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ミルトスの双星FC


 /1.0102   ミルトスの双星FC


 ルシオラ・ミルトスが厨房へと姿を消したのと入れ替わるようにして、ルルキエルの前に現れたのは背丈二メートルはあろうかというガタイのいい大男だった。四角顏にスキンヘッド。眉も剃っているためずいぶん厳つい印象を受けるが、そのくせ着用している衣服は式典用の礼服だから、ミスマッチ感が半端ではない。


「おう、兄ちゃん」


 野太い声も、強面の外見から予測しうる通りと言えば、その通りな声色である。子供なら泣き出すだろうし、気弱な女性なら逃げ出すだろうほどには暑苦しい圧迫感があった。


「新顔だな」


「どうも」


 目線だけをそちらに向けて、ルルキエルは軽く会釈した。もっとも、仮面に遮られている彼の微妙な視線の動きや表情の変化が男に伝わるとは思えなかったが。


「お前さん、先ほどずいぶんルシオラちゃんと仲良さ気に話してたじゃねぇか。ん? 何を話してたんだ?」


「他愛ない世間話です」


「他愛ない、ねぇ……」


 ニヤリと、角ばった顎にシワがよるほど口元がゆがむ。


「他愛ないっていうんだったら、話せるだろ。何を話してたんだよ」


 しつこい。素直にそう思うが、反論したところでこの手の男は諦めが悪いだろうことは予想に難くなかった。ルルキエルの経験上――いわゆる偏見ともいう――、こういうタイプはえてして頭が悪い傾向が強い。理詰めで言っても感情が理解することを拒み、思考を停止するのである。


「彼女のご両親のこと。この店の隠しメニューのこと。後は、以前にルシオラさんや姉のルキアさんとお会いしたことがありました……的なことくらいですね」


 言ってから、本当に他愛ないなと、胸中で嘆息する。が、男はその言葉に得体のしれぬ反応を見せた。


「会ったことがある、だと?」


「……ん?」


 何が琴線に触れたのか。男が目に見えて機嫌を損ねたように片目をつりあげる。


 面倒なことになりそうな気配を感じながら、いつでも動けるように、軽く椅子から腰を浮かしてさり気なく重心を移動させた。酔っ払いという風ではないが、不必要に絡んでくる男への対処法は九割がた力づくになるからだ。ところが――


「やっぱりか! お前さんも、ルシオラちゃんやルキアちゃん目当てなんだろう。わかる。わかるぜ、その気持ち!」


 あまりに唐突に破顔した男の変貌に、ルルキエルは二の句が告げずに言葉を飲み込んでしまった。男のそれは満面の笑みと称しても問題ないのだろうが、顔がごついだけに正直気味が悪い。


 てっきり何かしら難癖をつけてくるのだろうと予想していただけに、いきなり手のひらを返したような態度の意味するところが呑み込めなかった。


「……えーと?」


 困惑しているこちらの感情を見てとったらしい男が、さらに友好的――なのだろう、おそらく――な笑みを浮かべながら詰め寄ってくる。


 顔が近い。ごつい。でかい。だから気持ち悪い。後、息が臭い。


 思うだけで口にはしないが。


「すまん、すまん。いきなりすぎたな。戸惑うのも無理はない。だが気を落ち着かせ、驚かずに最後まで聞いてくれ」


 お前が落ち着け、とも思ったが、やはり言葉は飲み込んだ。


「まず、ここはサフランだ」


「知っています」


「そして彼女らは、『ミルトスの双星』こと、ルキア・ミルトスと、ルシオラ・ミルトス。見目麗しい双子の姉妹だ」


「……正直、その呼び名はどうかと思いますが、まぁ、美人であることは否定しません」


「俺は思う。二人は至高の宝だと」


「……感想は個人の自由ですけど、宝は大袈裟では?」


「イクスアークの歴史に名を残す、偉大な美人姉妹だ。国は総出で彼女らを守り、慈しみ、愛し、保護しなければならない。失われてはならない至宝だ。わが国にとって、彼女らを喪うことは、大きな損失となるだろう。国中が悲しみに包まれるに違いない」


「……いきなりスケールが大きくなりましたが、事件性でもない限り、国が個人を守るために動くとは思いませんが」


「そんな固定観念に囚われていては輝かしい未来は手に入らない!」


 拳を高らかとあげて宣言する男に対して、周りの客の何人かが喝采をあげた。


 何故だ?


