骨は語る
/1.0203 骨は語る
魔法は大まかに三つの情報で構成される。
一つ目は属性。火、樹、風、地、水、光、闇の計七種。
二つ目にクラス。行使する魔法のレベルであり、威力、範囲、効果時間、応用性、制御の難しさなどの視点から十三階級に区分されている。
最後に魔法の型。魔法発動の主目的――攻撃、防御、治癒、移動、通信などの魔法使用用途であり、これが大分類的に十二種が設けられている。
その他にも細かい制御条件は必要で、その内容も多様化しているが、基本は先の三種の組み合わせの延長線上でしかない。魔法総計千九十二種。これを多いと見るか少ないと見るかは、魔法使い――魔法士と呼ばれる者の技量次第だろう。
魔法士はこの三種の情報を魔力を込めた言霊に乗せて発言することで世界に己が意思を伝達し、意図した物理現象を作用させる。それが魔法と呼ばれる技術の基本だ。
それ故、魔法発動呪文は、一般的に三節から構成されたものがフォーマットとされている。例えばこんな風に。
「風の騎士・百軍の檻・目前の敵を捕らえよ!」
第一節にて魔法の属性とレベルを決める。ルルキエルが唱えたのは『風の騎士』。言葉通り風属性の魔法であり、『騎士』というのは十三段階あるクラスの中で下から三つ目。威力は低く、制御も易い。
第二節にて属性の効果と型を決める。『白軍の檻』――『白軍』は魔法効果の持続時間増大、『檻』は対象者の束縛、並びに行動制限。
そして第三節で対象の特定と魔法執行を宣言する。
居住区の上空に転移させられたルルキエルは、落下しながらも見知った二人に襲いかかる骸骨を視界に収めていた。即座に編み込んだ魔力が、彼の呪文によって構築された風の檻となって形を成し、スケルトンの動きを封殺する。
アアァァアァァァァァ―――――――――ッ!
だが唸りにも似た音が響き、その封じの魔法はわずか数秒程で破壊された。普通、人の死体から発生したスケルトン、それも生まれたてならば騎士クラスでも十分に足止め出来たはずだが、スケルトンにしては珍しい程の強さを持っているらしい。魔法を破る際に溢れ出た魔力の渦がその証拠だろう。
ルルキエルは魔法士ではない。多少なりとも魔法が使えるが、専門家に敵う程の技量はなく、精々が中堅クラスまでの魔法しか行使出来ない。それも数発放てば魔力切れを起こす程度だ。
だからルルキエルの放った魔法が壊されたこと自体には、行使した当人ですら疑問を抱いていなかった。もとより、彼の目的はただの足止めだ。
技術者であり戦闘者ではないルルキエルよりもよほど上手く戦える助っ人がそばにいるのだから、彼女に任せた方がいい。
「あらら、第十一階位の魔法を数秒で破っちゃうくらいには強いのね。生まれたてなのに凄いわ。どうする? さくっと浄化しちゃう? ちょっと勿体無いけど」
あの程度のモンスターなら片手間に一掃出来る手練れは大勢いる。その筆頭候補であり、ギルドマスターが戦闘面でも最強であると誤認される最大の要因を作ってきた魔法士ギルドマスター、ララカット・ラフィーニャが、転移する前と変わらぬお気軽さでこちらを見上げてくる。
だがルルキエルは、その問いに首を振った。
「いや、待て。状況が見えない。まずはスケルトンの動きを止めよう。幸いアルトも無事のようだし、王都警備隊や警察もまだ来てない。野次馬もいないようだ、それくらいの余裕はあるだろう?」
「そっかそっか、じゃぁちょっとごめんねー。そこの骨っ子ちゃんは、こっちの話が終わるまで、『いい子だからお座り!』」
ただ一言。ペットに話しかけるような気軽さでララカットが魔法を行使すると、それだけでスケルトンの動きが完全に止まった。
ギギギギギギギギギ―――――ッ!
