157話 仲直り
「てれす、何があったの?」
夏休みの間、てれすのお誕生日会を終えた後からずっと感じていた違和感。それはやっぱり気のせいなんかじゃなかった。今日、こうして久しぶりにあって疑念は確信に変化した。
さっきまで活気づいていた空気が一変して、しんと静まり返っている。カラオケにいるとは思えない静寂だった。
「別に、なにもないわ」
「嘘。絶対おかしいよ。教えてよ」
押し問答が続く。これでは埒が明かない。
と、わたしたちの間に、遠慮がちな声が割って入って来た。
「えっと、二人とも?」
顔を向けると赤川さんが心配そうにこちらを見つめている。その隣にいつ高井さんも、表情は赤川さんと同じだ。
「喧嘩はやめよ? ね?」
「う、うん……」
「そうね……」
喧嘩じゃないけど、とりあえずうなずいておく。
今はてれすと2人ってわけじゃない。高井さんと赤川さんもいるのだから、二人も巻き込んで迷惑をかけるわけにはいかない。
でも。
ちらりとてれすの顔を見る。
「…………」
俯いているてれすは、やっぱり少し違う気がする。なにがどう、と説明できないのがもどかしい。
だからこそ、はっきりさせたい。てれすとこんなの嫌だ。
そんなわたしの胸中を察してくれたのか、それとも態度に出てしまっていたのか。高井さんが息を吐いた。
「赤川」
「なに?」
「飲み物、取りに行きましょう」
「え、でも」
高井さんの提案に驚きの色を見せて、赤川さんがその顔のままこちらに視線をよこす。
だけど、高井さんにまだ中身が3分の1ほど残っているコップを押し付けられながら立ち上がった。
「いいから」
「わ、わかったよ」
部屋を出ていく際、振り返った高井さんが言う。
「最上さん、高千穂さん。ちゃんと解決して? そのほうが、楽しくできるでしょ?」
2人が出ていって、扉が閉まる。ガチャリ、という音がやけに響いて聞こえた。気まずい沈黙に包まれる。
わたしは2人に感謝しつつ、てれすに話を切り出した。
「てれす。何があったのか、黙ってないで話してよ。話してくれないとわかんないよ」
「……くせに」
「え?」
「ありすのほうこそ、わたしに黙ってたことがあるくせに」
「わ、わたし?」
「ええ、そうよ」
咎めるようなてれすの視線。
だけど、わたしには思い当たる節が、すぐには思い浮かばない。そんなわたしに、てれすはさらに視線を鋭くして言った。
「嘘、吐いてたでしょ」
「嘘?」
「ええ。図書室で高井さんと赤川さんの勉強会をしたとき、福原さんに呼び止められて、そのとき何を話してたのかって聞いて何もないって言ってたのに、この前福原さんと一緒に楽しそうに遊んでたじゃない」
「それは……」
まくし立てていくてれすの顔は、段々と曇っていく。
思わず返事に詰まってしまう。たしかに、嘘を吐いたと言えば、嘘を吐いたのだろう。
てれすと美月ちゃんはあんまり仲良くなさそうというか、まだお互いに歩み寄ろうって感じがしなかったから、美月ちゃんと遊ぶ約束をしたことを黙っていた。でも、そこに悪意はない。
「黙ってたのは、ごめん。でも、それもてれすのためを思ってのことなの」
「ええ、ありすのことだから、そうかもしれないと思った。ありすが友達と遊ぶのも普通のことだと思う。でも、嘘を吐かれたことがショックだった」
「……ごめん」
「福原さんに向けている笑顔を見たら、もしかして、わたしの相手をするのが疲れちゃったんじゃないかって。2人でわたしの愚痴を言ってるんじゃないかとか考えてしまうの。わたし、ありすの負担なの?」
「そんなことない。疲れないし、楽しいよ。あ、もちろん、あることによっては疲れるかもしれないけど、てれすと一緒にいることを、そんな風に感じたことは一回もない」
「ほんとう?」
「ほんと。それに、相手をするって言い方やめてよ。そんなつもりじゃないよ。わたしはてれすが好きで、好きだから……」
「わたしがさそったら、断られた」
「それは本当に偶然なんだよ」
まさか、てれすがそんなことを考えていた時と重なってしまっていたなんて思いもしなかった。タイミングが悪すぎるというか、こういうことになっている。
「てれすが嫌いとか、そんなことはない。絶対に違うよ。てれすを嫌いになるはずないでしょ?」
「ほんと?」
「ほんとほんと。むしろ、最近はわたしのほうがてれすに嫌われちゃったのかなって、心配だった……」
「そんなはず、ないじゃない」
てれすは一瞬だけ目を丸くして、すぐに首を振った。はっきりと力強く言い切る。
「わたしは、ありすのことを嫌いにならないわ」
「だったら、わたしも一緒」
わたしが言うと、てれすは両手をおもむろに広げた。
「……ぎゅっとして」
「え?」
「して」
頑として譲らないてれす。
ハグをしろということらしい。
「うん」
わたしはてれすに近づいて、その細い身体をぎゅっと抱きしめる。
温かかった。
「ごめんね。てれす」
てれすのためとはいえ、わたしが嘘を吐いたことが原因で引き起ってしまったことだったらしい。てれすのためにとしたことが、かえっててれすを傷つけてしまった。
「……わたしのほうこそ、ごめんなさい。子どもみたいね」
「ううん。……もう、離れてもいい?」
「ええ」
「いつも通りに接してくれる?」
「ええ」
「カラオケ、楽しめそう?」
「ええ」
てれすがすべて首肯してくれたので、安心して離れる。
テーブルの上にあるリモコンが目に入ったので、提案する。
「一緒に何か歌おう?」
「ええ。そうね、ぜひ」
と、穏やかな笑みを浮かべるてれすは、やわらかで優しくて、わたしの大好きなてれすだった。