「だからこそ俺たちは現状を憂い、彼女らを護るために、国家に及ぼすだろう悲劇を避けるため、世界の宝を護るために国に進言したのだ」


「え?」


 一瞬、何を言っているのかわからず、ルルキエルは思わず素っ頓狂な声をあげた。


「……まさかとは思いますが、陳情したんですか?」


「当然であろう!」


 胸を張って断言する男に対して、しかしルルキエルは、何が当然なものかと冷ややかに嘆息した。


 イクスアークは、基本的に税金さえ収めていれば自由行動が認められている国家である。いわゆる自由権の行使だ。成人していることも条件の一つではあるが、当然、権利の行使には義務と責任も発生する。その行為によって発生した結果は、その当人が責任を負うべきものであり、すでに成人している姉妹も例外ではない。余談だが、この国は十八歳から成人として認められている。


 行為と結果が法に抵触しない――つまり、犯罪にならない限り、個人に対して国が介入することはない。


 犯罪取締、並びに治安維持部隊として存在する警察も、事件性がない限りは行動を起こさないだろう。


 となれば、後は個人的にボディーガードを雇うしかないわけだが、その場合は信頼できて、かつ信用に置ける人間でなければ逆に危険性が増える結果になりかねない。


(その点から見た場合、国に頼る、というのも悪手ではないんだよな……)


 ただし、確かに悪くはないが、人情的にそれが好ましいかどうかという物差しは別に存在するわけで……。


 法に触れないから問題ない、と言い切るには男の行為は行き過ぎのように思えたし、その過剰な愛を向けられるミルトス姉妹の感情を思えば、決して褒められた行動ではないだろうことは間違いない。


 もっと砕けた表現で端的に言うならば、キモい。


「あの時、我らの意思は純粋、かつ強固だった。何故なら我らの行為は、彼女らを案じるものであると同時に、国を想ってのことであり、忠信に寄るものだったからだ。署名を集め、同志を集い、役所に提出したあの日は、イクスアークの歴史に新たな一ページが加わるはずだった。しかし!」


 大仰に頭を振って、悲壮な顔立ちで男は続けた。自分に酔っているというのがルルキエルの冷静な感想だが、水を差したところで会話が終わるとは思えなかったので、口にはしなかった。 


「悲しいかな――国は我らの意思を解さなかった。我らの忠義が届くことはなかった。あの日の絶望を俺は忘れはしない。あの日、役人が告げた冷酷な言葉によって、姉妹を愛する我らの想いは踏みにじられたのだ」


「……ちなみに、なんて言われたんです?」


 純粋な好奇心から聞いてみると、思い出すだけで泣けてくるのか、男はハンカチで目尻を抑えながら細々とした声で言った。


「何事もほどほどに、だそうだ」


 その常識人極まりない役人に拍手を送りたい気分である。


「だが俺たちはくじけなかった。国が頼りにならないなら、もう俺たちが頑張るしかない。彼女らを愛し、守り抜くために結成されたのが『ミルトスの双星ファンクラブ』である! そして何を隠そう、この俺様! 会員ナンバー003。広報部長を務めるゴットン・オルゴーンとは俺のことだ!」


 いや、知らんがな。


「そして話というのは他でもない、お前さんにもファンクラブに参加する権利を与えよういうものだ」


「いえ、結構です」


 はっきりきっぱりと、一瞬の迷いもなくルルキエルは断じた。ここまで引っ張っておいた結論が、たかがファンクラブへの勧誘かと脱力したのを表に出さずに済んだのは僥倖だろう。だがその回答を、男――ゴットンとやらは曲解したらしかった。


「恥ずかしがることはない。愛を恐れるな。二人への愛が本物であるなら、我らは既に同志なのだから」


 おそらく同類と思われる連中が、ゴットンの後方でやんやと喝采をあげている。案の定、全員が男だ。


「ところで、ファンクラブって公式ですか?」


「そんなことあるわけなかろう!」


 なぜ威張る。


「彼女らは決して表立って目立ちたいなんて思ってない。奥ゆかしいのだ。劇場の歌姫や王族のように、周りからチヤホヤされたいなんて、奢りや甘えもない」


 王族が聞けば、侮辱罪と不敬罪で監獄行きになりそうなことを声高に叫びながら、ゴットンは力強く演説を続けた。


「そう! 言わば彼女らミルトス姉妹は野に咲く花だ。王族のような華やかさはないものの、人々に笑顔で癒しを与えてくれる。そんな彼女らが表立って騒がれてみろ。俺たちみたいな無骨でむさい男が気軽に会えなくなるじゃないか!」


