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語部探偵事務所  作者: 天村真
少女の影
7/15

6

「それで、潜入捜査の首尾はどうだったんだい」


 加多利は窓際の特等席でふんぞり返りながら、付け髪だけ外して未だに着替えを許してもらえない菊助に問いかけた。


「たいして何も。 あの母親が嘘を吐いている以外は」


「ほう」


 服にシワができるのも構わず、菊助はソファで横になっている。

 そんな菊助の気怠げな返答に、加多利は面白いと言ったような笑みで返した。


「母子間での会話がそもそも少ないのでしょう、菊池京子なんて居もしない人間の存在をまんまと信じましたよ」


 菊助が成りすました(・・・・・・)のは、そもそもこの世に存在しない人間である。

 少なくとも、富野から聞かされている美空の交友関係には無い名前だ。


「その上で、捜索対象は風邪をひいていると言って声も聞かせてもらえませんでした」


「本当にそんな重症だったと思うかい?」


「否定はできませんが、それなら僕が来た事を娘に言う筈でしょう。 その時点で嘘がばれた筈です」


「意識がなければそれもできないだろう」


「そうですね。 ですがそれならば依頼人が何故『捜索』を依頼したのかが分かりません。 家から出ていないのであればわざわざ探させるでしょうか?」


 加多利はうぅむと唸ると、難しい顔をした。


「話を纏めると、母と娘の間にはそれなりの溝があった、或いは、現状連絡が取れていない。 そして、母親はあえてそれを隠そうとした、という事か 」


 菊助は怠そうに頷く。


「まぁ、無いよりマシな成果はあったって事だね。 良かったじゃないか、君の女装も捜査の役に立ったって事だよ」


「先生は何もしてませんがね」


 恨みがましく加多利を睨めつけながら菊助は言った。


「いやいや、その服を借りてきたのは僕だよ。 それに僕は安楽椅子探偵派だからね」


 加多利はそう言うとパイプ煙草を燻らせるジェスチャーをする。

 呆れたといった様子で菊助は加多利から目を逸らした。


「それで事件の全貌とまではいかずとも、その一端くらいは想像はついたんですか」


 菊助の質問に加多利は頭を掻きながら答えた。


「残念ながらさっぱりだね。 やっぱりバラバラ事件の一つなんじゃないかと思えたくらいさ」


「やっぱりダメなんじゃないですか。 それならせめて足で稼ぎましょうよ」


 菊助が至って当たり前というふうにそう言うと、加多利は渋い顔をして首を横に振る。


「捜査なんて警察に任せておけばいいのだよ。 僕達は僕達にしかできない事をやるのさ」


「それが女装とは、探偵も地に落ちたものですね」


「やったのは助手だがね」


「やらせたのは先生でしょ」


 加多利が反論の為に口を開こうとしたその時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 菊助は鬱屈そうに立ち上がると、インターホンにでる。


「どちら様でしょうか」


『警察のものですが、少々お時間よろしいですか』


 インターホン越しの声に、加多利は不機嫌そうな顔をした。


「菊君、出てあげなさい」


 菊介はコクリと頷くと、そのまま事務所の外に向かう。

 階段をゆっくりと降りる音。 次いで鍵の開けられる音がする。

 何やら二、三問答を繰り返した後で、階段を上る二つの足音を加多利は聞いた。


「こんにちは」


 開けられた扉からぬっと顔を出して、若い男が現れる。 後から不機嫌そうな顔をした菊助も入ってきた。


「警視庁から来ました、石丸です」


 石丸と名乗るスーツ姿の男は、白い歯を見せて爽やかな笑みを浮かべながら警察手帳を開いてみせる。


「本日は突然の訪問失礼します」


 石丸はそう言うと軽く頭を下げた。


「いえいえ、それは構わないのですが」


「警察が一体何の用かって?」


 先の笑みをそのままに石丸は聞き返す。


「まぁ、そんなところです」


 出鼻を挫かれた加多利は苦笑いで答えた。


「手帳を見せられるという事は私的な要件ではないのでしょうし、かといって警察が公的に探偵の元を訪れるというのも納得し難い話ですからね」


 石丸は加多利の言葉にしきりに頷く。


「ごもっともですが、なに、そんなに堅い話ではありませんよ。 ちょっとした注意喚起です」


「それは警告ですかね」


 加多利が眉を顰めて聞くと、石丸は冗談じゃないという様に手を横に振る。


「いえいえ。 そういう訳ではないのですよ。 うん困った、そのように構えられては話しにくい」


「それは失礼」


「お互いの職業柄仕方ないのは分かりますがね」


「我々は水と油ですからね。 同じ様な所に居ても決して交わらない」


「まぁ警察の範囲内に探偵が入ってくる事など、実際にはあまりありませんがね」


「所詮は探偵などと言っても本職でプロの警察には敵わないのが道理ですからね」


「そう言って頂けるとありがたい。 命を懸ける甲斐があるってもんです」


 石丸は快活に笑うと、途端に真顔に戻る。


「話を戻しますが、最近起こっているバラバラ事件をご存知ですか」


「ええ、まあ」


「これは極秘扱いの情報なので他言は無用でお願いします」


 石丸は加多利にだけ聞こえるように声のボリュームを落として言う。


「件のバラバラ事件、無差別事件だと思われていたのですが、ガイシャに一つだけ共通点があるようなのです」


「ほう」


石丸は笑顔で手招きすると、顔を寄せた加多利の耳元でコソリと言う。


「ガイシャは全員丁度そこの彼のような色の髪をしていたのですよ」


「それは――――」


 石丸はにこりと微笑んですっと背を伸ばす。


「だから注意喚起と言ったでしょう。 では、自分はこれにて。 お時間を取らせてしまい誠に申し訳ありません」


 ソファに座ったままこちらの様子を窺っていた菊助にも一礼するが、菊助はそれにツンとした態度で返す。


「では、機会があればまた」


 扉が閉まる音共に石丸は姿を消した。


 菊助は清々したと言った様子でソファにふんぞり返る返っているが、格好が格好である為かどこか間抜けである。


「それで、大人二人で何を話してらしたんですか」


 菊助は《大人》の所で変なイントネーションをつけながら聞いた。


「うん。 いや、大した事では無いよ、本当にただ注意するよう言われただけだ」


「僕について何か言ってらしたみたいですが」


「菊助君は可愛いから変な人に気をつけなさいってね」


「へぇ」


 菊助はさほど興味が無いと言った様子で菓子受けから煎餅を取り出してバリバリと食べ始める。


「だけど、これで今回の一件がバラバラ事件と関係無い事が分かったよ」


「それはようございましたね」


「なんだい、拗ねてるのかい?」


「そう思うのならもうこれ脱いでいいですか」


 加多利はしばし黙して考え込むと、首を横に振った。



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