彼女達が生まれた理由
/1.0302 彼女達が生まれた理由
目が覚めた時、一寸先は闇だった。
え?
声に出そうとして、声が出ないことに気づく。閉じ込められた? というには身体は不自由ではない。声が出ないこと、視界が暗闇で覆われていること以外には、さほど違和感のない状態だった。
ペタペタと身体を触る。幸いなことに五体満足だった。服も昨夜寝た時のままだ。ベッドは、というところまで思い至って、ルキアは始めて自分の感覚が全て誤認だったことに気づいた。
自分の身体が見えている。
寝転んでいるはずのベッドは見えない。感触はあるがそれだけだ。一寸先も見えない暗闇の中で、自分の身体だけが見えている。そんなはずはない。自分だけが光を放っているということに気づいて、その異様さに不気味さを覚え、考えた末の結論は一つだった。
あ、夢か。
なんでこんな夢を見たのか。もう少し何かないものだろうかと、夢の中で、まだ寝ているだろう本体を叱咤する。怖い夢は遠慮願いたいが、だからと言って何もない夢というのも味気なさすぎた。夢には起きていた頃の記憶整理の役割もあるらしいと聞く。一体この夢は、なんの記憶の整理なのだろうか。
「決まってるだろ?」
声がした。自分ではない、別の女の声だ。
「お前の身体が壊される記憶さ。殺されて、生き返ったルキア・ミルトス。自分が死ぬ瞬間の記憶なんてものを、もう一度見たいってのか?」
……いや、流石にそれは勘弁したいのだけど。
「だろう? それに、お前がこれから見るのは、殺される記憶じゃあない。お前が知らない、お前の生まれた時の記憶だ」
私の生まれた時?
「生まれたというよりは造られたと言った方が正しいか。俺がお前を造ったんだ。親だぜ? 記憶を見せるのくらいは簡単だ」
お母さん……じゃないよね?
「シエラのことか? 奴はただの遺伝子提供者だ。もちろん、お前はゼスとも血なんて繋がってない」
……何を、言ってるの?
「何だ? 聞いてなかったのか。シエラもゼスも話してくれなかったのか。そりゃ残念だ。いいか、よく聞け。聞く気がなくても聞かせてやる。お前は人間じゃねぇ」
…………。
「シエラの娘でもなければ、ゼスの娘でもねぇ。お前は――お前達姉妹は、俺が作った俺の魔剣だ。俺が過去のシュヴァリアー達の知識を、技術を、記録を集め、研究し、作り上げた集大成。俺の著作物。俺に所有権がある、俺の魔剣だ」
これって夢、よね?
「夢?」
だって! 何? その設定? 何の作り話? もうっ! 夢ならもう少しマシな夢を――
「現実逃避をするにはまだ早いぜ、ルキア。これが夢? 夢だなんて誰か言ったか?」
え? …………だって、こんなの……現実じゃ……。
「現実じゃありえないってか? そう言うお前はどうして生きている? なぁ、一度殺されたはずのお前が、生きているのは何故だ?」
…………それは……
「現実にお前は殺されて、けれど生き返っただろう。それは一体どうやってだ?」
……魔剣で蘇生させたって。
「そう言っていただろう? 誰が言っていた?」
ルルキエル。工業ギルドマスターの。
「そうだ。魔剣だ。工業ギルドが設立されたきっかけになった、世界最大の魔法具の一種だ。この世にはお前の知らない知識や技術が溢れてる。ありえない、何てことを口にするなよ? 現にお前は死んで生き返ったんだからな」
でも、私は魔剣じゃない。人間だもの。
「果たしてそう言い切れるか? お前は魔剣のことを何も知らない。何もわかっていない。なのに、何故俺の言葉を否定出来る?」
だって!
