102話 一番
「もちろん、いいよ。でも、おかしなこと……?」
「ええ」
てれすは短く首肯する。
「わたしにはわからないから」
てれすにもわからないおかしなことって、いったい何なのだろう。
勉強……ではないよね。てれすはすごく頭いいし。それなら、学校のこと? でも、それも違う気がする。今日は休んじゃったけど、最近は軋轢なんて生まれていないはずだ。
……もしかして、わたしのこと?
わたしが変なことをしていたのかもしれない。
今までてれすと一緒に過ごしてきた記憶を辿っても、どれが変なことに該当するのかすぐにはわからない。しかし、さっきもてれすに余計なことを言ってしまったから、そんな気がしてしまう。
「ありす?」
「あ、ごめん。うん。聞かせて」
「……笑わない?」
「え、笑うようなことなの?」
「わからないわ」
「うーん、がんばる」
とても笑えるようなことを言いそうな雰囲気ではないけど、てれすは本当に何を言うつもりなのだろうか。
てれすに耳を傾けていると、てれすは一度息を吐いてから話し始めた。
「……ありすはみんなから信頼されていて、みんなと仲がいいじゃない?」
「悪くはないと思うけど……そうかな」
「少なくともわたしにはそう見えるわ。それはありすのすごいと所だと思うし、いい所だとも思うの」
「あ、ありがとう?」
「いえ、本当のことだから。……ありすのおかげで、高井さんや赤川さん、山中さんと仲良くなれたと思うし、他のクラスメイトだって最初の頃と比べると、すごく良好になっているって思う」
「そうだね」
これは事実だ。始めの頃はてれすと一緒にいるだけで少し目立っていたような気がするけど、最近はまったくなくなった。これはわたしがどうこうっていうよりも、てれすが頑張っているから当然の結果ともいえる。
学校もちゃんと来てるし、体育祭もすごくがんばってくれたし。
わたしがうなずくと、てれすは少しの間黙って考えるようにあごに手を添えていた。それから、ゆっくり確かめるように言葉を発していく。
「なんていえばいいのか……わたしは……その、ありすのなかでどうなのかしら」
「どうって、友達? てれすは違うの?」
「わたしも、そう思っているわ。でもわたしは、ありすは何か違うっていうか、特別っていうのかしら……とにかく他の人とは違って、これって、わたしだけが感じてるのかしら? わたしは、おかしいのかしら?」
「えっと……」
てれすの真っすぐで綺麗な透き通った瞳がわたしに尋ねる。でもわたしは、言葉に詰まってしまってすぐに返答することができなかった。
てれすは今答えを聞くことに一生懸命になっているから気がついていないのかもしれないけど、だって、それはつまり――
てれすはわたしは他の子とは違うって考えて、わたしのことは特別だって思ってくれているということで、そんなことを言われたら嬉しいに決まってる。そして照れくさい。
てれすには笑わないように頑張ると言ったので、頬が緩んでしまうのを我慢しなければならない。それに、わたしがなかなか返事をしないから、てれすが不安そうな顔になってしまっている。
早く答えねば。そう思って、わたしは口を開く。
「えへへ」
「え? ど、どういうことなの!?」
……思わず笑ってしまった。緩んでしまったほっぺたを整えていると、てれすはまるで小学生みたいに唇を尖らせてつぶやく。
「わ、笑わないって、約束したのに……」
「ごめんごめん。てれすがわたしのこと、そんな風に思ってくれてるのが嬉しくって」
「え……?」
本当に本人には自覚がなかったらしい。てれすの顔がみるみるうちに朱に染まっていく。いままでに見た中で一番赤くなっているかもしれない。
てれすはしどろもどろになりながら、あわあわと慌てる。
「あ、いや、それは……」
「違うの?」
「……違わないわ」
「よかった」
ここで違うと否定されたら、どうしようかと……。
でも、てれすの言葉は本当だったので、わたしはそのまま続ける。
「わたしも一緒だよ。だから、てれすはおかしくなんかない」
「本当?」
「うん。わたしもてれすが一番。一番好き」
「……」
わたしが言うと、てれすの顔はもうなんとも形容しがたくなった。嬉しくて頬が緩み切り、羞恥やら照れやらで、赤くなっていた顔がさらに赤くなる。
てれすはそれが自分でもわかるのか、わたしから顔を逸らした。それから深呼吸をして、気持ちが落ち着かせるとわたしのほうに向きなおる。
「わ、わたしも」
「あは、ありがと。……なんか、照れちゃうね」
「……ええ」
そして訪れる沈黙。
喧嘩みたいになったときとは、まったく違う意味で困ってしまう。
どうしようかと思って、ふと時計を見るともういい時間になっていた。そろそろ帰らないと、お母さんが心配してしまう。
「あ、そろそろ帰るね!」
「え、ええ。そうね」
てれすに玄関まで送ってもらい、靴を履く。
「それじゃ、また明日ね」
「ええ」
手を振るてれすに見送られて、わたしは帰路についた。




