持ってきてるから」
備えあれば患いなし。転ばぬ先の杖、だ。
何かと使うかなと思って、ハンカチを2枚持ってきておいてよかった。わたしが巾着袋からもう一枚のハンカチを取り出して見せると、てれすは「それなら……」とやっと受け取ってくれた。
「……わかったわ。ありがとう」
「うん!」
ハンカチを敷いた上に、腰を下ろす。
スマホで時間を確認すると、花火が始まるまでもうあと少しだった。周りにいる人たちもそれをわかっているのだろう。そわそわとした空気が伝わってくる。
そして、周りを見ているとふと気が付いた。
「……」
当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど、なんだかカップルが多いのだ。もちろん、友達や家族で来ている人たちもいるだろう。けど、明らかに恋人だと思われる人たちに囲まれていた。
そう考えると、なんだか変に意識してしまって、わたしは自分の顔がちょっと熱くなるのを感じた。
ちらとてれすを見ると、わたしの視線に気づいて首を可愛らしくかしげる。
「ありす?」
「あ、ううん。なんでもないよ」
「そう?」
やっぱり、てれすは美人だなぁ。いつも素敵だけど、今日は浴衣姿ということもあって、いつも以上に魅力的だ。いつかはてれすも……。
そんなことが脳裏をよぎって、わたしは首を振った。
と。
「――ッ!」
いきなり空が明るくなって、わたしは顔を上げる。
夜空には光で作られた赤色の大きな花が咲いていた。一発打ち上がったのを合図に、真っ黒な闇色のキャンパスを無数の光が彩っていく。
「すごーい!」
思わず、そんな声が零れていた。
様々な形や色の花火が世界を照らす。その幻想的な光景を前に、わたしはつい興奮気味にてれすに話しかける。
「すごいすごい! ね、てれす!」
「ええ」
首肯したてれすの横顔を覗く。
「……とても綺麗ね」
花火に照らされたてれすの顔に、わたしは息をのんだ。
てれすのほうが綺麗。そんな言葉は恥ずかしくて、とてもじゃないけど言えたものじゃない。けど、花火を見てため息をついているてれすの姿は、まるで映画やドラマのワンシーンみたいだった。
さすがてれす。さすてれとも呼べる光景に、わたしが目を離せずにいると、不意にてれすがこちらに顔を向けた。
「あの、ありす」
「ん?」
眺めていたのがバレたのかと内心ドキリとする。が、どうやら、そのことではないらしい。
てれすは口元こそ柔らかに緩めているけど、わたしを映している瞳は真剣だった。ゆっくりと、てれすは口を開く。
「ありす――」




