107話 てれすと参観日
次の日。
昨日の放課後に降っていた雨は夜には完全にやんで、今日は朝から気持ちよく空は晴れていた。もしかすると、梅雨が明けるのも近いのかもしれない。
天気がいいので少し浮かれて、鼻歌混じりに登校する。学校に着いて、教室の扉を開けると、すでにわたしの隣の席にてれすが座っていた。今までにこんなことはなかったので、思わず首をかしげる。
「あれ、てれす?」
「ありす、おはよう」
「うん、おはよ。今日早いね、どうしたの?」
「これを返そうと思って」
てれすはカバンから、昨日わたしが貸してあげた折りたたみ傘を取り出した。
「昨日は本当にありがとう。助かったわ」
「ううん。まさか、返すために早く来てたの?」
「ええ」
「そうなんだ。もっと後でもよかったのに」
「いいえ、忘れてはいけないし。それに、早く来ればありすに会えるから……」
「うーん、わたしは嬉しいけど、てれす朝あんまり強くないでしょ? 無理はしないでね?」
てれすから折りたたみ傘を受け取って、カバンにしまう。今日の天気予報は一日中晴れだと言っていたので、出番はなさそうだ。
「……ええ。そうね」
それから少しだけ眠たそうなてれすとおしゃべりをして時間を過ごした。朝からてれすと一緒にいられるのはすごく楽しい。でもてれすはあくびを何度かしているので、今日はほんとにがんばって起きてくれたのだろう。傘を返すためだとはいえ、わたしのためにがんばってくれたと思うと、やはり一番、特別と言ってくれたからだろうか。ちょっぴり自惚れてしまう。
そして時間が進むと同時に教室は生徒の数が増えて、活気が溢れていった。チャイムが鳴って担任の彩香ちゃん先生がやって来る。先生が教卓の後ろに立って、ショートホームルームが始まる。
「みんな、この前配った参観日のプリントをちゃんと親御さんに渡してくれた?」
ほとんどの生徒はうなずくけれど、数人なんとも言えないような反応をしていた。それを見て、彩香ちゃん先生は苦笑いを浮かべる。
「参観日は明後日だから、今日は絶対に渡してね」
「せんせー」
「どうしたの赤川さん」
「プリントなくしました」
「……あとで職員室に取りに来なさい」
「はーい」
赤川さんと先生のやりとりを聞いて、わたしはてれすがプリントを配られたときに風邪で調子が悪かったことを思い出した。もしかするとてれすもなくしてしまった、もしくは配られたことも覚えていないかもしれない。
「てれすはプリント渡した?」
「ええ、一応ね」
「そっか」
「といっても、忙しいから来られないと思うわ」
「お仕事が大変なんだね」
「ええ。でもいいのよ。昔からそうだから」
やっぱり、てれすのお母さんは参観日も来られないらしい。体育祭もそうだったけど、てれすはいつからそれに慣れたんだろう。わたしのうちは体育祭はもちろん、参観日も基本的には来てくれていた。
「あ、そういえばお母さんがてれすのことも楽しみに見に来るって言ってたよ」
「ありすのお母さんが?」
「うん」
「そう……」
てれすはあごに手を添えて何やら考え込むような仕草を見せる。
「嫌だったら、お母さんに話しかけないでって言うけど」
「いえ、そうではなくて」
「?」
首を捻っててれすの言葉の続きを待つと、てれすはぐっと拳を握って言う。
「がんばるわ」
「えっと、普通でいいよ?」
「いえ、がんばるわ」
「そ、そう?」
「ええ」
なんだかよくわからないけど、いつになくてれすがやる気だった。