スケルトンの意識を飛ばすことはしなかったらしい。本能に従ってこちらを襲おうするが、微塵も動けない状態に骨が軋む音が響く。目に見えない圧力がその動きを封じているからだ。
「ついでに警察や王都守護隊が乱入しないように空間も凍結しておこうかしら。『そして誰もいなくなった。なんちゃって♪』」
瞬間、周囲一帯の喧騒が消えた。薄く青みがかったフィルターが術者を中心に関係者のみを取り込み、空間そのものを断絶したからだ。
(相変わらずデタラメな呪文で、デタラメな魔法だ)
一切の外部干渉を受けない独立した世界の構築。ルルキエルが知る限りでは第四階位以上の風属性の上級魔法だ。それをわずか一拍の間もなく、基本を無視した独自詠唱で発動したララカットの技量には舌を巻くしかない。
その術者本人はそんなことに頓着しておらず、既に彼女の興味は防御魔法でルキアと防戦に回っていたアルトの方に移っていた。
「やっほー! アルトちゃん、元気してた? 貴方のララァが助けに来たわよ!」
「…………あ、ありがとうございます」
本当にどうでもいい余談だが、ララカットはアルトに惚れている。直弟子のアルトが襲われていると聞いて駆けつけたルルキエルはともかく、直接関係しないはずの彼女が率先して救助に向かったのはそういう理由が背景にあったからだ。
もっとも、当の好意を向けられているアルトの方は実のところあまり乗り気でないことをルルキエルは聞き知っていた。助かったことによる安堵したのもつかの間、満面の笑みで抱きついてきたララカットに対して微妙な間が空いたのは、彼女からの感情を持て余しているからだろう。
アルトを抱きしめて無事を確認する、のは最初だけ。ララカットの様子は既に好きな男の子にくっついていたいだけの恋愛脳な少女のそれである。ペタペタと身体を触るララァに対してセクハラを訴えてもいいだろうに、悲しいかな、それを口にしてはいけないんじゃないかと考えてしまうくらいには、アルトは分別のある子供だった。
困ってはいるが嫌がってはいないようだったので、ルルキエルは見た目子供同士のじゃれあいをあっさりと思考の外に追いやった。
「無事のようだな」
「アルト君のおかげでね」
一方のルキアはすこしやつれていた。顔色があまり良くない。だが見た目に怪我はなく足取りも危なげない様子に、軽くほっと吐息を吐く。
「それで、何でいきなりスケルトンに襲われているんだ? そもそも街中でアンデッドモンスターが発生するようなケースは滅多にないんだが」
滅多にはない。だが皆無でもない。死体がモンスター化したものがアンデッドだ。それは人間であっても例外ではなく、そのため死体の処理はどこの土地でも火葬で弔うことが多い。
「アベンダのアパート跡地に埋まってた骨がアンデッドになったのよ」
「埋まってた? 白骨が?」
「掘り出したら爆発して魔物化して襲ってきた。何故か私達ばかりを狙って来るみたいだから、アルト君に防御結界張ってもらって救助されるのを待ってたの」
アパートに着いたところから時系列で説明すると、ルルキエルはルキアも考えていたものと同じ結論を告げた。
「あの骨が変わり果てたアベンダの死体か?」
「多分だけどね。私はそう思う」
もちろん、そうでない可能性もあるわけだが、ここでそれを議論しても意味がない。 ルルキエルの決断は早かった。
「そうか。じゃあ仕方ない。持って帰って調べよう。ララァ。すまんが色恋は後にして、あのモンスターを生け捕りできないか?」
「え? なんで?」
「あのモンスターを浄化される前に調べたい」
「いや、そうじゃなくて。なんでそれをわたしがやるの? あの程度のモンスターならルルでも問題ないでしょう?」
ララカットの至極最もな疑問を、ルルキエルは迷いなく断じた。
「それもそうだが、あまりここで手の内を晒したくない。報酬は出すから働いてくれ」
「……報酬って?」
ピクリと、ララカットの唇が動いた。
「今日の夕食をアルトと一緒にすごしていいぞ」
「買った!」
「売った。よし商談成立だ」
「え?」
ルルキエルの提案に一も二もなく飛びついたララカットが、意気揚々とスケルトンに向き直る。当の商品扱いされたアルトの状況理解を脇に置いたまま、彼女はその短い指先をスケルトンへと向けた。
「あなたに恨みはないけれど、わたしとアルトちゃんのめくるめく情熱的な夕食のために、ここで倒れてもらいます!」
やる気全開で魔力を練り上げ始めたララカットに、慌てたのがルルキエルである。
「おい、待て! 倒すなよ? 生きて――はいないが、倒さずに捕らえろと言ったぞ?」
「……え? なんで?」
「話聞いてなかったのか。その骨に聞きたいことがあるからだ。倒しちゃだめだろう」