「叫ぶな。喚くな。聞け。そして知れよ。お前が知らない、お前を取り巻く現実を教えてやるよ、ルキア。そうすりゃ、諦めるだろう? お前らの身体はお前のものじゃない。俺のものだ。よく見ろよ。ほれ、あそこにいるのは、お前が母親だと思っていた女だろ?」
お母さん?
闇の向こうに、ぼんやりと浮かぶ一人の女性の姿には見覚えがあった。
「そうだ、シエラ・ミルトス。俺の妹。俺を裏切りやがった女だ」
そしてもう一人、その隣に白衣を来たシエラと同じ顔をした女がいる。
「あれが俺だ」
…………貴女は、誰?
「はじめましてじゃねぇんだが、自己紹介しておこうか。俺はシルメリア。第九十七代工業ギルドの守護聖人、ルキアとルシオラと言う魔剣を創り上げた製作者だ」
***
魔剣の出発点は、果たしてどこにあるのか。目的地は何処か。
それはもはや問答にもならない問いだ。千年前の初代シュヴァリアーに聞くしかないが、それが叶うはずもなく。では残された資料から推測はできないかと過去を探って見ても、残念ながら、彼に関する資料は一切残っていない。残されたのは魔剣に関する資料だけだが、そのほとんどは能力に関する内容ばかりで、肝心の開発記録がどこにもないのだ。魔剣の制御機構の本体がブラックボックスとして触れられずにいる最大の要因でもある。
初代、またはその後世の何者かが、意図して排除したのではないかと考えられているが、僅かばかりに残された資料だけでも貴重であることには違いない。
その僅かな資料を頼りに、現代の技術者達は研究と実験を重ね、考察を積み、新たな魔剣開発に力を入れながらも、過去のシュヴァリアー達が造り上げた魔剣を制御下におこうとしてきた。
それも、二人にとっては難題として残っていた。
「起動しねぇな」
「しないわね」
「シングルナンバーのセプテバベルがギルド地下五十五階に格納されているから、先生の許可を得て起動を試みたけど、うんともすんとも言わなかったわ」
シリアルNo.7『セプテバベル』。ギルドが管理する魔剣の中で、最も番号の若い魔剣である。
言って資料を投げてよこしたシエラに、シルメリアは苦笑で返した。
「やっぱ俺たちの知らない、何か起動キーとなる術式があるんだろうな」
「ええ。十の工程だけでは足りないということは、そうなのでしょうね」
正確には、魔剣全てに異なる起動キーが必要であると言われている。だから他の魔剣が起動できたからと言って、セプテバベルも起動出来るとは限らない。
「魔剣は魔法具よ。その制御のために、十もの行程が必要というのは、どう考えても複雑すぎる。これでは使い手を選ぶ、というより、使い手を出さないために作ったものね。魔剣を制御するための工程というより、魔剣を暴走させないためのセーフティロックだと先輩が言っていたし、他にも同じように言う人は多い。その意見は正しいと私も思っているわ」
「セーフティねぇ……」
妹の言わんとしていることは理解できなくもない。魔剣の制御機構の一番奥の奥、最も重要な基幹がいくらブラックボックスで現代技術では解読不可能だといっても、制御工程を十に区分けしなければならない理由がないからだ。
魔剣は魔法具の一種だ。その開発の原点は道具である。しかし使用者のことを配慮していない道具、というのは考えにくい。十の工程が使用者に負荷をかけている事実を鑑みれば、自ずと考え方はシエラのものと同じ結論に集約される。現に魔剣の研究ではそう考える技術者も少なくない。
シルメリアにはその考えこそが気に食わなかった。
妹と二人で、工業ギルドのギルドマスター・オルベルイストの弟子になって早三年。弟子は他にもいるが彼女ら二人は最も若手だった。同時に最も優秀であるとも言われている。事実、単独の研究室を与えられオルベルイストの研究の直接な手伝いを許されているのは彼女達だけだ。
