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語部探偵事務所  作者: 天村真
少女の影
3/15

2

「またバラバラ殺人事件ですって」


 菊助はココアをチビチビと口に含みながら、新聞の一面を見て言う。


「こんな事件を解決できたら先生の名も上がるんでしょうね」


「だけどね君。 依頼も無いのに動く訳にはいかないよ、僕達は」


「いえいえ先生。 僕は解決できたら(・・・・)と言ったのです。 依頼が来る事はおろか、仮に頼まれたって先生は解決できないでしょう」


 加多利はううむと唸ると、そうだねと頷いた。


「名が上がったら忙しくなるからねぇ。 僕はそういうのは望まないよ」


 それを聞いた菊助はココアを一気に飲み干すと、温かなため息を吐いた。


「先生は何故そんなにも自信があるのですか」


「自信ではないよ。 ただ、僕はそういう星の下に生まれたというだけだよ」


 総て恙無く過ぎるのさと言ってのけ、加多利は菊助の隣に腰掛ける。

 菊助は新聞の一面を加多利に向け、件のバラバラ事件の記事を指さした。


「ふーん」


 猟奇的だねと付け足す声は興味の有無が分かり辛く、菊助は困ったような顔を向ける。


「食べたのかい」


「身体の一部が無くなっているとかではありませんし、猟奇的ではありますが、料理的(カニバリズム)ではないんでしょう」


 ――――パーツは綺麗に揃っていたらしいですよ。


「食べる訳でもないのに解体する意味などあるのかね」


 加多利は天井を見上げながら、さして興味はないと言ったような口調で尋ねる。


「どうなんでしょうね。 例えば隠す為なら細かくする必要があるのでしょうが」


「だけれどね。 君の言う通り、パーツが全て揃っているというのなら、隠していた訳ではないのだろう」


 加多利は見上げた天井に何かを見るように目を泳がせながら言った。


「なら、飾りとかですか。 芸術家気取りだとか」


「そうなるのかね。 現時点で僕達が分かる事からは」


「後は、被害者は合計三人。 性別は男女両方ではあるけれど、年齢は十六以下といったところですか」


両刀遣い(バイ)の変質者かね」


「惜しいですね。 被害者は両肩、両膝をそれぞれ同時にナイフで抉られていたらしいので、両利きの可能性はありますが」


 菊助はカップの底にたまったココアの粉を舌で舐めとろうと苦戦しながら答える。


「君も気をつけ給えよ」


「そこは先生が護ってくださいよ」


 菊助は加多利の横顔を呆れ顔で見つめながら言った。


「僕にそんな甲斐性を求めちゃいかんよ。 僕はダメ人間なのだからね」


「自覚はあるんですね」


「何事も無いよりは有るほうがマシさ」


 暫し考え込むと菊助は口を開く。


「殺人鬼もこの世に在る方が良いのですか」


 加多利はふんと鼻を鳴らすと、当然のようにその答えを述べる。


「この世に絶対的な定義は存在しないのだよ。 故に菊助君。 先の僕の言葉にも例外はあるさ」


「下手な逃げですね」


 加多利はヘラヘラと頼りない笑みを浮かべた。


「珈琲、淹れますね」


 そう言って向けられた小さな背に、加多利は小声で告げたす。


「何事にも、ね」


 ふと振り向いた菊助の、短い亜麻色の髪が揺れるのを、加多利は眩しそうに見た。

 茶色いハンチングを乗せた顔には少年特有の活発な明るさは無く、どちらかといえば利発そうな色が浮かんでいる。

 白いシャツの袖に通された腕は細く、少年というよりは少女の様な艶があった。


「何ですか」


 加多利は不思議そうに聞き返す菊助に、相変わらずの締まらない笑みでなんでもないと答える。

 菊助は唇を尖らせ、小鳥のように愚痴を言いながら珈琲を淹れ始めた。


 加多利がその後ろ姿をくすぐったそうに目を細めて見つめている時、来客を知らせるチャイムが鳴った。

 お湯を注ぐ手を止め、ぽかんと口を開けてドアの方を見やる菊助と、ソファで組みかけた腕を変な形で留めて目を見開く加多利。


 来客である。

 表に探偵事務所と掲げているのだから、人が来て当たり前ではあるのだが、加多利達がこの街に来てまだ二週間と経っていない。

 言ってしまえば、今が一番の山場である筈なのだ。

 実力の有無も定かではない、正体不明の者に金を払ってまで何かを頼もうなどというモノ好きはそうそういない。

 それこそ、バラバラ事件を解決しようものなら話は別だが。


 故に、仕事が来ないなどと愚痴りながらも、加多利はおろか菊助とてそう簡単に客が来るとは思ってもいなかったのだ。


 だから、これは一大事である。


 雑事全般を隙なくこなす菊助のおかげで表面上は片付いて見えるが、その実、アナログな情報媒体の書類等はまだどこに何があるかも分からない状態だ。


 契約書等は流石に場所を把握しているが、事前に調べておいた街の情報は一度バラしてしまった。


 などとは言っても、折角来て頂いたお客様にお帰り頂いては信用問題に関わるために通すしかない。

 そもそも、珈琲やらココアやら飲んでくつろいではいるが、二人にはそこまでの蓄えも余裕もないのが実情である。


 二度目のチャイムで菊助が我に返り、未だに停止状態にある加多利を放っておいてインターホンにでた。


「もしもし。 語部探偵事務所です」


 やや高い位置にあるインターホンに、菊助は背伸びしながらそう言う。


『今、少しお時間よろしいですか』


 インターホンの向こうから、若い男の声が聞こえた。


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