161話 てれすと浴衣
てれすと一緒に夏休みの宿題を終わらせてから数日。夏祭りが行われる土曜日になった。
19時から花火が始まるということなので、わたしとてれすは17時30分に駅で一回集まってから、一緒に行く約束をしている。
「てれす、まだかなぁ」
つぶやくけど、早めに到着してしまったので、てれすが来るのはもう少し先になるだろう。
駅を見渡してみると、わたしたちと同じくお祭りに行く人たちで活気に溢れていた。楽しそうに改札をくぐっていく人たち。その格好は色とりどりの浴衣で鮮やかなものだった。
自分の服装に目を落とす。
わたしの格好も周りの人々と同じように浴衣なんだけど、うーんと思案を巡らせる。
「てれすはどうなんだろ」
てれすのことだから、浴衣ではなくいつもどおりの服装な気がする。わたしだけ張り切っているみたいになるのは、なんだか恥ずかしい。
そうしたこともあって、そわそわと待っていると、スマホから軽快な着信音が聞こえた。
『もうすぐ着くわ』
『りょうかい!』
返事をして、スマホを巾着にしまう。
それから数分後。
改札からてれすがやって来た。てれすはわたしを見つけて、パタパタと駆け足で向かって来る。
「ありす」
「あ、てれす――ッ!」
わたしは目を見開く。
てれすは浴衣姿だった。いつもは長くて綺麗な黒髪も、今日はまとめられている。それに落ち着いた色合いの浴衣がすごく似合っていた。
わたしがじっと見つめて、見惚れてしまっていたからか、てれすが不思議そうに首をかしげる。
「あ、ありす? どうしたの?」
「ご、ごめん。てれすの浴衣が似合いすぎてて」
「そんなこと」
「ううん! すっごく似合ってる。綺麗だし可愛い!」
まるで着物のカタログに載っているモデルさんみたいだ。
わたしが拍手しながら言うと、てれすはほっぺたを真っ赤にして、顔をぷいっと逸らした。
「わ、わたしはいいって言ったのに、お母さんが着ていけって……」
「あぁ、なるほど」
そういうことか、と納得する。
わたしだけ浴衣にならなかったこと、そして、てれすの浴衣姿を見ることができたという二つの意味で、てれすのお母さんには感謝だ。目に焼き付けておくとしよう。
しかし、当の本人であるてれすは、恥ずかしそうに目を伏せていた。ちらちらとこちらを見て言うものだから、上目遣いになって破壊力がすごい。
「わたしも浴衣だし、わたしはすごくよかったと思うよ?」
「そ、そう?」
「うん。ほら、一緒だし」
自分も浴衣であることをアピールする。
と、てれすはうなずいた。
「……そうね。ありすと一緒。あの、ありすも、すごく素敵よ」
「あ、ありがとう」
社交辞令かも、とは思うけど、てれすに言われるのはすごく嬉しい。
わたしは照れ隠しも含めて、移動を促すことにした。
「えっと、そろそろ行こうか。まだ花火は始まらないけど、屋台とか巡りたいし」
「そうね。花火って何時からだったかしら」
「19時だよ。だから、一時間くらいは遊べるんじゃないかな」
「会場、けっこう遠いのよね?」
「うん。ちょっと遠出になるかも」
てれすと遠出をするのは、これが初めてかもしれない。というか、こんな時間に出歩くのが初めてだ。そう思うと、ちょっとドキドキする。
しかし、てれすの表情は曇っていた。
「人、絶対すごいわよね……」
「だろうねぇ」
会場までまだ距離があるうちの近くの駅ですら、この人だかりだ。向こうに着けば、これ以上になるのは間違いない。
「あの、ありす。だから……」
てれすがもじもじとしながら、右手を差し出してくる。
「……? あぁ、うん。そうだね」
すぐにその意味はわかった。
手を繋ぎたい、ということだろう。周りにも手を繋いでいる人はいっぱいいたし、わたしたちも。
「はい。たしかに、はぐれたら大変だもんね」
「……ありがとう」
「ううん」
わたしはてれすの右手をぎゅっと握り返す。
そして、わたしたちはお祭りへ向かった。




