156話 てれす、何があったの?
駅近くのカラオケに入ったわたしたちは受付を済ませた。ドリンクバーも注文したので、ジュースを片手に指定された個室へと向かう。
一番初めに暗い室内に入った高井さんが電気を付けながら歓声を上げる。
「おー! けっこういい感じ」
「あー、ほんとだね、高井」
赤川さんがそれに続いて、わたしとてれすも部屋に入る。
当たり前だけど、内装や設備は前にてれすと来た部屋と変わりなさそうだ。部屋の奥にはテレビ画面があって、中央に机、そのサイドにソファが配置されている。
高井さんと赤川さんが自然な様子で隣同士に座ったので、わたしとてれすは同じソファに腰を下ろす。一息ついていると、高井さんがリモコンやマイクを用意して言った。
「さてと。誰から歌う?」
「とか言いながら、高井歌う気満々じゃん」
「あ、バレた?」
てへ、と舌を出す高井さん。わたしとてれすに「いいかな?」と目線で問いかけてきたので、わたしもてれすも首肯した。正直、一番最初はとても緊張するから、助かったという気持ちのほうが大きい。
そんなわたしの内心を慮ってくれたのかどうかはわからないけど、高井さんは上機嫌にリモコンを操作して、歌う曲を選択し始めた。と、高井さんの隣に座っている赤川さんが、はっとした表情になって、画面を覗き込んで言う。
「高井、この2人の前なんだから、変な曲はやめてよ」
「変な曲って何?」
「あの、お前が死んで俺も死ぬ、みたいなやつ」
「えー? あれカッコいいじゃん」
と赤川さんに抗議する高井さん。
2人の会話からはイマイチ予測ができないけど、気を遣ってもらいたくはないと思う。時と場合によってはそういう配慮も必要かもしれないけど、友達同士なんだし、好きな曲を歌ってくれたほうが、お互いにとっていいだろう。
知らない曲を聞いて、2人のことをもっと知ることができるかもしれない。
「高井さん、わたしたちのことは気にしないでいいよ?」
「だってさ、赤川。高千穂さんは?」
高井さんから尋ねられて、てれすは「え」と固まる。その反応からして、話を聞いてなかったのかもしれない。
考え事かな、なんて思いつつ、てれすに内容を教える。
「好きな曲を歌ったほうがいいよねって、話だよ」
「……そうね。そのほうがいいと思うわ」
「よっし、ありがと2人とも」
高井さんはぐっと拳を握って、曲が決まったのかリモコンをテレビに向けた。リモコンを赤川さんに渡して、代わりにマイクを持つ。すぐにイントロが流れ始め、歌い始めた。
そして高井さんが歌い終わって、わたしたちは拍手をする。
……結論から言うと、すごかった。
なんというか、ロックと言えばいいのか、今までにない感じだった。となりのてれすもびっくりしているようだった。
続いて、赤川さんがしっとりと恋愛ソングを歌い切り、わたし、てれすも順々に歌っていった。やっぱりてれすは上手で、高井さんも赤川さんも「おー」と感心というか、聞き入っていた。
それから更に一周して、三週目に入ると、
「赤川、これ一緒に歌お」
「どれ? あぁ、うん。いいよ」
2人がデュエットを歌い始めたので、わたしは前回てれすと約束していたことを思い出した。わたしとてれすも一緒に歌おうと約束をしていたのだ。練習もしたし、たぶん大丈夫だろう。
今やると、なんだか二人に対抗しているみたいになるのはちょっと、あれかもしれないけど。それでも、てれすと一緒に歌いたいという願望が勝った。二人の歌に耳を傾けているてれすに提案する。
「てれす。わたしたちも一緒に歌わない?」
「い、一緒に?」
「うん。前に約束したでしょ?」
「あ、あぁ、そうだった、わね」
てれすの返事はイマイチはっきりしないというか、少し引っかかる感じだった。
「嫌だったりする?」
「へ? いえ、そんなことは」
「じゃあ、歌おう?」
「え、ええ……」
うなずいてくれたけど、やっぱりいつもと違う。今日は渋々と言った感じだ。てれすははっきりと自分の意見を持っているから、煮え切らない感じのこんなのはおかしい。
「ね、てれす」
「なにかしら」
「今日、変じゃない?」
「へ、変? そんなこと――」
「あるよ」
てれすの言葉を遮るように、わたしは言い切る。
わたしだけじゃなくて、高井さんも感じていたんだから間違いない。疑いくらいだったけど、たった今、確信に変わった。
わたしの思わず強くなってしまった口調に、てれすは押し黙っていた。
いつも間にか曲が終わっていたらしく、わたしとてれすの間に流れる空気が変わっていることに気が付いたのだろう。赤川さんが慌てた様子で声をかけてくる。
「ど、どうしたの最上さん」
心配してくれたのは嬉しいけど、それどころじゃない。
わたしは赤川さんではなく、黙ったままのてれすに向けて口を開く。
「てれす、何があったの?」




