117話 そういえば
おやつタイムを終えて、わたしとてれすは勉強会を開始した。
期末テスト週間となって、テストの範囲もすでに先生に伝えられている。
「最初は現代文だね」
「そうだったかしら?」
「うん。ほら」
期末テストの予定が書かれたプリントをてれすに見せると、まるで初めて見たような反応をした。
「もしかして、てれす。このプリント読んでないの?」
「ええ」
てれすは首肯しつつ、あごに手を添えて考え込む。
「間違えて他のプリントと一緒にして、お母さんに渡してしまったのかもしれないわ」
「あ~、あるあるだね」
わたしもお母さんにプリントを数枚渡した時に「ありすー、これお母さんに渡されても困るんだけどー」とぼやきながら返却されたことが何度かある。
でも、それなら無くしたというわけではないので、家に帰ってからなんとかなるだろう。もし無くしてしまっていても、わたしが写真を撮って送ってあげればいいし。
……てれすには悪いけど、むしろそのほうがいいかもしれない。
だって、わたしがてれすに連絡する理由ができるから
そんなことを考えつつも、現代文のプリントを机に広げる。
現代文の勉強は、さすがに教科書を音読というわけにはいかない。ノートを見返したり、先生が配ってくれたプリントをやることになる。
漢字やことわざは、一問一問の点数は低いけど、凡ミスもしやすいので気をつけないと。
シャーペンを走らせていると、ふいにてれすが尋ねる。
「ねぇ、ありす」
「なぁに、てれす?」
「ありすのお父さんは?」
言ってすぐさま、てれすは「あ」と自身の言葉を訂正した。
「あ、いや。ごめんなさい。別に変な意味じゃなくて……」
てれすは慌てたように手を胸の前で振る。
てれすがわたしの家に遊びに来た時、いつもお父さんがいないから気になったのだろう。だけど、どうやらこれは勘違いをしているみたいだ。
「だ、大丈夫だよ。いるよ、お父さん。複雑な家庭環境じゃないよ」
「そ、そう」
「うん。休日出勤しているだけだから」
苦笑混じりに言うと、てれすは安堵の息を吐いた。
「最上家の触れてはいけない部分に踏み込んでしまったのかと思ってしまったわ……」
「あはは、てれすは心配性だなぁ」
変に気を遣って、心配したことが恥ずかしくなったのか、てれすは顔を俯けた。プリントをやっている手も止まっている。
……とても静かで、平和だ。
「あれ、そういえば」
「……どうしたの?」
「あ、いや。そんなに重要なことでもないんだけど」
「?」
てれすは可愛らしく首をかしげて、わたしの言葉の続きを待っている。
「てれすと二人きりになるのって、今まで案外なかったなぁって」
「ッ!」
よくはわからないけど、てれすはわたしから顔を逸らした。ほっぺたがほんのり朱に染まっている。
「そ、そうかしら……」
「うん。お見舞いのときはそうだったけど、学校だと他の子たちもいるし、家だと基本的にお母さんがいるでしょ? だから、意外と二人きりってときはなかったよね」
「…………」
「まぁ、お母さんは夕方には帰って来るけどね」
「えっと、その、ありす」
「なに?」
尋ねると、てれすは顔を逸らして斜め下の床を見ながら、もごもごと言葉を発する。
「そういうのは、まだ早いって言うか」
「え、どういうこと?」
「……いえ、別に」
「えー? なになに?」
「いえ、本当になんでもないから」
「うそぉ」
「さ、勉強を再開しましょう?」
「う、うん……」
てれすが何かを誤魔化しているような気がしないでもないけど、てれす本人がそう言うのであれば、なんでもないのだろう。
わたしは納得して、勉強を再開することにした。