工業ギルドに属してもう五年、助手になって三年、魔剣製造の目はまだ見えていない。もちろん、そう簡単にたどり着けるものではないことも承知してはいる。それでも、これまで双子の研究者として駆け足で上り詰めてきただけに、この足踏みは地味に焦りを助長させた。
「なんかとっかかりがつかめないものかねぇ」
「いえ、とっかかりならあるわよ」
「何?」
シエラが取り出したのは、一冊の本だった。表紙には何も書かれておらず、紙は随分黄ばんでいる。長い間のずさんな管理で空気に触れ続けてきた証拠だろう。現に本は透明なガラスケースの中で、動かないよう固定されていた。ということは、不用意に触れるだけで崩れてしまいかねないくらい古いということでもある。
シルメリアは、妹が何故このタイミングでこんな古びた本を出してくるのか、その真意が気になった。
「なんだ、それは?」
「先生の元に、数日前に届けられた古文書よ。とあるダンジョンで発見されたんですって。解読を依頼されたと仰られていたわ。先生もまだ一部しか読んでいないそうなんだけど……これ、どうもシリアルNo.4の研究開発資料のようなの」
シルメリアは、妹の言葉を咀嚼するのに数秒の時間を要した。
「No.4だと?」
「そう。間違いなく、初代が造り上げた魔剣よ」
「大発見じゃねぇか!」
初代の作成した魔剣はおよそ百本前後と言われているが、先に述べたように、記録がないためにそれすら定かではない。百本というのも二代目が記録に残した自身の魔剣製作の記録から逆算した結果の数値だからだ。
最初の十本だけは、確実に初代が造ったことが証明されている。それも二代目が残した日記から解読らしいが。
千年前の文献。それは歴史的価値のみならず、現代の魔剣研究学に従事する二人にとっても宝物であることは間違いない。
「その開発記録となれば、その希少性は計り知れない」
「ああ。けど、なぁ」
興奮覚めやらぬ気持ちに押されるように、シルメリアは椅子偽を預け、豪快に足を机の上においた。置きっ放しにしていた資料が勢いで床に散乱するが、もとより理論として破綻していたゴミ論文だ。ゴミ箱行きの紙に用はない。
気持ちは強く胸にある。開発資料を読みたい。だがそれが現実的に可能かどうか、というのはまた別問題だ。
「せんせーもそう簡単には俺たちには見せてくれねぇだろうなぁ」
「いいえ」
しかし、シエラの回答は違った。
「見てしまえばいいのよ」
再び思考が止まる。
「……何、言ってるんだ、お前?」
「先生は、いずれ私たちにもこれの解読を手伝って欲しいとおっしゃってたわ」
「そりゃ、ありがたいけど……」
「姉さん、私の特異分野、忘れたわけじゃないでしょう?」
「そりゃ覚えてる。暗号解読と符号化はお前の十八番――おい、まさか読んだのか?」
「フフフフフッ」
嗤う妹の笑みを、不気味だとは思わなかった。綺麗だとさえ思った。自分たちが師匠と仰ぐ今代のシュヴァリアーを謀って、自分たちが過去の魔剣の、それも四番目に造られただろう魔剣の製作情報を知る。
それはおそらく千年もの間、誰も知らなかった知識だ。
カハッ――
思わず喉が鳴った。こみ上げてきた嬉しさに、肺が悲鳴を上げた。所構わず叫びたい気分だった。
「でかした、シエラ!」
魔剣が欲しい。
この手に。
姉妹が揃って臨むその根源にあるのは力への渇望、知識への欲求だ。
初代が製作した魔剣が、どれほどすさまじい能力を有するかを、姉妹は身を持って知っていた。だからこそ、これまでの半生を勉学に費やしてきたのだ。
