7
「それで、今日は一体何について調べますか」
菊助は、朝食のフレンチトーストをココアで流し込むと、おもむろにそう尋ねた。
加多利はその甘ったるそうな組み合わせに、若干顔をしかめはしたが特に口は出さなかった。
「そうだね、聞きたい事もあるし、今度は僕が直接水谷家を訪ねてみようかと思ってるが、君はどうするね?」
菊助は少し考える素振りを見せたもののやがて首を横に振った。
「いいえ、僕は学校がありますのでお一人でどうぞ」
菊助は近くの公立中学に通っている。
当然ながら、平日は学校があるのを、今更ながらに加多利は思い出した。
「いいけども、一人歩きには注意しなよ」
「子供扱いですか」
「子供だよ」
「そうですけど」
でも、と。 菊助はそこで言葉を区切り、満面の笑みを作った。
「僕がいなくなったら、先生、本気で探すでしょう?」
「それは、そうだろうね」
「なら、何処にいても見つけてくれますよね」
加多利は力強く頷く。
それ以外に、返す言葉も、思いも無い。
「だけど、本当に一人でいいのかい?」
「ええ。 先生の方こそ、一人で大丈夫か心配なくらいです」
しつこく聞き返す加多利に、菊助は穏やかな笑みで答えた。
「先生は無能ですからね」
「君、まさか外でもそんな態度とってないだろうね。 僕は些か心配だよ」
加多利は仕方が無いといった様子で頭の後ろをぽりぽり掻く。
「まあいいさ。 仰る通り、僕は無能だからね。 早く戻って合流してくれないと困るよ」
加多利はそう言うと、シャツの袖を捲り上げる。
「じゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
加多利の細い背を、菊助は見送った。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△
昨日菊助が訪れたばかりの水谷邸の門前で、加多利は立ち往生している。
チャイムを鳴らすわけでもなく、しばしそのまま家を観察すると、おもむろに敷地に入った。
そのまま玄関まで行くと、ドンドンとノックする。
扉にはめられた曇りガラスの向こう側に人影が現れ、扉が僅かに開けれる。
「なんですか、騒々しい。 チャイムがあるのですからそちらを使えばいいでしょう」
美空の母は青白い肌を、元よりもは健康的に見える程度に赤く怒らせて、早口にまくし立てた。
「どうも、あの手の機械は苦手なもので」
加多利はヘラヘラとした笑みを浮かべる。
「それで、何でもいいけれど、一体何の用なの。 私には貴方みたいな奇人の知り合いはいないのだけれど」
「私は失踪した貴方の娘さんを探すように頼まれた探偵ですよ」
「娘は家にいます。 変なこと言わないで頂戴」
「そう言われましてもね、私も仕事ですので」
「そんな事一体誰に頼まれたのよ」
母親はヒステリックに口調を荒げるが、加多利は気にした風もなく、相変わらずニコニコと笑みを保ったままだ。
「まぁいいわ。 大方の予想はつくし」
「ほう。 その予想とやらを聞かせてもらってもいいですかな」
「何で貴方みたいな何処の馬の骨とも知らない人に家庭の話をしなくちゃいけないのよ」
加多利の目がすっと細くなる。
「家庭、ですか?」
「もう帰って頂戴! 貴方には関係ないでしょ」
そう言うと扉は勢いよく閉められ、鍵のかかる音が無情に響いた。
「家庭の事情、か」
加多利は顎に手を当てて、その場でしばし思いを巡らす。
「成る程ね」
薄く笑みを浮かべてながら、加多利はその場から立ち去った。