「そうなの? でもまぁ、うん、そうなると魔法でぶっ飛ばすわけにも、浄化するわけにもいかないのか。モンスターと会話したいならテイムするしかないわね。ちょっと面倒かなぁ?」
モンスターテイムとは、文字通りモンスターと契約を結んで主従関係を構築する技法のことだ。魔法とは異なる術式は、ルルキエルが知る限りでも相当に複雑で面倒な手順を踏まなくてはならないはずだった。それを鑑みれば、ララカットの言葉も無理らしからぬことである。だからルルキエルは報酬を釣り上げることにした。
「テイムしてくれたら、夕飯の他に、今夜のお風呂と就寝もプレゼントだ」
「はりきっていくわよぉーっ!」
やる気を再燃させたララカットとは別に、困ったような表情を浮かべるのは、商品扱いされた初恋もまだのアルトである。
「………お師匠様。ご飯はともかく、いくらなんでもお風呂は色々と恥ずかしいんですけど……」
「別にとって食われるわけでもないんだから安心しろ。姉に甘えるくらいのスタンスでいればいい。ララァだって分別のある大人なんだ。まだ成人してないアルトに無理強いなんてしないさ。その辺はわきまえているよ、彼女だって。なぁ?」
「ふふふ。わたしは今、猛烈に萌えているぅっ!」
フォローしたつもりが、それを無駄にするようなララカットの不気味な笑いに、図らずも師弟の間に沈黙が生まれた。
「………………」
「………………」
コホン。わざと咳払いをしてから、告げる。
「別に取って食われるわけでもないのだから安心しろ?」
「ひとっつも安心出来そうにないんですけど!」
アルトの叫びたくなるのも無理はない。ルルキエル自身、自分の言葉を白々しいとじたのだから。だが打開策と言えば、ストッパーを当てるくらいしか思いつかなかった。
「……仕方ない。ルキア、すまないが明日の朝まで二人に付き合ってやってくれないか?」
「それはいいけど。そもそも、あの女の子は誰?」
「魔法士ギルドの守護聖人、ララカット・ラフィーニャ様です」
「…………え?」
ルキアの驚きはある意味想定通りだった。見た目アルトと同年代の少女が、魔法使いを束ねるギルドのトップといわれても素直に信じるのは難しいだろう。だが現実に彼女はギルドマスターであり、世界最強の魔法士として君臨している人物だ。
「エルフ族なんだ、彼女は。元々長命種であることに加えて、肉体年齢を幼少時で止めているらしい。あんな風体だが五百年近くは生きている」
「エルフ?」
「ああ」
「アルトくんに惚れてる?」
「見ての通り」
「…………ヒト族換算で彼女、今、いくつ?」
「きちんとした計算式はないだが、そうだな……エルフは凡そ千年を生きる長命種だ。ヒトの寿命を七十とした場合、彼女の年齢が四百八十歳前後だったはずだから、単純計算で三十三歳くらいか」
「…………」
「…………」
生粋のショタコンかぁ……。
口にはしなかったが、ルルキエルとルキアの心は見事に一つだった。その沈黙から何かを察知したのか、ララカットがテイムの準備の手を止めずにこちらに顔を向ける。
「いま、何か不穏当な空気を感じたのだけど? 誰かわたしの悪口言ったぁ?」
「「言ってない言ってない」」
否定の声が揃ったのは偶然である。こんな時、仮面をつけていると表情を隠せて便利だ。
「で、お前の趣味趣向は置いておくとして、テイムは出来そうか?」
「今、魔法陣を組んでるから、もうちょい待って。即席だと時間かかるのよ」
魔力の渦が空中に文字を刻み、円環となってララカットの周囲を覆い始める。面倒だという割には魔法陣の構築に十分もかかっていないのはさすがというべきか。
「魔法陣? モンスターテイムって魔法なの?」
その光景を不思議に思ったのか、ルキアから疑問があがる。それはテイムについてよく知らない者が陥る誤解だった。
「誤解されがちなんだが、学問上の分類だとテイムは魔法じゃない。だが魔力を操作し、魔力による対話を行い、魔力によるラインを通じてモンスターと契約する。魔力を操作するという意味の広義では魔法なんだが、分類上は魔法として扱われていない」
それ故、モンスターテイムを生業とするテイマー専用のテイマーズギルドは、所属人数が十三のギルド中最小であるにもかかわらず、未だ魔法士ギルドとは独立して成り立っている。
「ちなみにララカットが作っているのは、今回みたいに知性のなかったり意識共有出来ないモンスターと対話するために、強制的なパスを作るための魔法陣だ」
「魔法じゃないのに、魔法陣?」