シルメリアとシエラは、地方にある小さな町の出身だった。近くにサウザンドと呼ばれる山脈があるため、町民は皆、山と密接した生活を送っていた。小さな町だ。人数も決して多くない。ギルドは冒険者ギルドしかなく、学校も診療所も一つしかない。
父はただの一市民で木こりだった。母は専業主婦だった。平凡な家庭に生まれた姉妹はしかし、幼少の頃から神童と呼ばれるほど優秀と呼ばれた。
十を過ぎる頃には王都に出て、もっと大きな学校に通うべきだと言われていたし、姉妹もそのつもりだった。両親は反対しなかった。裕福ではなかったが、姉妹の優秀さを誰よりも応援してくれた。
早熟な双子の姉妹は親の知能の低さを内心バカにしていたが、何事も動じないおおらかさや寛容さは素直に尊敬していた。素直に言葉にしたことはなかったが、純粋に人と接することの出来る両親が好きだった。
十一の秋には進学する決意をする。結果から言えば、王都の高等学院の奨学生に姉妹揃って選ばれた為、卒業までの学費は全額免除となり、生活費も寮暮らしのため実質必要なのは食費くらいである。姉妹も両親に負担をかけないで済んで正直ホッとしていた。
そして十二歳の春、高等学院への入学式の数日前。学院へ早入りするために街を出発し、見送ってくれた両親の姿が見えなくなった頃。
一本の柱が、姉妹の生まれた故郷の町に落ちた。
天を突き破らんばかりの巨大な光の柱が街を包み込んだ――姉妹が覚えているのはそこまでだ。離れていたとはいえ、その柱が降り注いだ余波で吹き飛ばされたからだ。気がついたのは王都の病院のベッドの中で、入学式も終わった数日後のことである。
事情を聴いた姉妹は、慌てて故郷へ戻ったが、そこにはもう何もなかった。
本当に、文字通り、何もなかった。
人も。家も。学校や診療所など、避難所として建てられていた石造りの建物も。田畑も。家畜も。
何もなかった。あるのはただ、数百メートルに及んで広がる巨大なクレーターである。
「…………何、これ」
やっとそれだけを口にした妹の言葉を、シルメリアは今でも鮮明に思い出せる。口にはしなかったが、自分も同じ思いだったからだ。両親は? 町があった跡地に連れてきてくれた冒険者に聞くと、彼らは誰もが目を反らし、首を横に振った。
生き残りは、姉妹だけだった。
一体何が起こったのか。両親や親しい知人の死で悲しみに暮れていた姉妹が事実を知ったのは、その日からさらに一月後だ。
「魔剣『ネビリム』の暴走、だそうだ」
「ネビリム?」
「魔剣ってなんですか?」
聞けばあの町に滞在していた冒険者パーティが、サウザンド山脈の中腹にあるダンジョンから持ち帰った武器があったらしい。
全属性の、全階位の魔法を、ノーモーション、ノータイム、ノーリキャストで使役出来る魔剣。つまりこの魔剣一本で、千九十二種の魔法を制覇出来る。魔法士という職業を全否定する魔剣だ。
元来ならその危険物は、早急に冒険者ギルドに届けられ、工業ギルドとの連携で厳重な管理の元、王都に輸送されるべきだったが、ネビリムを偶然見つけた冒険者達は、まだ駆け出しに毛が生えた程度の若手だった。それなりに依頼をこなし、それなりに魔物と戦い、それなりに戦果を上げていた。自分たちもベテランとまではいかなくても、そろそろ中堅くらいにはなったんじゃないかという油断と驕りが、ギルドへの報告を遅らせ、魔法具という魔力を与えて起動する希少な道具への扱いでミスを発生させた。
結果は、暴走という最悪の形で出現した。
発生したのは第一階位の光属性の魔法だ。光の渦に飲み込んだものを、容赦無く光子に分解する。だから
人も、家も、田畑も、動植物も、何も残らなかった。しかし実のところ一つだけ残ったものがあった。ネビリム本体である。
