109話 漢字テスト
チャイムがなって、起立礼をしてから参観日が始まった。
教室の後ろ側にはみんなの親御さんが来ているので、わたしたちだけでなく、彩香ちゃん先生もいつもより緊張した面持ちだった。
「はい、それじゃあ授業を始めます」
先生は持ってきていたプリントを教卓にトントンと整えた。
「最初に漢字テストをします。最近はスマホとかパソコンとかが普及してきて、漢字を読めるけど書けないって人が増えてきてるからね」
そう言ってプリントを先生が配り始めると、後ろから「うんうん」とうなずくお母さんたちの声が聞こえる。
いつもはやってきない漢字テストだから、もしかすると保護者受けを狙って昨日考えたのかもしれない。でも、わたしも先生の言っていることには納得できた。スマホの自動変換ってすごく便利だ。
だからあんまりできないかもしれないなぁ、と待っていると、前の席の子からプリントが渡ってきた。
問題数は全部で7問。最初のほうの問題はかなり簡単そうなので、下に行くほど難易度が上がるらしい。テストに名前を書いていると、教卓に戻った先生が言う。
「10分くらい経ったら答え合わせするから、がんばってね」
時間が足りないということはないと思うけど、ケアレスミスを確認することを考えれば余裕はない。すぐに名前を書いてテストを始めた。
途中まではリズムよくノンストップで答えを書いていくことができたけど、6問目で詰まってしまった。
問6 元気よくアイサツをする。
アイサツ。……知っているはずなんだけど、忘れてしまっている。
うーん、どうだったかなぁ……。たしかどっちも手へんだった気がするんだけど、右側が思い出せない。頭を悩ませていると、
「あら、けっこう難しいわね」
「え、お母さん?」
「あ、お母さんのことは気にしないで?」
「う、うん」
気にしないで、と言われても気になってしまう。だって、話しかけられるとは思っていないし、子どもに話しかけているのがお母さんしかいないのだから。
お母さんは周りの目など気にしていない様子で、今度は隣のてれすのテストを覗いた。
「あら、てれすちゃんはもう終わったの? すごいわね」
「え? は、はい……」
まさか授業中まで話しかけられると思っていなかったてれすは、びっくりしたように返事をしていた。助けを求めてわたしのほうに視線を向けてくる。
さすがにこれは注意しないと、とわたしがお母さんに声をかけようと思ったそのとき。彩香ちゃん先生がやって来た。
「あの、ありすさんのお母様ですか?」
「はい」
「できれば話しかけるのは控えていただけると……」
苦笑している先生に言われて、お母さんは周りを見る。それで自分以外が生徒に絡んでいないことに気づいたらしい。
申し訳ない、と笑みを浮かべる。
「あはは、ごめんなさいね」
「いえ、お子様をみたいお気持ちはわかりますから」
「あはは、ほんとすみません」
「いえいえ」
お母さんはわたしとてれすに手を振って後ろに戻って行った。
それを見送ると、どうしてかわからないけど問題の答えを思い出した。挨拶だ。
答えを記入して確認をしてから、てれすに一応謝罪しておく。てれすはすでに解き終えていたみたいだけど、迷惑を被ってしまっただろう。
「てれす、ごめんね?」
「い、いえ。ありすが謝ることでもないわ」
「でもやっぱりごめん」
「いいのよ。ちょっと、嬉しかったわ」
「そっか」
「ええ」
てれすにとっては参観日にお母さんが来ないのは当たり前だったから、ああやって話しかけられるのは新鮮だったのかもしれない。
てれすがよかったって言ってくれるなら、それはそれでよかったのだろう。
そんなことを思っていると答え合わせが始まった。