 私情はいりまくりのような気がするが、心情が理解できないわけではなかった。が。


「だからこそ、我らは秘密裏に、こっそりと、影ながら、彼女らを見守るのだ!」


 人は、それを通称ストーカーと呼ぶのである。


「とりあえずの目標としては、彼女らの処女を護――」


「せーの、せいっ!」


「ぶほぉっっ!!」


 思わず背筋に寒気が走るほど大きく鈍い音と共に、最後まで言い切ることなく唐突にゴットンは床に沈んだ。頭を鈍器で殴られたらしい、というのは倒れた彼を見てすぐにわかった。何せ後頭部が凹んでいる。


(死んだんじゃないだろうな……)


 助けようかどうしようか迷ったが、ゴットンを一撃で昏倒させた少女がすぐそばで笑顔でいるため、ルルキエルは二の足を踏んだ。


 にっこりとした笑みの奥に得体のしれない凄みを纏わせて、ルキア・ミルトスはいけしゃあしゃあと倒れたゴットンに近寄る。近寄るだけで、介抱しようとはしなかったが。


「あら? お客様、いきなり倒れられるなんて、どうかされました? ダメですよ、昼間っから酔っ払ったりしたら」


「いや、今のは明らかに君が殴り倒したんだろうに」


「何か仰いました?」


 崩れない笑顔の奥に得体のしれない殺気を感じて、ルルキエルは無意識に腰を引いた。


「さっき思いっきり、せーの、とか言ってたでしょう?」


「何か仰いました?」


「凶器にしたトレイが凹んでますよ?」


「何か仰いました?」


「…………。彼氏、いないんですか?」


「何か仰いました?」


「あー、なるほど。だから処――」


「な・に・か・おっ・しゃ・い・ま・し・た?」


「……食後のデザートにイチゴのタルトを追加でお願いします」


「承りました。ご注文ありがとうございます」


 聞こえているんじゃないかとは言えないあたり、ルルキエルは己の弱さを嘆きたくなった。


 だが同時に、思い出したように笑いがこみ上げてくる。なるほど、外見的には妹であるルシオラの方が似ていると思ったが、中身は姉であるルキアの方が近いらしい。


 亡くなった姉妹の母であるシエラ・ミルトスが、笑顔ですべてを押し切るタイプだった。


 美人だからというだけではない、不思議な感性と雰囲気をもった、活力に溢れた女性だった。ルルキエルにとっては二人目の母親のような人物でもある。それを思えば、彼女が五年前に亡くなった事実に世の不条理を感じずにはいられなかった。


 気性は穏やかで、滅多なことでは怒らない一方で、力づくで荒くれ男たちを叩きのめすことが出来るほどの技量の持ち主でもあった。


 その血は娘にしっかりと受け継がれているらしい。


 と――


「お前さんか? 俺を呼んだ新顔は」


 厨房から現れた男性の姿に、騒ついていたフロアが一瞬静まり返った。


 ゼス・ミルトス。


 サフランのコック長兼店長であり、ミルトス姉妹の父親である。外見だけでいうならゴットンに負けず劣らず厳つい。だがその太い腕と指で、繊細にして微細、見目華やかで味も素晴らしい料理の数々を作り出す技術力は、数多の飲食店が開かれているイクスアーク王都でも指折りだろうことは間違いない。


 改めて名乗るべく、ルルキエルは席を立った。昔世話になったこともある恩人の一人だ。もっとも、向こうは覚えていないかもしれないが。


「俺がサフラン店長、兼、料理長のゼス・ミルトスだ」


「ルルキエル・シュヴァリアーです」


「話は聞いている。俺が会員ナンバー001にして、会長を務めている娘ファンクラブに入りたいんだな?」


「………………は?」


「入団は認めよう。だがまず真っ先に言っておく! 娘たちの処女はお前には――」


「チェストーっ!」


 今度はゼスの後ろから、力強い掛け声が聞こえ、


「ぐはぁっ!」


 ゴットンと同じような格好で、ゼスは抵抗する間も与えられずにバタリと昏倒した。床に倒れたあとピクリともしないのは、それだけ一撃が重かったからだろう。


 そのゼスの後ろで、拳を突き出した構えをとっているルシオラ・ミルトスは、小さく息を吐き出して体の力を抜いたところだった。


「また正拳のキレが鋭くなったね、ルシオラちゃん」


「お姉ちゃんこそ、いつも以上に見事なスイングだったね」


「日々努力、だね!」


「頑張ろうね、うん!」


 ルルキエルは姉妹を見誤っていたことに気づいた。母・シエラの強さは、しっかりと娘『二人とも』に受け継がれているらしい。懐かしさに似た感情を抱きながら、誰にも気づかれないように仮面の奥で笑う。


 大男を一撃のもとに昏倒させ、笑顔で語り合う姉妹の傍で、ルルキエルは胸中で静かに聖印を切った。



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