105話 備えあれば
そして放課後。
お昼休みの終わりくらいから降り出した雨は止むことなく、むしろ雨脚は強くなって降り続いていた。クラスの他の子たちも空に文句を言いながら教室を出ていく。
「最上さん、また明日」
「うん。また明日」
隣の席の子が手を振って席を立つと、わたしも振り返して帰る支度を進めた。教科書やノートを全て詰め込んで終わってから、もう片方の隣の席、窓の外を見つめているてれすに声をかける。
「雨、止まなかったね」
「そうね」
てれすは返事こそしてくれたけど、顔は変わらず窓の外に向いていた。
その様子にわたしは首をかしげる。今日のてれすはこのあと特に用事はないはずだ。てれすは頭がいいから追試ってことはないし、呼び出されるようなこともしていない。
「てれす、帰ろ?」
「ええ。でも、その……」
やっとわたしのほうを見てくれたものの、てれすの言葉は歯切れが悪い。
それで理解した。てれすは帰らないのではなく、帰れないのだ。思い返してみると、朝一緒に登校していた時、てれすは傘を持っていなかった気がする。
それだけでなく、折りたたみ傘も持っていないのだろう。一応確認する。
「あ、もしかして傘持ってきてないの?」
「……ええ。ありすは? ありすは持ってきているの? 朝見たときは持っていなかったようだけれど」
「わたし? うん、折りたたみ傘持ってるよ」
「そうなの?」
「うん。ほら」
カバンから折りたたみ傘を取り出しててれすに見せると、てれすは感心したような声を零した。
「さすがありすね」
「そうかなぁ」
天気予報を見て持ってきていただけなので、なんだか褒められているみたいで少し照れてしまう。
そしててれすはわたしに気を遣うように微笑みながら言った。
「でも、わたしは持っていないから、ありすは気にせず先に帰って?」
「ううん。一緒に帰ろう」
「わたしもそうしたいけど、無理よ。さすがに折りたたみ傘に二人は入れないわ」
たしかにてれすの言う通り、折りたたみ傘を二人で使うことはできないだろう。しかし、こんなこともあろうかと、わたしは今朝用意していたのだ。備えあれば、というやつである。
わたしは再びカバンに手を突っ込んで、それを引っ張り出す。
「じゃじゃーん! はい、てれすの分」
二つ目の折りたたみ傘の登場に、てれすは目をパチパチとしていた。
「え?」
「ほら、はい」
「え、ええ。ありがとう?」
「どういたしまして……って、どうして疑問形?」
「いえ、どうして二つも持っているのかなと思って」
差し出した傘をてれすは受け取りながら小首をかしげた。
まぁ、その疑問に満ちた顔になるのもわからなくはない。折りたたみ傘は一人で複数持ち歩くようなものではないからだ。
「うーん、もしかしたらこうなるかもって」
「……そう。使わせてもらっていいの?」
「もちろん! そのためなんだから。だって、てれすがまた風邪ひいて学校をお休みになるとか、絶対に嫌だもん」
「ありすは心配性ね」
小さな声でてれすはくすりと微笑む。
たしかに友達のために折りたたみ傘を準備するのは心配しすぎだったかもしれない。でもでも、結果的にはそれが役に立ったのだから良しとしよう。
「でも、ありがとう。本当に助かったわ」
「ううん、いいの。さ、帰ろ?」
「ええ」
こうして、わたしとてれすはどちらも雨に濡れることなく帰路についた。