姉妹が町の様子を見に戻れたのは、その魔剣回収の為の、工業ギルドと冒険者ギルドの共同作戦行程について行くことができたからだった。
その日、姉妹は初めて魔剣というこの世の不条理を形にした魔法具の存在を知ったのだ。
「姉さん、私、あの魔剣っていう魔法具が、なんなのか知りたいの」
「俺もあれが欲しい。力じゃねぇ。あの魔剣を動かす仕組みが知りたい」
「怖くないの?」
「怖いさ。だが知らねぇってことはもっと怖いってことを知った」
姉妹は何も出来なかった。何も知らなかった。知っていても対策など取れなかったかもしれないが。だが後悔すら出来ないというのは、存外に悔しさを残すものだと知った。迂闊な冒険者達を呪いたいときもあったが、原因となった連中も一緒に消滅してしまった。
憎む相手もいない。怒りをぶつける相手もいない。だから、二人が燻っていた感情を向けたのは無知でいた自分たちだった。
あの理不尽な力の在り処を知る為に。
あの不条理な力に触れる為に。
あるいは考えないようにしていた、両親を殺したことへの復讐の為に。
あの光の柱を生み出せる力を見てみたいと、幼子心に思ってしまった二人を咎める者はいなかった。止める者もいなかった。
あれからもう十年が経った。
今思えば、あの時が姉妹の人生の転換期だと言える。二人は魔法具開発の知識をつめこみ、学園でも百年に一人の天才と言われるほどの速度で学業を修め、工業ギルドに就職した。
そして二人は今、工業ギルドマスターの第一の助手としての地位を手に入れている。このまま行けば次代のシュヴァリアーは、姉妹のどちらかだろうと言われていた。
だがその為には、魔剣をつくれなければならない。
その一歩が、この古びた本を開くだけで手に入るなら、願ってもない幸運だ。
「いいぜ、やろう。俺たちの目指したものがこの中にあるんなら、願ってもねぇ」
「ええ。姉さんなら、そう言ってくれると思ってた」
シエラが笑みを深める。
だがシルメリアは、シエラが読み進めた範囲の情報を共有してもらううちに、次第に興奮していた気持ちがスッと引くのを感じていた。
何故なら。
「人型だと?」
「ええ。このNo.4『アルトデイサイド』は、人の姿をした魔剣のようなの」
「マジか。確かに魔剣は剣の形をしている必要はねぇ。けど、どうやって造るんだ? まさか自動人形や鉱物人形ってわけじゃないんだろう?」
「ええ。人間の細胞を増殖して生み出す人造人間とも違うみたい。構成はほぼ九割九部、人間と同じ。けれど、魔剣と同じ核を持ち、魔剣と同じ機構で起動して、魔剣と呼ぶに相応しい能力を持つ。そして何より、私たち人間と同じく自我を有している」
「それは人間が魔剣になるってことか?」
「そうだと思う。まだ詳細はこれから読み解かないといけないけどね」
カラカラに乾いた喉が痛みを訴えてくる。シルメリアは一度唾を飲み込んだ。
「……それで、どうやって造るんだ?」
「まだ読み解いてないけど、どこで作れるかはわかったわ」
「もったいぶるなよ、どこでだ?」
「女性の胎内でよ」
一瞬、絶句する。だがすぐにその顔に色が戻った。
「クッ――ハハハッ! アーハハハハハハハハハッ!」
笑わずにはいられない。これが笑わずにいられるか。
呪文という手段を用い、魔力というエネルギーを糧にして世界に術者の意思を伝達し、意図した物理現象を発現出来るシステム。それが魔法だ。『呪文』によって『魔力』を世界に通し、『過程』から『結果』へと繋げる。
魔剣は、物理に及ぼす作用は魔法と同じだが、過程が真逆であるとされている。
初代シュヴァリアーは、先に『結果』ありきで逆説的に世界に魔力を通す方法を考案した。