「現在の魔法学では、魔法の定義を平べったく言うと、『魔力を操作して七つの属性のいずれかを具象化して物理に作用する技法』だからな。そこから外れるテイムは魔法じゃない、というのが主な見解だ。逆に言えば、ずっと昔にはテイムも魔法の一種と考えられていた時代もあったんだ。ララァがテイムの技法を持っているのはそういった背景があるからだな」
「へぇ……」
ただし属性として数えられたのではなく、クラスとして例外的な位置付けがなされていた。モンスターを隷属させるための魔法。第十四階位・隷従。今はもう存在しないクラスである。
「一部には今だテイムのことを魔法として扱う者だっている。中には特殊性を鑑みて『儀式魔法』という新しい呼称まで生まれているが、まだ主流ではないな」
そんな歴史の講義をしているうちに準備が整ったらしい。
「準備出来たわ。じゃ、対話を始めるわね」
そうして自信満々に息を吸うと、ララカットは突如、口を大きく開けて大声で笑い出したのだった。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ!」
「………………」
「………………」
「………………」
後ろで見学していた三者三様の沈黙が降りた。こちらが絶句しているのを気づく振りもなく、息の続く限り笑いは続く。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ――――ッッッ!」
三人がそろってこっそりと後退りしたのは、その笑い声に憐憫や不気味さを通り越して恐怖を抱いたからだ。何より怖いのは、声は笑っているのにどこまで行っても平坦なまま笑い続けるララカットの表情である。
「ね、ねぇ、ちょっと……アレは何?」
「いきなり笑い出しましたね」
「俺に聞かれても困る。テイムする現場を見たのは俺も初めてだ。あのスケルトンと対話、しているんじゃないのか?」
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ――――ッッッ!」
とてもそうは見えないのだが、当の本人が対話すると言ったのだ。であるなら、これはやはりモンスターとの『対話』なのだろう。どこをどう見ても奇人変人の高笑いにしか見えないが。
と、これまでララカットの魔法で動きを封じされていたスケルトンに、初めて変化が現れた。ずっとルキアの方に向かって進もうとしていた骨が止まる。ギギギィと骨をきしませて、頭蓋の奥の暗い双眸をララカットに向けた。
そしてその口が動く。
「ケタケタ?」
呼応するかのようにララカットも声を上げた。それは人間語ではない何か。鳴き声ではなく笑い声でもない。耳に不快さが残る辺り、あえて言うなら雑音に近いかもしれない。
「ケタケタッタター」
「ケタケタ?」
「ケッケケッケー」
「ケタッケケタッケ、ケッッタァーッタ?」
「ケタ」
何やらよくわからない会話のようなものが始まりだしたその光景に畏怖を抱きながら、ルキアはすぐそばにいたルルキエルの袖をつかんだ。
「ル、ルルキエル……」
「何だ?」
「通訳お願い」
「無理だ」
元々ルキアもそこまで期待していなかったらしい。通訳のことはさらっと諦めて、しかし目の前の対話にはやはり得心がいっていないようだった。
「ねぇ、本当に何やっているの? あれがモンスターテイム?」
「頼んでおいてなんだが、今は少し後悔している。だが、なるほど。あれがモンスターテイムだとするなら納得できる」
「何がですか?」血の気が引いたように顔を青ざめたアルトとルキアに、ルルキエルは疲れたようにため息を着いてから一言。
「人気がないらしいんだ。テイマーって職業」
「「あぁー…………」」
毎回の会議の度に、テイマーズギルドのマスターが嘆いてたのも頷ける。数値の上でも証拠は出ているのだが、正直なところその要因までは理解出来ていなかった。
(しかし……)
百聞は一見に如かずとはよく言ったものだと思う。ララカットと骨の会話をみて不気味さを感じない者はおそらくいない。これがモンスターテイムの実情だというのなら、人気が出ないのも当然だ。
そんなことを胸中でこっそり納得していると――ふいに会話を断ち切って、ララカットが後ろを振り返った。
「条件付きでテイムされてもいいってさー……って、あれ? なんでみんな、わたしから距離を取ってるの?」
「……ん? いや、なんでもない。気にするな」
ルルキエルの後ろで怯えた様子のアルトがびくりと一歩後退りしていたが、彼女には言わない方がいいだろう。
「それで、その条件は?」
「殺したい女がいるんだって」
「安易に殺人は許容出来ないんだが……誰を殺したいのかは聞いたのか?」
「自分を殺した女。自分を埋めた女。自分をこんな惨めな姿にした女。まぁ、言い方は色々言っていたけど、要は復讐したいみたいよ?」
