146話 てれすの初カラオケ
ケーキもプレゼントも喜んでもらって、
次はカラオケで歌う練習をしたいのだけど、いかんせん、てれすを膝枕している状態が続いている。これがわたしの家とか学校だったらこのままでもいい。でも、カラオケは時間制だから、このままでいるわけにもいかない。
「さ、てれす。そろそろ歌おう?」
「……そうね」
少し残念そうにつぶやきながらも、てれすが起き上がる。
今日はてれすの誕生日会をやるのも目的の一つだけど、カラオケの練習をするのも忘れてはいけない。
テーブルの上にあるリモコンを手に取って、てれすに尋ねる。
「てれすって、どういう曲が好きなの?」
「うーん、特に好きな曲とかはない、かしら」
「そっかぁ……これ見て適当に探す?」
「そうね、そうするわ」
リモコンをてれすに渡すと、てれすはピコピコ操作して曲を探し始めた。わたしはジュースを飲みながら、それを見守る。
やがて、色々試しながら検索していたてれすの手が止まった。
「あ、これは知っているわ」
「あぁ! これって、たしかドラマの主題歌になってたよね?」
「そう、なのかしら。あまりテレビを見ないから知らないわ」
たしか2、3年前に放送されていた恋愛ドラマだったような気がする。お母さんと一緒に見ていたことを思い出した。
たぶんだけど、赤川さんや高井さんも知っていると思うし、「懐かしい!」とか言って盛り上がりそうだ。
相手に合わせるとかじゃなくて、自分が好きな曲を歌えばいいと思うけど、てれすの選択は無難と言うか、とりあえず浮くことはないだろう。
「じゃあ歌おう! 楽しみだなぁ」
「そ、そんなに期待しないで……別に普通よ?」
「またまたぁ」
なんでも上手くこなすてれすだから、嫌でも期待してしまう。てれすはわたしの視線から逃れるように顔を逸らして、曲を選択した。
イントロが始まって、てれすが歌い始める。
「~~♪」
「――ッ!」
めちゃくちゃ上手かった。
2年生になってからはカラオケに来たことはなかったけど、今までに来た誰よりも、てれすは上手かった。聞いていて心地いいというか、素人のわたしでもすごいとわかる。さすがてれす、さすてれだ。
てれすは歌うことに一生懸命になっているようで、わたしがそんなことを考えているとは思ってもいなさそうだ。テレビ画面を見ていた。
歌声もさることながら、真剣な横顔が美しい。
てれすの歌に聞き惚れていること数分。
「~~♪」
歌い終わって、てれすは安堵の息を吐いた。マイクを握っていた手を下ろして、わたしのほうに振り向く。
「どうだったかしら?」
わたしは全力の拍手でそれに答える。スタンディングオベーションだった。
「すごい! すごいよ、てれす!」
「え、そ、そうかしら?」
「うん。すっごくよかった!」
思わずてれすの手を握って、感動を伝える。てれすは照れたようにほっぺたを赤く染めて、顔を俯けた。
「あ、ありがとう……」
「ううん」
「あ、そうだ、ありす」
「なぁに?」
首をかしげる。
「その、一緒に歌いたい、わ……」
「一緒に?」
てれすはコクッとうなずく。
「ダメ、かしら」
「ううん、ダメじゃないけど」
わたしが入っちゃうと、てれすの邪魔にしかならないような気がする。
「わたし、そんなに上手くないけどわたしとでいいの?」
「もちろんよ。わたしはありすの歌、好きだわ」
「あ、ありがとう……」
今度はわたしが照れる番だった。
顔が熱くなって、なんだか恥ずかしい。てれすに指摘される前に話を逸らす。
「えっと、それじゃ練習しよっか?」
「ええ」
それから、わたしとてれすは一緒に歌う曲を選んで、練習した。もちろん、個人で好きな曲も歌って、あっという間にカラオケの時間は過ぎていった。
2時間では少なかったかもしれない。
ということで、少しだけ延長して、てれすの誕生日会兼カラオケの練習は終わった。
カラオケ店を出て、てれすを見送るために一緒に駅へと向かう。
「いや~、歌った歌った」
「初めてだったけど、すごく楽しかったわ」
「あはは、そう言ってもらえるとありがたいよ」
「プレゼントとケーキも、本当にありがとう」
「ううん。喜んでもらえて、嬉しい」
てれすは優しい手つきで、髪をくくっているヘアゴムに触れる。
「大切にするわ」
やがて駅が見えてきた。
このままてれすの家についていきたいところだけど、それはグッと我慢。手を振って、てれすと別れる。
「それじゃあ、またね」
「ええ、また」
夏休み中で、学校があるわけじゃないのに「またね」と言い合えたことに嬉しくなった。




