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語部探偵事務所  作者: 天村真
手折られた菊花
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2




 青い果実は香り高く、甘い酸味が舌を焼く。

 その刺激が堪らなく心地いい。

 が、その刺激も慣れてしまえばただ煩わしいだけであり、好みの違いはあれど飽きというものは必ずやってくる。

 麻薬のようなものだ。

 より強い刺激を求める中毒性。

 められないまらない。


「ひひっそういやぁ菓子の宣伝でそんな文句があったよなぁ」


 男は独白するようにぼそりと言う。


「あんなもん売り出してるからこの国からはヤクが無くならないんだろうよ。 アンタもそう思うだろ」


 今度は誰かに語りかけるように、そう言ってみせるが、ここで言っておくのならば、男はこのだだっ広いだけの薄暗がりの倉庫のような建物に、たった一人でいる。

 だからと言って、それこそ彼が何かの薬物をやっていて幻覚が見えているだとか、或いは多重人格者であってもう一人の自分と話しているだとか、その手の理由ではない。

 更に言うならば、今、現在彼がこの場にたった一人でいるというのは事実であるが、それが今から数時間か、或いは数十分前という事なら話が変わってくる。

 ここには後一人、人間がいた。

 それは、捕らえられた鳥が足掻き、散った羽のように散乱する亜麻色の髪や、血の気を失し、小魚のようにころがっている人差し指、対照的に赤く染まったコンクリートの床の斑点。

 辺りに置かれたそれらを文字通り繋ぎ合わせていけば一人の人間が、完璧なバランスで復元されそうな程、整然と、几帳面な人間が機械を分解した後のように、パーツ毎に綺麗に並べられていた。

 この際倫理的な問題は置いておいて死んだ人間を人として数えない場合は、ここには真実、男が一人だけである。 


「俺はこう見えて、いやいや、どう見えてるかなんか俺自身知りゃしねぇが、薬の類は全くもって許せない質でね」


 男は独り語りを、そのモノに対して始めた。


「薬物って奴はそこまで嫌悪する訳じゃないが、どうもそれを使う奴等が気に食わないね」


 血塗れのナイフを、手袋をした左手で弄びながら、てらてらと輝く刃に微笑んで見せる。


「殺される人間には同情するがね。 アンタ等みたいな人は、善良であれ邪悪であれ、決して揺るがない被害者だ。 死んだって事は被害者から加害者に転じる事はない」


 ジッパー付きの透明な袋にナイフを入れながら、男は語る。


「それに比べて、薬中の奴等は金を払ってまで、自分から堕落の道に進むんだ。 俺には到底理解できない話だよ」


 いや、と。

 男は手を止め、赤く濡れた手袋を見つめた。


「そうは言っても、同じ穴のむじなだがね」


 皮肉げにそう言って歪んだ口の端から引きつった笑い声を零す。


「死んだ人間には善も悪もないのにねぇ。 生きてる間はそんなものに縛られにゃならん。 仕方がないと言えばそうだがね」


 男の独白を邪魔するように、どこか遠くからサイレンの音が響く。

 男は顔を上げると、首を傾げてから、ああと納得したように唸った。


「思っていたより早かったね。 うん。 仕事熱心で何よりだよ。 ここは早く済ませて、次に移るとしよう」


 それがいい、と独り頷きながら、男は手近にあった自分の荷物を仕舞い始める。

 床に異臭を放つ数々のパーツが並ぶ中、男は手早く片付け終えると、ふーんと唇を尖らせて、並べられているモノ達を俯瞰する。

 満足いくまでそのまま見た後、静かに手を合わせた。

 サイレンの音がいよいよ近くなってきた。

 男はくるりと踵を返すと歩き出す。

 建て付けの悪いドアを開くと、重く金属の擦れる音がした。

 男が去った室内で、サイレンの音が何時までも鳴り響いていた。



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