思考する。だが考えるまでもないことだった。
「……こちらにも条件がある。テイムした以上は容易に復讐は許容出来ない。だが、必要なことが終われば、君を殺した女を必ず探そう。そして責任を持って法的に処罰する」
「わかった。そう伝えるわね」
再び不可解な音の疎通が行われ、やがて納得したのか骨が小さく頷いた。
「向こうも了承したわ。契約完了よ。マスターはわたし。サブにルルキエル。意思疎通が必要だからアルトちゃんと、そこの……え? シエラちゃん?」
そう言えばララカットとルキアは初対面だった。
「ルキアです。ルキア・ミルトス。シエラは母です」
「わたしはララカットだよ。愛称はララァ。よろしくねー、ルキアちゃん」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ここに来てようやくララカットがギルドマスターであることに思い至ったのか、ルキアの態度が硬くなった。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。でもそっか、シエラちゃんの娘さんかぁ。ソックリだね。びっくりしたよ。でもなんでアルトちゃんと一緒に? まぁ、それは後でもいいか。じゃ、ルキアちゃんも含めた四人とパスを作るわね。これで意思疎通が出来るはずだよん」
「おい。俺たちはあの奇怪言語は発音出来んぞ?」
「奇怪って……否定はしないけど、ちょっとひどい。ルルの心配はもっともだけど大丈夫よ。テイムさえ成立すればきちんと意思疎通は出来るから。ほら骨っ子ちゃんもしゃべってみて」
《……これでいい、か》
『おぉー』
三人揃って思わず拍手した理由は言うまでもない。ララカットがスケルトンの拘束を解いたが、もう暴れるようなことはなかった。
《わたし、ころされた、ころしたヒト、うらみ、はらしたい》
「よほど恨んでいるらしいな。だがまずは確認しておく。君は、自分の名前は覚えているか?」
《アベンダ》
ルキアの予測は正しかった。思わぬ収穫である。彼女の時と同様、殺された当人ほど確実な証人はいない。
「君は、君を殺した相手を覚えているか?」
《おぼえている》
「名前は?」
《しらない、でも、かお、わかる》
ルルキエルの眉間にシワが寄った。顔だけしか知らないのであれば、それは現状を打破するほどの情報にはなり得ないからだ。と、その白く細い指――骨しかないのだから当たり前だが――が、不意にある一方向を指差した。
《かお、おぼえている、その、おんなの、かお》
「え?」
まさかこの場に犯人がいるわけがない。
考えてもいなかった可能性を指摘されて、全員が一斉にアベンダの指した方を向いた。その視線の先、当の殺人を告発された本人――ルキアは、しかし何を言われたのかすぐには理解出来ていないようで、呆気に取られた顔をしていた。
「ルキア?」
「……え? 私? 私がアベンダを殺したの?」
「それはこちらが聞きたいんだが……」
「いやいやいや! ちょっと待って、違うわよ! 私はアベンダを殺してない! って、それどころか人殺しなんてやったことない!」
《そのかお、おぼえている、わたし、しぬところ、ながめてた、おんなのかお》
「私じゃないってば! 勘違いしているんじゃないの?」
《いいのがれ、よくない、みとめろ》
「してもいないことを認められるわけないでしょ! 誰か他の、よく似た人と勘違いしているんじゃ…………ない、の……え?」
ルキアの反論はしりすぼみになって、最後は聞こえなかった。思い至ったのは疑問。そして連想。反論出来ない理由が脳裏を巡り、それはやがて一つの結論を出した。
それとほぼ同時に、ルルキエルも同じ結論に辿り着く。
アベンダを殺したのはルキアではない。何故なら、ルキアもまた殺されて、しかも魔剣の力でアベンダに擬態されていたからだ。では誰が彼女を殺したのか?
アベンダは言う。ルキアの顔をした女に殺されたと。それは残念ながらルキアを殺した犯人のことではない。それでは順番が逆だからだ。
しかし一人だけ、該当者がいる。
ルキアと同じ時に生まれ、同じ時を生き、傍らで支え合ってきた愛すべき半身。ルキアと同じ顔をした愛しい双子の妹。
「ルシオラちゃん?」
ルシオラ・ミルトス。彼女であれば、条件に合致する。
「……そんな……まさか、嘘でしょう?」
自分が死んだことを聞かされた時以上に絶望的な目をするルキアの問いかけに、答えられる者はこの場にはいなかった。
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