143話 1学期終業式
「――というわけで、明日から夏休みです」
黒板と教卓の間に立って、担任の彩香ちゃん先生が言う。その言葉通り今日は終業式で、明日からいよいよ待ちに待った夏休みが始まる。
そのせいあってか、教室の空気も少し浮ついているようだった。
「変なことをして、呼び出されたりしないようにしてくださいね。みんなも嫌だと思うけど、先生も嫌ですからね。それじゃあ、また夏休み明けに会いましょう」
礼をして先生が教室から出ていくと、一気に空気が弾けたような気がした。もうすでに予定があるのか、すぐに帰る人や友達と集まっておしゃべりに興じるクラスメイトたち。
わたしも同じように隣の席のてれすに話しかける。学校で会うことはしばらくないから、夏休みの予定を確認しようと思っていた。
「てれす、夏休みのことなんだけど」
「ええ」
通知表やプリントを丁寧にクリアファイルに入れてから、てれすがわたしのほうに顔を向ける。
今日は7月20日だから、まず最初の予定はてれすの誕生日だ。その日のことを話そうとしていると、
「最上さん、高千穂さん」
名前を呼ばれて振り向く。そこには高井さんと赤川さんが立っていた。
「どうしたの?」
「今さ、時間大丈夫?」
「うん、平気だよ。てれすは?」
「ええ、わたしも大丈夫よ」
「よかった」
わたしとてれすがうなずいたのを見て、赤川さんは安心したように息を吐いた。
何かあるのだろうか。追試は終わったはずだけど、何の用事だろう。
「追試のとき、本当にありがとね」
追試があった、つまりわたしとてれすでパンケーキを食べに行った次の日に、たくさん言ってもらった言葉を再び口にした。だから、わたしもそのとき返したのと同じような返答をする。
「ううん、気にしないで。合格したのは二人ががんばったからだよ」
「それでなんだけど、高井と話し合ってね」
赤川さんはちらりと高井さんを一瞥して続ける。
「夏休み、どこかに遊びに行かない? わたしと高井は部活があるから、ない日とか午前だけの日とかに、カラオケとか。どうかな?」
カラオケか。てれすとは一回も行ったことないし、すごく行ってみたい。きっとてれすは歌も上手いんだろうなぁ。夏休み、てれすに会える日が一日増えるのは単純に嬉しかった。
それに、二学期は修学旅行とか文化祭とか大きな学校行事が多いから、赤川さんや高井さんと仲を深めるのも大切なことだと思う。けど、肝心のてれすは、あんまりカラオケとか好きじゃないかもしれない。
「うん、わたしは行きたい。あ、でも、お礼とかそういうのは嫌かな。普通に遊ぼう?」
「そのつもりだったんだけど、わかった。普通にね。高千穂さんは?」
「ありすが行くのなら、わたしも行くわ」
てれすが言うと、赤川さんは驚いたように目を大きくした。
「ほんと!?」
「え、ええ。何か問題があったかしら」
「ない、ないよ! だけど、高千穂さんはカラオケもそうだけど、みんなで遊んだりするのとか、あんまり好きそうじゃなかったから」
「興味は、あったから……」
「そっか! よかったよ。ね、高井?」
赤川さんに話をふられて、高井さんも大きくうなずく。
「そうね。それで日程だけど、たぶん近いうちに夏休みの練習予定表をもらえると思うから、それから連絡で大丈夫?」
「了解! てれすにも伝えるね」
「うん。それじゃ、行こうか赤川」
「それじゃあね!」
またね、と手を振って、上機嫌で教室を出ていった二人を見送る。二人が教室から見えなくなり、わたしはてれすに気になっていたことを質問した。
「てれす、よかったの? わたしが行きたいからって、無理とかしてない?」
「ええ、興味があるというのは本当だから」
「それならよかった」
「でも、その、ありす……」
小さな声で、わずかにほっぺたを赤くしててれすが言う。
「今まで、行ったことがないから、少し不安で……」
「え、一回も?」
「ええ、一度も」
顔を俯けるてれす。だけど、わたしは名案を思いついた。
「あ、そうだてれす」
「?」
「てれすの誕生日の日、遊ぶ約束してるでしょ?」
「ええ、そうね」
「その日、カラオケ行こうか。予習がてら」
「いいの?」
「うん。もちろん」
「ありがとう、ありす」
「どういたしまして。わたしたちも帰ろうか?」
「ええ」
このあと、わたしはてれすの誕生日プレゼントを買うため、帰宅してからショッピングモールに向かった。
今年の夏休みは予定も現時点でけっこう予定も決まっているし、すごく楽しくなりそうだ。




