116話 おやつタイム
「よし、てれす。おやつタイムにしよう」
枕元に置いているデジタルな目覚まし時計で時間を確認して、わたしはてれすに提案する。
布団を干すのに思った以上に手間取り、けっこう時間が経っていた。
本当なら、ある程度テスト勉強や宿題をして、キリのいい所でおやつタイムにしようと思っていたけど、しかたない。
「え、でも。まだ一分も勉強していないわ」
「うっ、正論……」
正論過ぎて、言葉に詰まってしまう。
しかし、このまま引き下がるわけにもいかない。今から勉強を開始してしまうと、おそらくおやつタイムの適正時刻を逃してしまうと思う。そして、逃して変な時間におやつタイムをしてしまった場合は、夕飯が食べられなくなってお母さんに怒られるという恐怖が待っているのだ。
今、食べるしかない。
「てれす、ほら。お布団干して疲れたでしょ?」
「いえ、大丈夫よ」
「で、でもさ。糖分ほしくない?」
「いえ、わたしは大丈夫よ」
頑固なほどに、てれすは否定する。
真面目というか、なんというか。さすてれだ。
「どうしてもダメ?」
「そういうわけでもないけれど……」
てれすは困ったような表情を浮かべていた。
やっぱりてれすは優しい。押しに弱いとも言える。
そんなてれすに対して、お泊り会の変なテンションも後押しして、いつもならしないようなことをやってみることにした。
「お願い、てれす。一緒に食べてくれないと、ありす泣いちゃう。シクシク」
わざとらしく両手で顔を覆って嘘泣きをすると、てれすは動揺してうなずいた。
「わ、わかったわ」
「ほ、ほんと?」
「ええ。ささっと食べて、早く勉強しましょう?」
「うん」
てれすの言う通り、今回のお泊り会の目的は期末テストに向けての勉強会なので、そのことも忘れないようにしなければ。
おやつを食べたら、ちゃんと勉強しよう。
二人で一階に下りて、ダイニングに向かう。
「てれす、好きなところ座ってて」
「ええ」
てれすがイスに座るのを見ながら、わたしは冷蔵庫の扉を開いた。
たしか、お母さんが昨日「てれすちゃんと食べなさい」とケーキを買ってきてくれていたはず。
「あ、あったあった」
目立つ位置にケーキの箱があったので、それを引っ張り出す。
二人分のお皿とフォーク、あとは飲み物を準備してテーブルに運んでいく。
「お待たせ、てれす」
「いえ」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。これは、チョコケーキ?」
てれすは自身に差し出されたケーキを見ながら、尋ねる。
なんだか、てれすにしては珍しく声が弾んで聞こえた。
「うん。そだよ」
「そう」
「てれす、チョコ好きなの?」
以前、授業中にチョコのお菓子を食べてて先生に怒られたことがあったので、チョコが好きなのかも、くらいには思っていたけど、想像以上にてれすはチョコが好きなのかもしれない。
「ええ、好き」
てれすの「好き」と言う言葉に、少しドキッとしてしまった。
わたしに言われたわけじゃないのに。
「ありす?」
「あ、なに?」
「いえ、食べないの?」
「ううん、食べる。食べるよ。いただきます」
誤魔化すように席に座って、わたしもケーキを食べ始める。
フォークで口に運ぶと、濃厚で甘い味わいが広がった。
「美味しい」
チョコケーキはたまに食べるけど、いつもよりも甘く感じた。
不思議だ。
「なんだか、悪いわね」
「え、どうして?」
「その、気を遣ってもらっているみたいで」
「そんなの、気にしなくていいよ。てれすだって、お土産持ってきて来てくれたじゃん」
「あれは、お母さんが持って行けって言ったからだし……」
「いいのいいの。ケーキ美味しいでしょ?」
「ええ、それはもちろん」
「それでいいんだよ。たぶん」
「そういうものかしら」
「うん」
それから数分。てれすとおやつタイムを楽しんだ。
食べて飲んでしてから、わたしとてれすはわたしの部屋に戻って、ようやく勉強を始めることにした。




