106話 迫る参観日
雨は降っているけどいつものようにてれすと途中まで一緒に歩いて帰って、分かれ道にやって来た。この交差点でわたしは自宅へ、てれすは駅に向かうため別れることになる。
「じゃあね、てれす」
手を振るとてれすも振り返してくれながら、しかしわたしを呼び留めた。その表情は少し困ったような感じで、てれすの視線はわたしと傘とを行き来している。
「ええ。あ、ありす、その」
「どうしたの?」
「えっと、この傘、どうすれば。駅はすぐだから、もう返したほうがいいんじゃ……」
「返すのは今度でいいよ。駅までは近くても、駅からてれすのお家までは濡れちゃうでしょ?」
「そうだけど」
「気にしないで。むしろその傘、てれすにあげるよ?」
わりと本気で提案してみたけど、てれすは強く首を振った。
「いえ、さすがにそれはできないわ。ちゃんと返す」
「そっか。それじゃあまた明日ね」
「ええ。ありがとう」
くるりと向きを変えて駅に足を進めるてれすの素敵な歩き姿を見送って、わたしも歩き出した。
それから数分後。少しだけ雨が弱くなり始めたころに自宅に着いた。これならもう少し待てば雨は上がったかも、なんてことを考えつつ家のドアを開ける。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ありす」
返事をしてくれたお母さんは、リビングでドラマの再放送を見ていた。
手洗いうがいを済ませてわたしもリビングに入ると、お母さんに声をかけられる。
「そういえばありす。もうすぐ参観日ね」
「え、そうだった?」
「そうよ。ほら、この前プリントもらったでしょ?」
「あ、思い出した。そうだったね」
てれすが風邪をひく前にそんなプリントをもらったような記憶があった。てれすのことでいっぱいになっていたので忘れてしまっていた。
たしか、今週の金曜日の五時間目だった気がする。ということは、もうすぐだ。
「お母さん来るの?」
「そのつもりだけど、嫌ならやめようか?」
「ううん、そんなことはないよ」
「まぁ、嫌と言ってもいくけどね。教科は何かもう決まっているの?」
「国語だよ」
「そう。普段通りでいいからね?」
「うん。……って、それはお母さんもだよ! 変に気合入れた格好とかやめてよ」
「はいはい。あれ? てれすちゃんとも同じクラスだったわよね?」
「うん」
「それは楽しみだわ」
そう言ってお母さんは再びドラマに意識を戻した。
わたしは着替えるため、宿題をするためにリビングを出て、自分の部屋に向かう。階段を上っている途中、てれすのことを頭に浮かべる。
てれすのお母さんはきっと来られないんだろうなぁ。
参観日に参加できるのなら、てれすが風邪をひいたときにずっと一緒にいてくれていたはずだ。てれすも納得してるみたいだし、わたしがどうこう言える立場じゃないのはわかっているけど……。
てれすのお母さんにはわたしが会ってみたいという気持ちがあった。てれすのお母さんだから、てれすに似て美人さんなのは想像できるけど、どういう人なのだろう。
もしかしたら、授業参観に来てくれるかな。
そんなことを考えながら、わたしは部屋の扉を開けて中に入る。そして着替えて夕飯までの時間を宿題をしながら過ごした。