魔法はどのような呪文であれ、かならず物理現象に帰結する。魔法を起こすための原因もまた然りだ。どのような物理現象も、物理現象の他には一切の原因を持たない。
つまり『過程』と『結果』は等価であるということだ。この因果的閉包性を利用して、『結果』を出来るだけ具体的に精密にイメージして、そこから魔力を通じて『過程』を逆算する。
だが、そのイメージを行うことは容易ではない。何故なら、ひどく固いからだ。
曖昧さを許さない。緩みを許さない。余裕。遊び。余分にかかる力を逃す、緊張を緩和するもの。それらが入る余地がない。人の行動や思考というのはどれだけ完全と言ってはみても、やはりそこには緩みがある。この場合は柔らかさ、と言うべきか。
それは人の曖昧さや不安定さを含む反面、時として非常に重要な発想を産んだりもする。生物としては必要不可欠な物だ。
だが『結果』から『過程』を引き寄せるためには、『結果』のイメージが強固な物でなければならない。『結果』へ辿り着く為の『過程』を一つのミスもなく逆算し続ける行為は、人の脳では不可能だと言われている。
その為に開発されたのが魔剣だ。初代シュヴァリアーは、魔剣によって新たな魔法を作ろうとした。そしてその延長にあるものは、魔剣を使って使役出来る魔法を、魔剣なしで行使するというものだ。
それは幾百の研究者が夢見ては諦めた、魔剣開発者が目指す到達点の一つに他ならない。
それが千年前、それも初代によって既に開発されていたのだ。滑稽だ。自分たちはどこまで滑稽なのか。笑い声に多分に自嘲が混じっていたのは、シルメリアにとっては相応にショックな事実である証拠だった。千年間に魔剣に携わった全ての技術者をあざ笑うかのような初代の研究成果に、いっそ憎しみすら抱く。
もし初代が生きていれば、きっと嗤ったに違いない。
君たちはそんなこともできないのか? ――と。
「あ、なんか今、せんせーの顔がダブった」
「フフフ。あの方も理論方面に強いから、きっと悔しがるでしょうね。だからこそ余計に、先生を裏切ることになるけれど」
「いいぜ。構うことはない。やってやろう。俺たちの手で。俺たちだけの魔剣を作るぞ、シエラ」
「私の子宮を使ってくれていいわ、姉さん。だから――」
「ああ。その子供に埋め込む魔剣の核は俺が作ってやる」
ようやく見えた明かりだ。手放してたまるか。
世界は理不尽で、不条理で、万人に平等に不平等だ。幸せを享受する奴がいる一方で、不幸に泣く奴がいる。使い切れないほどの財を手に入れる奴がいる一方で、その日食うものも困るほど貧窮している奴だっている。何故だ? その差はどこで生まれた。
血筋か? 美貌か? 才能か? 努力か? それともただの運? もっと直接的な他者を圧倒する力か? もしくはそれ以外の何か。
なんでもいい。
全てが必要なら、全て手に入れるまでだ。
何を踏みにじっても、今この時に得たチャンスをものにする。
……………………。
………………。
…………。
***
声もなく、涙もなく、ただただ、眼前の映像に映る、母・シエラの顔を見つめる。
あれは誰だ? あれが本当に、あの優しかった母なのだろうか。
「そうして生み出されたのが、お前とルシオラだ。
お前はシエラの娘じゃねぇ。ゼスの娘でもねえ。
俺たちが、俺たちのために作り出した道具。まだ魔剣になれていない出来損ない。
だから俺がお前たちを魔剣にしてやるよ」
身体の内側で何かが蠢く。外から聞こえてきたはずの声が、すぐそばで囁いた。
「そのために、まずはお前の身体をもらうぜ、ルキア」
その声に抗う気力は、ルキアにもうなかった。
夢だったらよかったのに。
侵食される意識の片隅でわずかな希望にすがりながら、ルキアの意識は闇に沈んだ。