129話 帰宅と午後から
スーパーでのおつかいを終えて、わたしとてれすはわたしのお家に向かっていた。
時間はたぶん1時間とかそこら。2時間は経過していないだろう。
お宅によっては、もうお昼ご飯を食べていてもいい時間帯だけど、朝ごはんを食べたのが遅かったこともあって、あまりお腹は空いていない。
ということは、あと1時間2時間は勉強でもすることになると思う。
今日のこのあとの予定を頭の中で考えていると、お家が見えてくる。
「てれす、ごめんね。重たかったでしょ?」
「いえ、大丈夫よ」
「ありがとね」
てれすに感謝しつつ、わたしは玄関の前に立つと扉を開けた。
レディーファースト……はわたしもレディだからおかしいかもしれないので、てれすファーストである。
「どうぞ」とてれすを促して、先に入ったてれすに続いて、わたしも家の中に入る。
「ただいまー」
そして靴を脱ごうとしていると、てれすの困ったような表情が目に入った。
お母さんから頼まれたものは全部買って来ているので、何かを忘れたということはない。だとしたら、どうしたのだろうか。
「てれす?」
「あ、いえ。その、わたしはどう言えばいいのかな、と思って」
「なにを?」
「今、ありすはただいまって、言ったじゃない?」
「うん。……あぁ、そういうこと」
つまり、てれすは「ただいま」と言うべきなのか「お邪魔します」と言うべきなのか迷ってる、というわけだ。
たしかに、自分の家ではないところに「ただいま」というのはあれかもしれない。しかし、お泊りしている家に、もう一度「お邪魔します」と言うのは他人行儀すぎる気もする。
少しの間、わたしは考えて、すぐに答えを出した。
「ただいま、でいいと思うよ」
「そ、そう?」
「うん。だって、今はうちが、てれすの帰って来る場所だもん」
「……そうね。ありすの言う通りね」
てれすは納得の表情になると、少しだけ口元を緩めて言った。
「た、ただいま」
「おかえり、てれす」
「なんだか、不思議な感じだわ」
「そうだよね。自分の家じゃない家に言うことなんて、あんまりないもんね」
「ただいま」とか「おかえり」って、基本的に家族にしか言わない気がするから、それも余計に不思議さを醸し出しているのだろう。
さっきちょっとだけ妄想した、てれすと二人暮らしを始めたら、それもなくなるのかもしれないけど。
「ええ。でも、それだけじゃないの」
「え?」
「わたしのうちって、帰っても誰もいないことがほとんどだから、今のありすみたいに返事をしてくれるのが、なんだか不思議で」
「てれす……」
そうだった。
てれすのお父さんについては何も知らないけど、てえすのお母さんはものすごく忙しい人なのだ。家にいないということは、てれすが今言った通り、「ただいま」の返事が返って来るはずもない。
「あ、ごめんなさい。別に、そんな顔をしてほしいとか、気を遣ってほしいとかではないから」
「う、うん」
てれすは、ちゃんと理解している。
しかたのないことだと割り切っているし、お母さんのことを悪くも言わない。
でも、やっぱり寂しいと思う。わたしだったら、そう思う。
「それじゃあ、牛乳とか、冷蔵庫に入れそうか」
「そうね」
買ってきたものを再び手に持って、キッチンに向かう。
その途中、リビングでテレビにぼやいていたお母さんが、わたしたちに振り返った。
「おかえりなさい。ありがとね。暑かったでしょう?」
「うん。なかなかね」
「てれすちゃんも、ありがとうね」
「いえ」
短く答えたてれす。すると、お母さんの視線が、てれすの持っているレジ袋に移動したのがわかった。
「ありす」
「なぁに?」
「もしかして、てれすちゃんに荷物持たせてたの?」
「え! いや、持たせてたってわけじゃ」
しかし、誰がどう見ても、わたしよりもてれすの持っている袋のほうが多いし、重たそうだ。お母さんにそう思われてもしかたないかも、と思っていると、てれすが助け舟を出してくれた。
「あの、違うんです」
「そうなの?」
「はい。わたしが持つって」
「でも、ありすにも持たせていいのよ?」
「いえ、ありす……さんには色々助けてもらっているので、このくらいは役に立ち立って思って」
てれすの言葉に嘘がないと、お母さんに伝わったのだろう。
ちょっと困ったように笑みを浮かべた。
「そう。それなら、いいんだけど……」
「はい。ありすがいなかったら、わたしはいなかったので」
「まぁ、二人ともが納得してるのなら、わたしが口を挟むことじゃないわね。あ、それはそこに置いておいていいわよ。お母さんがやっておくから」
そうお母さんが言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
てれすと一緒に、わたしの部屋に戻ることにする。
「あ、二人とも」
「どうしたの?」
「お昼、どうする? 外に行く? それとも、うちで食べる?」
「うちで食べるつもりだけど。てれすは?」
「ありすがそう言うのなら」
てれすも首肯したのを見て、お母さんは数回うなずいた。
「じゃあ、あと二時間くらいしたら、呼ぶわね」
「はーい」
お昼ご飯までは、勉強をすることにしよう。昨日のまとめとか、やることはいくらでもある。
お母さんに返事をして、わたしはてれすを引っ張るように、階段を上がっていった。




