1話 気になる
高校二年生になって数日が経った、春の気持ちがいい爽やかな朝。
そんな朝の日差しを浴びつつ、これまたいつものように学校へと向かって歩く。途中、わたしと同じ制服姿がちらほらとではあるけど増えてくる。
学校が始まるまではまだ余裕のある、少しだけ早い時間。その時間がいつものわたしの登校時間だった。
自分のクラスに到着すると、何人かがすでに来ているのが見てとれる。
授業開始までは時間がまだあるので何をしたものか、とわたしは席に座り思考をこらす。すると、教室の外からわたしの名前を小さく呼ぶ声が聞こえた。
「あ、あの……最上先輩……」
弱々しい声に顔を向けると、一年生の福原美月ちゃんが立っていた。
美月ちゃんはたまに勉強を教えている、可愛い後輩だ。
「どうしたの?」
わたしが駆け寄ると美月ちゃんは、ぱぁっと表情を明るくさせた。
それから手に持っていたプリントをわたしに見せ、その一部を指で差す。
「ここがあんまりわかんなくって……。今日、当てられるんです……」
「あ~、ここね。わたしも手こずったなぁ」
どれどれと、指し示していたところを見てからわたしは苦笑を浮かべる。
「……え? 最上先輩がですか?」
きょとん、と首をかしげる美月ちゃん。
よくはわからないけど、美月ちゃんにはわたしはなんでもできるように見えるらしい。
「そりゃあ、わたしにも苦手なこととかはあるし。でも、大丈夫。これはね、ここをこうして――――」
「――邪魔」
説明をしていると、突如としてそんな鋭い言葉が投げかけられた。
見ると、長く艶やかな黒髪で、綺麗な顔をした生徒が目の前にむすっと立っている。
入り口の近くで話をしていたから、邪魔になってしまったみたいだ。わたしはすぐにごめんなさいと、道を空ける。
すると、その少女は何を言うでもなく、不機嫌そうな顔のままわたしの前をすっと通りすぎた。
「……ごめんなさい、最上先輩」
美月ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいのよ、美月ちゃん。ってあれ? 高千穂さん、今日は朝から来てるんだ」
「高千穂さんって今の人ですか?」
「うん。いつも途中から来て、いつの間にかいなくなっているの」
わたしは、自分の席に座って頬杖をつき、ただ窓から外をつまらなさそうに眺めている高千穂さんを見ながら言う。
「なんか、怖そうな人です……」
「そうかも。でも、なんか放っておけない……かも」
怖そう。
美月ちゃんの意見もわかる。
高千穂さんは美人だから、むすっとしていると一層近寄りがたい雰囲気を醸し出しているし。
でも、よくはわからないけど何か、こう気になってしまう。
クラス委員だから、不思議なクラスメイトが気になるということもあるのかもしれないけど、何か違う、引き寄せられる魅力のようなものを、わたしは高千穂さんから感じていた。
高千穂さんから視線を美月ちゃんに戻す。と、美月ちゃんは時計を見て「あ」と声を漏らした。
「あ、わたしはもう行きますね、ありがとうございました」
「うん、じゃ、またね」
一年生の教室に戻っていく美月ちゃんを見送り、わたしも自分の教室に入る。
席に戻りながら、ちらと高千穂さんの姿を見ると、相変わらずつまらなさそうに外を眺めていた。
何を見ているんだろう。何を考えているんだろう。
……今日は少し、高千穂さんとおしゃべりしてみようかな、そうわたしが心の中で思ったと同時に朝のショートホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。